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14才の萌  作者: らう゛ぃ
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1-4 恐怖の天丼

 しばらくして、部屋の前にスリッパの音が聞こえた。


「来たわよ、百万石」

「おぉ、開いてるぜ」


 すっかり不機嫌な様子の俊平。萌はページを確認してから、漫画を本棚に戻した。

 部屋に入ってきたちえりは、「岩崎君、お早う」と挨拶しながら、早速鞄を床に置いた。


「伊藤さん、今日はやけに重装備だね」

「そりゃあもう、資料がいっぱい入ってるもの」

「死霊がいっぱい? おいおい、いくらオカ研でも、ゴーストの持ち込みは御法度だぞ?」

「バカ」


 ちえりは軽くあしらいつつ、萌の隣に腰掛けた。

 伊藤ちえりの家は、加賀邸の門構えから見て右前にあった。まさに目と鼻の先である。物心ついたときにはすでにお互いの存在を知っていたらしく、「こいつとは筋金入りの腐れ縁だから」と二人でハモったことがある。ちなみに俊平の渾名は、ちえりが「加賀百万石」という言葉を知った瞬間に決定したらしい。拒否権という言葉は当時存在しなかったそうで、俊平に言わせると、今もなお保護が必要な絶滅危惧種とのことである。

 ちえりは座るなり、不満そうな唸り声を上げて口を尖らせた。


「どうしたの、伊藤さん」

「うん。実は昨日ね、会心のアイディアを閃いた気がするんだけど、忘れちゃったのよ」

「そいつぁ良かった」


 俊平が軽口を叩いた。


「どうせロクな事じゃないだろうからな。地球と俺達の平和のために、是非ともそのまま忘れ去っといてくれ」

「それでね、岩崎君」

「うおっとぉ~? そう来ましたか、ちえり先生」


 一切振り向くことなく画面を見続ける俊平。どうやら、話し合いに建設的な意見を持ち込む気はさらさらないようだ。

 ちえりはカバンから東京の地図を取り出すと、ベッドの上に広げてみせた。


「ひとまず、幽霊会員を何とかしないといけないなぁって思ってるの」

「うん。それはその通りだね」


 萌は相槌を打った。


「だから、都心を巡るツアーで、親睦を深めようと思うわけよ」

「溝を深めるだけだったりしてな」


 口の減らない俊平に対し、ちえりはすかさず睨みを利かせたが、位置関係上、残念ながら御令息の後頭部しか見えない。ちえりの視線は俊平に対して絶大な威力を発揮するのだが、流石にこれでは効果もイマイチだった。


「あのねぇ、百万石」


 ちえりがさもうんざりしたような声で言った。


「邪魔するだけなら喋らない方がまだマシだわ。出て行って」

「おい、ここは俺んちだぞ」

「――パソコン」


 ちえりが冷ややかに告げた途端、部屋の温度が一気に三度ほど下がった気がした。


「私が触るわよ」

「す、すみません……。ボクちょっと、イキがりたいお年頃だっただけなんですぅ」


 俊平は震えながら陳謝した。

 ちえりとこの機械との相性は、どういうわけか最悪で、彼女がゲームをすると決まってフリーズしてしまう事から、使用禁止となっているのだ。

 大きく息を吐いたちえりは、再び萌に向き直った。


「それで岩崎君、ツアーの件だけどどう思う?」

「いいんじゃないかな。でも、なんで麻布十番とか赤坂なの?」


 萌は何箇所か丸で囲まれた場所を指差した。他にも、大手町や合羽橋、四谷などにも丸がついている。


「徒歩で回れるぐらい近場にして、電車の利用を控えれば……」

「駄目よ。それじゃあ妖怪歴訪ツアーにならないもの」

「あ、やっぱり? そんな感じはしてたんだけど」

「あくまでこれは、研究活動としての一環なんだからね」


 ちえりは地図を指差した。


「例えば、麻布十番の一本松周辺には、妖怪の出没する坂が沢山あることで有名だし、赤坂の紀伊国坂にはのっぺらぼうの逸話が今も息づいてるわ。大手町には平将門の首塚があるし、河童や『お岩さん』こと於岩稲荷田宮神社もルートに組み込んであるし」

「お前にかかると、花のお江戸は妖怪だらけだな」

「そうよ。今頃気付いたの?」


 俊平は小指で耳をほじりつつ、あぐらを掻いたままの姿勢で椅子を半回転させた。


「でもよぉ、こんな涙がチョチョ切れるほどありがたい珍道中に参加するような奴らなら、今頃率先してオカ研を引っ張ってると思うんだがな」

「だから、ふるいよ」

「古い? そりゃ妖怪だもんな。由緒正しい奴らもわんさか……」

「ち・が・う! (ふるい)……つまり、選別よ。これにも出席しないようなら、退会してもらうっていう最後通告のつもりなの」

「でもさ」


 萌が口を挟んだ。


「用事で来られなかったり、金銭面で問題がある人もいるんじゃないかな。ほら、移動手段が電車だし」

「その場合も、誠意ある回答が得られれば考慮するわ。――もっとも、今日はおろか放課後にすら顔を見せないくらいだし、望み薄だと思うけどね」


 ちえりは珍しく、気弱そうに溜め息をついた。

 彼女の行動力なら、本来はもっと早く退会させることもできたのだろうが、部に昇格する条件として「五人以上必要」というものがあったため躊躇していたのだ。

 名前だけとはいえ、在籍していれば昇格はできるし、事実そうやって条件をクリアしている文化系の部は多数ある。

 しかし、それではいかにも頭数を揃えただけだ。真っ当な部活を行いたい彼女にとって、許し難い行為だったのだろう。

 これは最後通牒であると同時に、彼女なりの踏ん切りの付け方でもあったのだ。

 萌は腰を上げた。


「俊平。トイレ借りるね」

「おう、たまには返せよな」

「無茶言うな」


 萌は苦笑したが、ちえりの顔を見た途端、たちまち表情を曇らせた。

 伊藤さん……。正直に行動するのは凄いと思うけど……、つらいよね、やっぱり。

 廊下に出た萌は、重たい足取りでトイレへと向かった。


 加賀邸のトイレは、ほんのりとした明るさに包まれた清潔な空間だった。ホテルのような広々とした洗面台もあり、鏡の脇には相田みつをの日めくりカレンダーが掛けられている。紫色の芳香剤も程良く効いており、気分をリフレッシュさせるには誂え向きの環境といえた。

 ――オカ研は、根本的に人気がないんだよな。それを、入学式での部活紹介もなしに集めた伊藤さんの手腕は、目を瞠るものがあると思うけど……。彼女をもってしても、継続して気持ちを惹きつけるのは困難だったわけだ、はぁ……。

 萌は便座を上げると、左手でズボンのファスナーを下げつつ、右手で革のベルトを押さえようとした。

 これは、別に意識した動作というわけではなく、萌が用を足すときには自然にそういう手の動きになっているのだ。普通に呼吸をするさい、特段の注意を払っていないのと同様である。

 ――ごつっ。


「あれ?」


 右手に何かがつっかえて、うまくベルトが掴めない。萌は何気なく右手を見た。

 こけしがあった。


「うわああああああああああぁぁーーっ!?」

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