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14才の萌  作者: らう゛ぃ
33/33

エピローグ 萌はまた一歩大人になった

 萌は風呂に入る前、りんごジュースを飲んでいた。


「ねぇ、お母さーん」


 キッチンで、亜里紗が幸子に質問していた。


「なんで亜里紗なんて名前にしたの?」

「え、どうして?」


 ――む。

 萌は耳をそばだてた。


「だって、テストで男子と競争したら、ほんのちょっとの差で負けちゃったんだもん」

「点数だろ、それ? 名前のせいじゃないじゃん」


 萌が突っ込んだら、亜里紗が猛反発した。


「違うの、萌姉! スピード勝負だったの!」


 あぁ、なるほど……。

 萌は合点がいった。


「相手は山田(はじめ)っていう奴で、あたしが『岩』って書く間に名前全部書けちゃうんだよ? 絶対不利だよ。まあ、上の名前は仕方ないにしても、なんで亜里紗にしたの? ねぇ~」

「それはね、外国でも通じやすい名前にしようって、お父さんと決めたのよ」

「じゃ、カタカナで『アリサ』でも良かったじゃない! ねぇ、何で?」

「それはだって、日本だもの。やっぱり漢字をつけたいじゃない?」

「うっ……」


 ――そう言われたら、もうどうしようもないな。

 萌は忍び笑いをした。


「もちろん、色んな考え方があるわ。でも、お父さんと二人で、幸せになって欲しいって思いがいっぱい詰まってることは、覚えておいてね」

「それは、分かってるけどぉ……」


 亜里紗はむくれていた。まあ、話した所で改名できるわけではないし、また、したいとも思わないはずだ。単に不満をぶつけたかっただけだろう。

 ――そうだ。


「なあ、亜里紗。それって、どんなテスト?」

「先生が作った、簡単な小テストだよ。だから、あっという間に終わっちゃうの。今度もまたあるんだよ?」

「ならさぁ、全員が名前を書き終わるまで、テスト開始を待っててもらえばいいんじゃないかな」

「あ」


 亜里紗は目から鱗が落ちたようだった。


「そうだよ、萌姉ちゃん! 凄い! 天才!」

「僕は萌兄ちゃんだよ」


 萌は着替えを風呂に用意した。さっきジュースを飲んだことで尿意を催したらしく、先にトイレで用を済ませる。

 ふと見ると、芳香剤はラヴェンダーだった。

 まさか、これが記憶にあって言ったんじゃないよなぁ……。

 萌は軽く笑った。

 用を足し、手を濯ぐ。こけしで片手が使えなかったときは、ファスナーを上げるのも一苦労だった。濃密な一日だったせいか、なんだかとても昔の事のように感じられるが、あれはまだ朝の事だったのだ。


「……」


 あれっ、待てよ?

 萌はふと手を止めた。

 脳内で、ぐるぐると記憶が駆け巡る。

 そうだよ、いや、でもまさかっ……!


「――ちょっと出てくる!」


 萌は外に飛び出した。




 閑静な住宅街にある一軒家から出てきたラヴィは、怪訝な顔をした。


「んむ、明日まで待てなかったのか? そんなに恋しかったか」

「いや……、別に、そういうわけじゃないんだけど……」


 走ってきた萌は、十数秒ほど使って呼吸を整えた。


「実はさぁ……、どうしても確認したいことがあって」

「ほぉ、なんだ?」


 萌はごくりと唾をのみ込んだ。


「あのさ……、俊平の家で起きた事を、監視ボールで撮影してたんだよね?」

「んむ、不測の事態に備えて、ちゃんと見守っていたぞ」

「――見たの?」

「何をだ?」


 ラヴィはポーカーフェイスのままだ。

 しかし、不測の事態に備えているのならば、こけしを掴ませたときなどは思い切りそれに該当する。

 萌は恐る恐る切り出した。


「誰を撮影してたの?」

「こけしマン」

「常に?」

「うん、常に」


 ははははは……。

 萌は空笑いが止まらなくなった。


「さ……、さっきはうまく伏せてたけど、それってつまり……!」


 うっすらと笑みを浮かべたラヴィは、(おもむろ)に口を開いた。


「『お願いします』」

「!」

「人に物を頼むときの、魔法の言葉だよ?」


 頬に指を当て、小首を傾げてみせる。

 萌は笑顔を引き攣らせた。


「お……お願いします……」

「『ラヴィ様』」

「ラ、ラヴィ様……」

「はっはっは、こりゃ愉快じゃのお。余は満足じゃ、下がって良いぞ」

「勝手に終わるなー!」

「あれっ?」


 ラヴィはきょとんとした。


「命令、それ?」

「い、いえ……。滅相もない……」


 たっ、耐えろ……、今は耐えるんだ……。

 萌は手を握り締めた。


「ど、どうかご内密にお願いします、ラヴィ様……!」


 頭を下げる萌に、ラヴィは楽しそうに笑いかけた。


「大丈夫、大丈夫」


 ラヴィは萌の肩を優しく叩くと、耳元でこう囁いた。


「私の口は堅いから」


―劇終―

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