15、悪魔文字、英語!?
悪魔文字とは、始祖様が考え出された文字なのだ、とランスさんは続けて言った。
始祖様……というのはつまり初代魔王。
いやいやいやいや、読めるわけないだろ。
人の考え出した文字とか、暗号か。解読しなくちゃいけないのか。無理だわ。
「さぁ、陛下」
「う、うう……わかりましたよ……。でも、読めるかどうかなんて、わかりませんからね!!」
観念して、私は石碑の前に移動する。
はぁ、気が重いよ……、と私は石碑を恐る恐る見た。
……恐る恐る見た。
……見た。
「え…………っと、」
そこに書いてあったのは、
Please unnail at your service(ご自由にお抜き下さい).
……英語やんけ!!!
英語ってちょっと、始祖様!? あなたほんとに日本人じゃないでしょうね。英語を『悪魔文字』って名付けるとか、英語嫌いなんですか始祖様。
しかも、何が剣を抜く作法だ。
『at your service(ご自由に)』って書いてあるじゃないか。もうレストランか何かのセルフサービスじゃん。
「……ランスさん」
「はい」
「……読めました」
「もちろんです。貴女は魔王陛下なのですから……、
って、陛下。どうなさいました、その不満顔」
不満顔って……当然だろう。
私の目論見は水泡と帰したんだから。
「それで、書いてあったことなのですが」
「ああ、いえ。それは言わなくても構いません。悪魔文字は魔王のみが扱える文字ですから」
「はあ……」
なんだその謎の制度。
「魔王は世襲制ではなく、魔王に相応しい血を、そして黒い炎を操れる者…もしくは先代に地位を託された者が即位します。私がそれを読めないと言うのなら、魔王たる資格がない証拠。教えてくださらなくて結構なのですよ」
「はぁ……そうなんですか……」
非効率的だなぁ。面倒くさいし。
じゃあ先代魔王……12代目様は、11代目様に英語を教えて貰ったのかな。
……悪魔文字、なんて。
そんな縛り、なくしてしまってもいいのに。
「そのような悪魔文字が刻まれる石碑は、世界中に点在しています。特に影夜国を中心に」
「へぇ……」
「アシュタロスは、邪神ルシファーが創り出し、始祖様である初代魔王陛下と人間の王が国を発展させたと言われています。その時代の記述はどこにもないので、魔族と人類の争いの大元の原因は未だわかっていないのです」
そう言うと、ランスさんは石碑をじっと見た。
……本当は、読みたいんじゃないのだろうか。
それを、ずっと我慢しているんじゃ……?
「人間の始祖が記し、人間の王族のみに伝えられる『神聖文字』の石碑。そして、初代魔王陛下が記し、魔王にのみ伝えられる『悪魔文字』の石碑。これらの文が揃えば、真の始祖の時代の歴史を知ることができると伝承されてはいますが……」
「始祖の時代の、歴史……」
興味が湧いてきた私が、その言葉を繰り返すと。
ランスさんが言った。
「我らの戦いには……最早、理由などいらないのです。ただ、相手を倒し……支配し、統一する。それが、アシュタロスの平和への唯一の手段なのですから」
支配し、統一するのが…平和への唯一の手段?
……そんなの。そんなのって、ない。
本当にそう思ってるの? ランスさん。
「……お疲れでしょう、陛下。寝室にご案内しますので、夕餉まで、そこでお休み下さい」
「……ありがとう、ございます」
……けど、何も言えなかった。
何も知らない新前魔王の私が、平和な日本で生きてきて『死』も知らない私が、この人に何を言えるだろう。
ここで彼の意見を批難できる経験がないうちは、私が何を言ってもそれは、綺麗事や偽善に過ぎない。それで自分に酔ったって、人間と魔族の関係は変わりはしない。
……ランスさんが地下室の扉を開けたことで、ランプの他に少しだけ光が入った。
私は拳を握ると、地下室から出た。