6-5 覚えておきたい
「ちなみに決戦場所だが、姉さんに見繕ってもらったぞ」
「戦いの結末もね」
ローズが会話に参加した。
「一応、ふたつ用意してあってね。大人しく倒されるのと、私が勝ってネタばらしまで弄るパターン。家にお持ち帰りして、着せ替え写真で楽しむとかね」
「うわぁ……」
「萌君なんか、可愛いから似合うと思ったんだけどな。猫耳バンドで『にゃお~ん』って」
「謹んでお断りします」
付けた姿を想像し、萌は目頭を押さえた。
「だけどね、ここでまた予定外の事が起きたのよ」
「萌の兄貴ですね?」
「その通り」
ローズが苦笑した。
「大和君はねぇ、いやぁ、本当強かった。彼とは純粋に戦ったんだけど、まぁご指摘通り。変形に頼ってたわねぇ」
ローズは腕を2回転ほどさせて頭を掻いた。対向車の視線は……きっと対処済みだろう、うん。
「それで、私は逃走したわけ。結局、橋で捕まっちゃったんだけどね」
「姉さんが去ったあとは、全部アドリブだな。急遽『シェイク・スピアー』なる新種の武器を考え、私の設定をでっち上げ……」
「そのせいで俺が死んだのか」
「いや、予定ではちえりだった」
「なに?」
ここだけ聞くと非常に物騒だ。
「話が盛り上がった場合、ちえりを殺すとクジで決まってたんだ。だから、あそこから俊平は、ちえりを見捨てるクズ野郎に成り下がるハズだったのに……。ハ~ァ、つまんね」
「うぉい!」
俊平は助手席の裏へ膝蹴りを入れた。その後、両サイドからの生温かい視線を感じたのだろう、居心地が悪そうに左右を見る。
「オイ、お前ら……。そのニヤけ顔は何だ?」
「いやぁ、俊平こそがヒーローだね」
「そうそう、百万石ってば、美味しいトコ総取りよねぇ」
「いらねぇよ!」
俊平は、忌々しげに腕組みした。
「さて、それから私はモエモエ達を追ったわけだ。なんだか最終決戦地っぽいところに出たから、人払いの装置も広範囲に使ってな」
ラヴィは頬を掻いた。
「でも、私の豹変は蛇足だったかなぁ。せっかく仲良くなれたのに、これで終わらせたら勿体ない、そう思っちゃったんだよ。後先考えないあたり、結構天然だな、私」
「ラヴィ……」
顔を綻ばせた萌は、少しだけ意地悪く聞いた。
「悪役は楽しかった?」
「ん! メチャクチャ爽快だった! ――じゃない。いやぁ、友の死を悼む萌の涙を見たときは、胸がズキズキ痛んで」
「本音が漏れてるよ」
萌は苦笑した。
「演技にも力が入ってたしね」
「やっぱり? 実は私、元女優志望」
「道理で」
笑いが起きた後、ラヴィは手を2回叩いた。
「さて、本日の裏話は概ね以上だ。他に何か気になる事はないか?」
「俺からでいいか」
俊平が手を挙げた。
「ラヴィが制服を着てたのは、マジで学生だからか?」
「んむ」
「とすると、俺達はラヴィに関する記憶を丸々消去して出演したのか。対するお前も、まるで初対面のように振る舞ったわけだな」
「そういう事だ」
ラヴィは頷いた。
「さて、他にあるか?」
「僕は、黒幕さんにちょっと」
「おい!」
萌は黒幕の肩を叩いたあと、優しく微笑んだ。
「ありがとう」
「!」
黒幕はびっくりしたようだった。
「な、なんだよ、改まって」
「だって、黒幕が居なかったら、ラヴィはきっと黙ったままで、素敵な今日はなかったはずだから」
「萌……」
見つめ返した黒幕は、呆れたように溜め息を吐いた。
「お前なぁ……、同性相手にそういう態度は、本当にやめとけ? 誤解されるぞ?」
「茶化すな!」
「へっ……。まあ、上手くいったのは、『こけしマン』のおかげだよ」
「え」
今度は、萌がたじろぐ番だった。
「ちょっと、そこ? 二人で世界を作らないの」
ちえりが忍び笑いをしながら俊平の肩を叩いた。
「さてと、俊平。これから楽し~いお仕置きタイムよ。百万発お見舞いするわね」
「えっ? おい、いきなりか!?」
俊平が抵抗するなか、ちえりは問答無用に百万発を食らわせた。
――ペチッ。
「な、なんだよ……、これ」
「デコピン。百万発分のね」
ちえりはガンマンのように指をフッと吹いた。
「百万石がいなかったら、確かに今日はなかったもの。怒るなんてとんでもないわ」
「じゃ、なぜ感謝しない」
「いくら宇宙人ってことを素直に受け入れさせるためだからって、死んだりするのは駄目よ、ルール違反」
「おい、俺は被害者だぞ。それに、クジとか言って……!」
そこで俊平は、ちえりの様子に気付いて口を噤んだ。
ちえりは俊平をじっと見ていた。目が少し潤んで見えるのは、光の加減だろうか。
頭を掻いた俊平は、大きく息を吐くと、ちえりの手を優しく握った。
「悪かったよ」
「――ん、よろしい」
黒幕問題は、実に平和的に終息した。
「んむ、こんな所か」
ラヴィはにこやかに告げた。
「では、終了かな?」
「あ、ラヴィ」
萌が呼びかけた。
「最後に、ちょっと気になった事があるんだけど……」
「んむ、何だ」
「もしかしたら、気のせいかもなぁって思ってるんだけど……」
「何だよ、歯切れが悪いな」
萌は鼻の頭を掻いたのち、一息入れてから言った。
「今日の記憶、消さないよね?」
「!」
俊平とちえりは目を見開いたが、すぐに意味を悟ったらしい。
ラヴィはしばし他所を向いたのち、ゆっくりと萌を見た。
「山形県って、人の横顔に見えるよな」
「誤魔化しは無し」
「ん、んむ……」
萌の追及で、ラヴィは渋々話を始めた。
「実は……、本当は見せちゃいけない事になってるんだ」
――本当は、見せちゃいけない?
