1、気が付いたら草むらにいた
……。
………。
……………。
……あ。なんだか、草のにおいがする。
ああここ、日光にさらされて、ポカポカと温かいなあ。向こうから、なんだか水の音がする。
寝転ぶの、気持ちいいなぁ。ここ、頬が少しくすぐったいのが玉にキズだけど。
まあ仕方ないね、下、草だから。
草原で寝っ転がってたら、少しはくすぐったいよねそりゃ。
そう、草だから。
草原で、寝て、る…んだ…から…。
!!!!????
「はぁ!?草ぁ!?」
やっと状況を理解して、私はガバッと起き上がった。
目の前に広がる光景は、森を流れる川のほとり、と表現するのが正しい。
確かに私が寝ていたのは草の上で、ちょうどよく日が当たって、ふかふかで気持ちいい。
ちょっと日焼けしそうだけど、そこもまたいい……、
って、違う!ここはどこ!!?
ここは、明らかに、日本ではない。
いや、日本なのかもしれないけど(むしろ日本以外に何がある)、私の知る日本ではない。
事故に遭った後、全ての記憶を失って、何かがあった?
まさか……病院に運び込まれて治療されて、ここにほっぽりだされた?
いやいや。
いやいやいやいや。
いやいやいやいやいやいや。
「んなわけあるかあ!!!」
……記憶を失くした説が正しいと仮定すると、私は今まで何をしていたというのだ。
祖父母の住む田舎で療養?
ちなみにそれはない。自慢じゃないが、私の祖父母は父方も母方も都会に住んでいる。
……そもそも、ここに来たのが自分自身でなら、どうして美咲先輩と出掛けた服装(つまり制服)のままなのだろうか。
しかもどうしてあの事故で私は生きている?
あの時私は自分の死を確信した。これは、死ぬやつだ、と。それなのに……どうして私は無傷なわけ? 意味が分からない。まるであの占い師の占いのようだ。
……この喩えはやめておこうか。
……そうか、なるほど?
私はおもむろに起き上がって、ポンと手を打った。
……ここは夢だ。
それも、今際の際に見る。
「あーっ、スッキリした! そりゃ夢だわ! なんで今まで気づかなかったんだろー!」
そう、きっとこれはいわゆる走馬灯というものなのだろう。
刹那の時間に見る、自分の人生を顧みる長い長い夢。
そう。
自分の人生をかえり……み……る…………。
………私、こんなところ知らない!!
「待て待て待て、待って待って。状況整理だ」
ここは夢。おそらく夢。むしろ夢以外にはない。というかそれ以外を信じたくない。
では、どうしてこんな知らなところを夢に見たのだろう?
うーん……ファンタジーな妄想が、夢になった……とか、だろうか。
でも……私、ファンタジーな妄想なんてしたこと、あったっけ……。
かっこいい男の子が彼氏になる妄想は、したことない……と言えば嘘になるのだけれど。
「…あ、カバン…」
とりあえず、と立ち上がって、制服についた草を払い落とす。
そばに、さっきまで持っていたカバンが放り出してあることに気づいた。
……美咲先輩と遊びに出掛けた時のカバンまで夢に出てくるのか。
白いカバンの持ち手を手に取ると、剣道部でお揃いで買ったラバー製の竹刀ストラップが揺れた。
……それを見て、思わず私は唇を噛んだ。
そうか。死んだら、もう美咲先輩にも、他の先輩達にも、中等部の後輩達にも、会えないんだ。
ここが夢であろうとなかろうと、両親や友達、部活の皆に会えないのなら、どうせ孤独……生きていようと死んでいようと話は同じである。
息を吐いてカバンを開けると、スマホがあった。他には、ティッシュや財布、メモ帳やペン。
スマホを開いて電波状況を確認してみる。
もちろんラインの新規通知などは来ておらず、圏外だった。