11、ランスさんの思惑
いったい何が隣に描かれていたのだろう。
破らなくてはならない、何かの理由があったのだろうか。
「初代魔王陛下は、歴代魔王の中でも、1番温厚な方だったと言い伝えられています」
ランスさんが肖像画を見上げたまま言った。
「しかし、アシュタロトに生存している魔族と人間を2つに分断したのもまた、初代魔王陛下なのです」
「この人が……」
ランスさんと同じように肖像画を見つめ、初代魔王の目をじっと見てみても、やはり何もわかりはしなかった。
同じ日本人のような容貌をしていても……やっぱり、わからないものはわからない。
ただ……この人が人間を蹂躙し、魔族天下の社会を作るために2つの国を作ったなんて、とても信じられなかった。
私もこのまま魔王として、この世界で生きていれば、彼の気持ちも理解できるのだろうか。
「……あの、ランスさん」
「なんでございましょう、陛下」
「休戦されるまで、戦争はずっと続いていたんですか? ええと……聖ミスリル統一王国と、影夜国で」
それを聞くと、ランスさんは少しだけ眉を寄せた。
……自分が休戦し、それを取り消した人間と魔族の戦争。私が本当に聞きたかったのは、どうしてランスさんは休戦協定を破ったのか、だ。
それを顔色から読み取られたのかな。
「……はい。人間達の国が“聖ミスリル統一王国”になってからは、ずっと。そして先代様になってからは、それがさらに激化し、ついに『最強』と称される今の人間の王……前勇者が動いたのです」
「そして……先代魔王は倒された」
「……はい」
何かを思い出そうとするように、ランスさんは軽く俯いた。
「……どうして、なんですか?あの兵士さんが言ってました。休戦協定を結んだのは、ランスさんなんですよね?」
「……ええ、その通りです」
ランスさんはうつむいた顔を上げると、止めていた足を再び動かし始めた。
私は置いていかれないよう、あわててそれに続く。
「確かに私が人間と魔族の休戦協定を結びました。そして協定を破り、戦争を開始させたのもまた、私のようです」
「え……?ようですって……」
「……身に覚えがないことなのです」
なんですって……!?
驚いて、私は思わず身を乗り出した。
「……しかし、書類の署名は確かに私の筆跡でした。書類にサインをするところも、たくさんの部下が見ていた……。あれは私自身が書いたもの……そこに間違いありません」
「そのことを、誰かに話したりとかは……?」
「できるはずがありません。しかし私の記憶に、そのような場面はない。……かといって、私を操る魔術が使えるほどの実力者は、この世にはいません」
つまり、ランスさんは、身に覚えのない汚名を被ったまま、過ごしてきたんだ。
兵士さんに、『お前には関係ないことだ』と言って逃がしたあの時。
……ランスさんは、いったいどのような気持ちでいたのだろう。
ランスさんは、争いを嫌った初代陛下のことを敬愛しているのだろう。だからきっと、初代に似た私に、こんなに良くしてくれるのだ。
何しろ、この人は、魔族で唯一魔王に逆らい、人間との和解を望んだ人だもの。
「……私は、どうすればいいんでしょうか」
____初代魔王陛下。
あなたはどうして、人間と魔族を分かつ未来を選択したの?
私がこの世界で、魔王として生きるしかないのなら、どうすればいいのかな。
誰か教えて下さい。
「貴女は、貴女らしくいてくださればいい」
「……ランスさん」
「貴女を……魔王を支えるのが、宰相としての役目ですので」
強い人なんだ、この人は。
けれど……支えられるだけではなく、支えなくては壊れてしまう。
「……おや、陛下。御手に怪我を?」
「へ? あ、ああ……」
私は、胸元に持ってきていた自分の手を見下ろす。そこには、あの兵士さんを手当した時の火傷がまだ残っていた(当たり前だが)。
ああ……すっかり、忘れてた。




