6-6 素敵だった一日
笑いの波が収まった後も、ラヴィはムスッと膨れていた。
「覚えとけって言ったのは忘れろ……」
ぶつぶつ呟きながら、そそくさとネタバラしディスクを片付けると、代わりにクラシックをかける。
「お、『春の声』か」
「んむ。冬で死んだゾンビを溶かさねばな」
強がりを言うラヴィだが、俊平は鼻であしらった。
「いやぁ、死体は脳味噌も溶けちまってるからな~。まあ、俺も男だ。頑張って、『覚えといてやるよ』」
「お前、本当にゾンビにするぞ!?」
「ほーお、やる気かコラ?」
俊平は不敵に笑った。
「そんなら、この後カラオケ行こうぜ。んで、決着つけようや」
「望むところだ!」
「あら、黒幕さん」
ちえりから横やりが入った。
「当然奢りでしょうね?」
「うっ……。しゃ、しゃらくせぇ! お大尽アタック見せたらぁ!」
「お~」
あっさり唆された俊平に、一同は盛大に拍手をした。
「でも百万石、本当に行く気? ラヴィとローズさん、歌とか知ってるかしら?」
「んむ? それは軽い挑発だな?」
「え、そ、そんなつもりじゃ……」
「ちえりよ、宇宙人だからと馬鹿にしたものではないぞ。カナリヤの如き澄みきった囀りを、カラオケで十二分に響かせてやろうぞ」
「カラオケか~。私は久々だな~」
凄いや……、すっかり馴染んでる。
萌は目を細めつつ、携帯でもう少し遅くなる事を幸子に連絡した。
空が茜色に染まる頃、一行はラヴィを先頭にしてカラオケ店から出た。
「ん~む、喉が嗄れるほどに歌ったぞ」
「いやぁ、みんな歌がうまいわ。俊平君は、洋楽もよく知ってるし」
「俺は、古今東西なんでもござれですからね」
俊平は顎に手を当ててポーズを決めた。
ちなみに、俊平VSラヴィは同点であった。因縁の対決は次回に持ち越しである。
「でもよぉ、今回はみんな古い年代だったなぁ。なんでだ?」
「百万石が、先陣を切って『ヒーロー』を歌ったからでしょ? あれでローズさんが『六本木心中』を歌って、一気に最近の曲はお断りみたいな流れになったのよ」
「でも、古いの知らないと歌えないじゃない。最近の中学生って凄いわねぇ」
ローズが頭を掻いた。
「どれもこれも、生まれる前の曲ばっかでしょ」
「えっと、そいつはうちが結構特殊かもしれねぇです」
俊平は首を撫でた。
「親父とお袋の音楽コレクションがあったもんで」
「なるほど。それで洋楽も知ってるのね」
「なまじ部屋数があるもんで、全然捨てないんですよ。だもんだから、古いのが溜まる溜まる」
俊平とちえりがローズと話す中、萌をラヴィが突っついてきた。
「萌、陽水とかうまいな」
「たまたま声の質が似てるだけだよ」
萌ははにかんだ。
「でも、痛快だったのはあれだね。俊平が『YESTERDAY ONCE MORE』を歌ったときに、即座にラヴィが……」
「言うな!」
俊平が大声で遮ってきたが、一瞥しただけで爽やかに続ける。
「ラヴィが、仲睦まじい二人へのプレゼントって前置きして、『TOP OF THE WORLD』を熱唱したの」
「うぉい、その辺にしとけ、萌!」
「んむ、俊平が実に気分良くカーペンターズを歌っていたから、これはネタを振ってきたんだなと思って、気が付いたら入力しておった。ご両人にはピッタリの曲だのぉ」
「あ、あのね、ラヴィ! 私達、全然そんなのじゃないから!」
「あはは、二人に近付くな~。火傷すっぞ~」
ラヴィは両手を広げてそこらをぐるぐると回った。
車に乗り込んだ五人は、まずは俊平とちえりの家に向かって、二人を下ろした。
俊平がショルダーバッグを持って一旦屋敷に入り、ちえりの茶色の鞄と、萌の靴下が入ったビニール袋を持ってきてそれぞれに返した。萌は、そこにアンダーシャツも突っ込む。
ちえりが頭を下げた。
「それじゃあ、また明日」
俊平がサムアップした。
「萌、お前がヒーローだ」
「それ、もういいって!」
「もうええ……? 自分の名前で大オチか。やるな?」
「そのネタ自体、生まれてから何度やられたか数え切れないよ! だよね、百万石!」
