29、どうやって?
「……俺も元々日本人だ。無駄な戦争はしたくないし、好きで勇者をやってるんじゃない。……というか、敵のボスがこんなんじゃ、倒す意味すらないしな」
「こんなん!? こんなんって何、こんなんって!!」
「……………か弱い女子高生、って意味だよ」
「沈黙はともかく、せめて私の目を見て言おう!?」
全く……イケメンだからって、失礼極まりない王子め!
私が怒りながらスマホを拾い、電源を切る。そして色付き眼鏡をかけ直した。
「……でも、簡単なことじゃない」
「わかってる」
「いーや、わかってない」
レンは、ガシャン! と自分の繋がれた手の手錠を鳴らす。びくっ、とした私を鋭く睨むと、低い声で言った。
「どうしてこの何世紀も、人間と魔族は分かり合えないんだと思う? “智の王”ランスロットが休戦協定を結ぶまで、どうして1回も戦うのをやめなかったんだと思う?」
「え……」
瑠璃色の目に射抜くように見つめられて、私は実感した。彼は、生まれた時からここにいて、16年間王子として生きてきたのだと。
まだ日本に未練がある私と違って、未来を見据えているのだと。
……私には、何かをするには、まだ覚悟が足りない。
「魔族と人間は、違う種族だからだ」
と、レンは続ける。何も言えない私を叱るように。そして、何かを教えるように。
この世界に来た日本人の先達として。
「地球でも他民族間の戦争は何より惨い。人種差別だって同じようなもんだ。アシュタロスでの戦いは、宗教戦争と同じようなもんなんだよ。
違う神を信じるやつは悪魔だ、つまり相手は自分と同じ“人間”じゃないと思うから、いくらでも残酷になれる。女や子供にも、容赦しないほどに!」
……そうか。
人間と魔族は、違う種族。
自分と違うから、討伐するべきだってことなのか。
……人間は、どうしてそんなに残酷になれるのだろう。
私、考えが足りなかったのかな。
やっぱり、新米で、しかも仮の魔王の私じゃ、停戦協定締結なんてそんな大きなこと、成し遂げられるわけないよね……。
しゅんと肩を落とした私を見て、レンは少しだけ表情を緩めた。
「まぁ、俺も同じようなもんだから、人の事偉そうに説教できねぇけどな」
「!」
「ただもうちょっと、この世界のことを分かってもらいたかっただけだ。俺も無謀にも和解交渉に踏み切って、ここに入れられたバカだからな。
帰れたら、あのクソ親父……じゃなくて父王にまた何か言われると思う」
「レン……」
どうして、こんな暗い牢獄の中に1人で何日もいたのに、そんなに朗らかに笑えるの?
私だったら、絶対真似出来ない。
「……そんで、愛美」
唐突に妙に冷めた声になる美貌の王子サマ。
彼は1番重要なことを、実にさらりと言ってのけた。
「お前、どうやってここから出るつもりなんだよ?」
「………っ!!」
ああああ、人が悩んでいた事の核心を!!
触れないようにしてたのに。忘れようとしてたのにぃっっ!
「お前はまだ労働が決定してないんだろ?だったらまだ、脱獄が簡単なはずだ」
「だ、脱獄って……」
「それに、魔王だって明かせばすぐに出してもらえる」
なんだこの穏やかじゃない会話は。
しかも、魔王だと、魔族に正体を明かすことは、ランスさんに場所を教えるようなものだ。
そんなことできるわけがない。
しかも魔王が勇者と親しく会話(?)してたなんてバレたら、2人ともどうなるかわからない。
……という旨を説明すると、レンは苦い顔になった。
「“智の王”か……。あいつが最近本当に不可解だ。休戦協定を結んだり、破棄したり…。
何がやりたいのかさっぱりだよ」
「それ……彼自身もわかってないことらしいの」
「は?……どういうことだよ」
「休戦協定を破棄したことに、身に覚えがないんだって。そこだけすっぽりと記憶が抜けてるとかで」
「魔族が記憶障害ぃ?」
眉を寄せたレンが、思いのほか大きな声を出した。
……ああ、そんな大きな声出したら、看守にバレちゃうじゃない。
「……信じられない話だけど、“智の王”も何かにハメられたと考えれば話はつながるな。あいつの命で、捕虜の扱いも酷くなった。
捕虜を大切にする、という方針もあいつが立てたものだったのに……変だとは思ってたんだよ」
「そんな……」
ランスさんの命令で、捕虜の扱いがひどくなっただなんて。
そんなの、信じられない。
私の前では、あんなに優しいのに。メイドさん達にも、先代様と違って慕われていたのに。
「……はああ…こんなことじゃ俺の仕事も増えそうだな……。王都に帰ったらまた書類に追われるのか……」
「それだって、レン! ここから出ないことには始まらないよ」
「あー……書類仕事をしないでいい牢獄もオツなもんだよ……」
どんだけデスクワーク嫌いなの!
現代社会だったら生きてけないよ!




