2、魔族? 家族?
「夢なら…早く、覚めてよ」
ここから出られないなら。
日本に戻れないなら。
みんなに会えないなら。
私はもう、どこにいたって同じじゃないか。
____刹那。
ドゴン!!と。
突如赤い炎が目の前に現れ、爆風が頬を撫でた。
……そして。え、と怪訝に思う暇もなく、次の爆音が轟いた。一気に燃え上がった炎は、草原の草を焼いていく。
「え……な、なに!?なんなの……ッ」
ダイレクトに感じる熱に状況を理解出来ないまま、慌てて立ち上がる。このままじゃ私も焼け死んじゃう!
それに、森に火が燃え移ったりでもしたら、一気に山火事へと発展するだろう。
どうして!? なんで、こんなことに?
これは夢でしょ?
どうして飛び散る火の粉がこんなに熱いの?
どうして空気が焼け付くように熱くなったの?
「に……逃げなきゃ!!」
ここがどこだとしても。
もし生きているのだとしたら、私は今、死ぬわけにはいかないんだ。
立ち上がり、がむしゃらに走り出した。凄まじい熱波は未だ消えず、私を襲ってくる。
どうして? どうしてこんな目に合わなくちゃならないの!? 今際の際の夢くらい楽しいの見せろ!
川に沿って走り続け、私は一度足を止め、近くの岩に手を当てて肩で息をした。
「はぁ、はぁ、はぁ」
信じられない。なんなの、ここは。
手に取ったカバンも煤でところどころ汚れている。
あー、このカバン結構お気に入りだったんだけど。あああ、やっぱりストラップも汚れてる。
だぁぁぁ、もうっ、誰だぁ! こんな森に火を放った不埒者は!!
その時。
ヒュン、と風を切る音がした。
それに一瞬遅れて、どごぉん!!と轟音が轟き、岩が崩れ落ちる。
爆弾!? と思う間もなく、またどこかしこで凄い音がしてきた。
今度はなんなの!?
「……え?」
岩“だった”であろう物に近寄って、そっと崩れ落ちた破片をどかしてみる。
そこにあったのは、1本の鉄製の矢だった。
私の、よく知っているかたちの、何の変哲もない矢。鏃には僅かな傷があるだけ。
……嘘でしょ?
まさか、これで岩を割ったっていうの!?
そんなバカな。大砲ならともかく、矢でこんな岩が割れるなんて聞いたこともない。そもそも、どうして弓矢で私が射られなくちゃならないのだ。
それに、私のいた場所が少しでもずれていたら、あの矢は私に直撃していたのではないだろうか。
ざわり、と恐怖で背中の毛が逆立つ。
予期せぬ死と、予期できる死。
……どちらが怖いかなど、答えは明白だろう。
「いったい、誰が……」
弓手をどうにかしなければ恐怖が続くと思った私は、身を低くしながら矢が飛んできた方向へ足を進めた。
ここは夢だ。だから、私も勇気が持てるはず。
長い草をかきわけ、響く轟音と矢を恐れ、首をすくめながら私は進む。
そして、草の中で見つけたのは、
「え……外国人?」
鉄製の弓と空っぽの矢入れを持ち、倒れている金髪碧眼の青年だった。
頭から少量の血を流しながら、「うう……」と低く、苦しげにうめいている。
……間違いない。彼が私を矢で射ようとした人間だ。ところどころの火傷は、さっきの火事で負ったものだろうか。
「うう……魔族め……」
「え? 家族?」
意味を持ったうめき声に、私は思わず聞き返した。
何、この人。家族を恨んでるの? もしかして、弓矢と火炎放射器を使った、大規模家族戦争の最中なの? だとしたらどこの戦国時代だ。どこかのお貴族様だろうか。
……いや、それが冗談だとしてもなぜ、私を狙ったのだろう。私、別にあなたの家族じゃないですけど。
しかしこんな精巧な(?)夢を見るなんて、私の脳みそもよほどの妄想ワールドを展開していたと見える。
「おーい、あなた、大丈夫? 怪我もしてるみたいだし、慰謝料によっては許してあげないこともないよ?」
夢だから言える、なんとも非道なセリフに自分で呆れる。
いやでも、別に優しい言葉をかけてあげる必要なんかないけど。
私は殺されるところだったんだから。