20、精霊は呼び出せるのか?
*
夢を見た。
父と母と祖母と一緒にご飯を食べながら、笑っている夢だった。かつて、長期休暇はいつも祖母が家を訪ねて来てくれて、お泊まりしたものだ。その夢だった。
……ただ、現実とは違うのは、若くして死んだはずの祖父が、若い姿のままでそこにいたこと。
しかし会ったことがないからか、祖父の顔はボヤけてよく見えなかった。
「お父さん、お母さん、おばあちゃん……」
「どうしたの、愛美。ほら、これもお食べ」
ああ、夢の中でも、優しく声をかけてくれる家族がいる。
私は……日本では、ずいぶん幸せな人間だったんだろう。でも、今になって【当たり前】がこんなに恋しくなるなんて、思いもしなかった。
顔の見えない祖父が、微笑みながら私の肩を叩いて、何かを言った。
……え? 今、何を言ったの?
そう考えた瞬間、急速に夢の世界は崩れていって。
私はすぐに現実へと引き戻された。
*
____そして。
カーテンから溢れる朝日に目を細めながら、私はむくりと起き上がる。
明るくなった辺りを見回して、最早見慣れてきた黒いベッドに、自分がいることを確認する。
……やはり世界は、そう甘くないようだ。
一晩寝ても、何も変わってない。
「あふ……ぁ」
大きくのびをして、ベッドから降り、
メイドの子達が用意してくれていたらしい下着と、素朴な濃い灰のドレスに着替える。
まぁ、そう動きにくそうでもないし、制服は洗濯してもらってるらしいし、ドレスでもいいか。
……そんなことを思っていると、コンコンと扉がノックされた。
はい、と答えると、最早聞き慣れた声が訊く。
「陛下、おはようございます。よくお眠りになられましたか?」
「お、おはようございます、ランスさん」
「おや、お召替えが既に済んでおられるとは。メイド達を呼んでくるつもりだったのですが」
扉を開けると、私を見て少し目を丸くしたランスさんに、こっちが慌ててしまう。
「ええ!? ぎょ、仰々しいドレスやらマントじゃあるまいし、普通のお着替えに手伝いなんていりませんよ」
「そうなのですか……陛下は、おもしろいお方ですね」
おもしろいお方ですと!?
それはどういう意味で言われたのか、と複雑な気分に陥る。
……美咲先輩みたいに、「マヌケ」と言いたいのか、それとも普通に面白いと思ってるのか。
後者でも別に名誉なことではないような。
「それに、お優しいお方だ。まさかメイドや執事達に笑顔で声をかけ、共に夕餉をお召し上がりになるとは。しかもメイドとはすぐに仲良くなっていた様子でございましたね」
「そ、そんな、優しいなんてことは。ランスさんだって、あの水の妖精を呼び出して、メイドさんたちを癒してあげてたじゃないですか」
「水の…それは、水精……ウンディーネのことですか?」
「はい、そうです、それですそれ」
……やっぱり、ウンディーネっていうんだ。
それ、地球では想像上の生物……というか精霊だけど、アシュタロトではちゃんと存在するんだね。魔族の家来、魔物の部類として。
わー、本当にどこかのゲームみたいだ。
……まあ残念ながら当然、現実なんだけども。
「あれ、どうやって呼び出してるんですか? 魔力を持つ者なら、すぐに呼び出せるんですか?」
「はい。魔力を持つ者なら、誰でも。ただ、人の持つ魔力の形によって、呼び出しやすい魔物が変わります。……力を伸ばせば、どんな種類の魔物や精霊も使役できるようになりますがね」
微笑んだランスさんは、「もちろん陛下はどんな魔物でも呼び出せるでしょう」と言った。
「ただ、やはり相性はありますね。魔王陛下以外の魔族は、風・火・水・土の属性の魔力を持つと言われています。私は風なので、1番最初に呼び出したのは、風精……シルフでした」
「え? それなら魔王の属性は……?」
「もちろん、万能でございますが?」
そ、そんな笑顔で首傾げて言われましても……。
慌てた私は、じゃあ先代様は? と返す。
「先代様ですか?先代様が1番初めに呼び出したのは、夢魔……アルプといわれています。
ですから先代様は、俗に“最凶”の他に“黒き堕天の……いや失礼、なんでもございません」
なんて?
失言だった、と言うようにわざとらしく咳き込むランスさん。……聞き返しても『なんでもない』を繰り返すので、諦めた私は、改めて自分の手を見つめた。
私にも、何か精霊が呼び出せるのだろうか。