「モエモエ!」
「百万石!」
「モエモエ!」
「百万石!」
「モエモエ!」
「――やめよう」
「そうだな……」
女性陣の生温かい目に気付いた二人は、息を整えつつ、互いの両肩を叩いて健闘を讃え合った。
車が動き出す。今日一日を乗り越えた戦友達が、次第に遠くに離れていく。
――二人とも、本当にありがとう。
萌は心の底から感謝した。
車で行くと、萌の家まではすぐに着いた。
「さてと、一緒に行くかな」
「え、なんで?」
「色紙」
「――ああ、あったねそんな事」
「駄目だぞ、忘れてちゃ」
「忘れさせたの誰だよ」
萌は愚痴りながら家に入った。
「ただいま」
「おかえりなさい」
キッチンから幸子が顔を出した。
「こんにちは、萌君のお母さん」
ラヴィは、柔和な顔でそっと一礼した。変わり身の早さは流石である。
「私は、萌君の友達で、神宮寺と言います」
「こんにちは、神宮寺さん」
「えっと、彼女が色紙を欲しいって言ってた子」
「ええ、昨日頼まれてたものね」
幸子は一旦奥に引っ込むと、色紙を持ってきた。
「お母さん、サインは久々だから、新聞で何度も練習しちゃったわ」
幸子は照れ臭そうにラヴィに色紙を渡した。
「でも、妙な注文よね。今日萌ちゃんが家に帰るまでは、絶対に気取られないようにしてくれ、だなんて」
「――え? い、今、なんて?」
「やだ、萌ちゃんったら、本当に忘れちゃったの? 昨日、電話をかけてきたとき、お母さんにそう頼んだじゃない」
萌はラヴィを睨んだ。
「ラヴィ……」
「いやぁ、不思議不思議」
ラヴィは明後日の方向を見た。是非とも昨日を直視してほしいところだ。
――でも、母さん。昨日から今まで、色紙の話はおろか、普段と違う様子なんて微塵もなかったよね……。う~ん、恐いなぁ……。
萌は、幸子の笑顔に頬を引き攣らせた。
そのとき、玄関を開けて亜里紗が帰ってきた。
「たっだいま~……って、あれ?」
亜里紗はラヴィの姿を見て、萌にニヤけた顔を向ける。
「萌姉ちゃん、彼女? おーおー、やるな、この?」
以前の萌ならムキになって否定しただろうが、今は別にどうという事はない。
「違うよ。友達」
「チェッ、な~んだ。つまんないの~」
しかしその時、ラヴィは萌の腕に抱きついてきた。
「うぅん。お姉ちゃんと萌君は、恋人なんだよ?」
「えっ」
亜里紗は呆気に取られた顔をした。
「ラヴィ」
萌が窘めると、ラヴィはクスッと笑ってみせた。
「う、そ。仲良しなのは本当だけどね」
「えっ、えぇっと……。そ、そう、なんですか……」
亜里紗は、妙にしどろもどろになった。亜里紗は昔から、攻撃は強いのだが、守勢に回ると途端に脆くなるところがあった。ラヴィはそれを敏感に嗅ぎ取ったのだろう、いとも容易く亜里紗を手玉に取っていた。
ラヴィはゆっくりと玄関を開けた。
「それじゃ」
「え、もう帰っちゃうの?」
あまりにあっさりした帰宅宣言に、萌の口から思わずそんな言葉が飛び出す。
ラヴィは軽く笑いつつ、色紙を振ってみせた。
「また、明日」
そっか……。明日、また会えるか。
「うん、また明日」
萌も見送りのため一旦外に出て、ラヴィが車に乗り込むのを笑顔で見守った。
「そうだ、モエモエ」
ラヴィが車窓から顔を出した。
「兄さんにはバレたが、だからといって妹とかにはバラすでないぞ」
「んー、どうしよっかなぁ」
「おいおい」
ラヴィは苦笑した。
「ちょっと待て、そりゃ困る」
「そういうときは、『お願いします』って言えばいいよ」
ラヴィは、一瞬とんでもなく嫌そうな顔をしたあと、頭を下げた。
「お……お願いします。萌様」
萌は大笑いした。今日一日、ラヴィにはやられっぱなしだったから、これで少しは溜飲の下がる思いだ。
「まあ、僕の口は堅いから」
「へへぇ~、ありがたき幸せ」
ラヴィは両手とともに頭を垂れた。
車が発進すると、萌はその後ろ姿を、手を振って見送った。
家も近いし、何かあったらすぐ行ける。
素敵な一日は、彼女との距離をこの上なく埋めてくれたから。