萌はぞくりとした。
「人はそもそも、こんな秘密を知っていちゃいけないんだな……。未知の存在とか、オーバーテクノロジーに触れては、世界が歪んでしまうから」
「ラヴィ……」
萌は自分の手を握り締めた。
「僕は、今日を忘れたくない」
「そうだぜ! 今日一日、会心の出来だったじゃねえか!」
俊平も熱弁を振るった。
「俺の作戦大当たりだよ! 宇宙人? はっ、どうって事ねえぜ。なんせ俺、死んだもんな! それに、吹聴したりなんかもしねえよ。又聞きで信じる奴なんかいねえっての。普段はホラ吹きとか言われてっけど、今の台詞に全く嘘はねえぜ。相場と笑いの神様に誓ってな!」
「そうよラヴィ! 折角こんなに親しくなれたのに、消せる? ――あのね、楽しかった思い出って、そのときの仲間と分かち合うことで何百倍にも膨らむの! それを無かった事にしちゃって、ラヴィはそれでもいいの!?」
ラヴィは憂鬱そうな溜め息を吐いた。
「これだから嫌だったんだよ、言うのは……。まったく、モエモエは勘がいいな……」
――やっぱり。
萌は奥歯を噛み締めた。
「だがな……。記憶の抹消を回避する条件も、あるにはある」
「え、あるの!?」
あっさり提示されると思わなかっただけに、萌は驚いた。
ラヴィは厳かに頷いた。
「その条件は、たったひとつ……。地球上の協力者になることだ」
「なる人、手を挙げて」
「え?」
後部座席の三人とも手を挙げる。
今度はラヴィが驚く番だった。ローズが口笛を吹く。
「いや、あの、もうちょっと苦悩するとかさぁ……」
「悩んで欲しかった?」
「うぇ~、悩んじゃうの~?」
「無いものねだりじゃんか!」
萌は突っ込んだあと、一転して表情を引き締めた。
「協力者って、危険なこととかあるの?」
「いや、ほとんどない。仮にあっても、私達が避ける。――あぁ、あんまり装置とかで根掘り葉掘り聞かれると、ちょっと困るかな」
「だ、そうだけど、伊藤さん?」
「分かったわ」
ちえりは溜め息をついた。
「詮索しない。誓うわ」
「そうか。――ありがとう」
ラヴィが後部座席を向いて深々と頭を下げたあと、一転して相好を崩した。
「いっや~あ、これで機械とかの説明しなくて済むよ~。私もどういう仕組みなのかはサッパリでさ~」
「――え?」
ちえりはよろけた。
「ま、まさか……」
ローズが笑いを噛み殺していた。
「全部消すつもりなら、そもそもこんな事しないさ。ね、ラヴィ?」
「そうそう、モエモエは気にしすぎなんだよ」
「で、でも……」
萌はどう反応していいのか分からなかった。
「やれやれ、では証拠を渡すかな」
ラヴィは手帳に何事か書くと、ピッと千切ってちえりに渡した。
「持っておいてくれ」
ちえりはそれを見て、小さく吹き出した。その後、萌と俊平にも見せてくれる。
そこには、今日の日付と一緒に、「私、神宮寺羅弥は、オカルト研究会に入会します」と書かれていた。
なるほど……。確かにこれなら。
萌が微笑んだとき。
「いいや、まだ信用できねえな」
「俊平?」
萌は驚きを隠せなかったが、肘で小突かれたため任せることにする。
俊平は手振りを交えて話した。
「こんな狂言を仕掛ける宇宙人だぜ? 文言のひとつやふたつ、どうにでもなるさ」
「おいおい」
ラヴィは頬を掻いた。
「そう言われては、どうしようもないぞ」
「いや、あるだろ」
俊平はラヴィの口を指差してグルグル回すと、皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「納得させてくれよ。さっきの俺達みてえな、そりゃあもう、こっ恥ずかしい台詞でな」
「なっ……!」
目を瞠るラヴィに、すかさずローズが追撃した。
「あー、お姉ちゃんも聞きたいなー」
「え? ね、姉さ……!」
「ラヴィちゃん? 折角みんなが目の前にいるんだからさぁ、やっぱり肉声で気持ちを伝えなくっちゃ。だよねぇ、みんな?」
「あら~、聞きたい聞きた~い!」
「うん。すごく聞かせて欲しいなあ」
ラヴィの反論は、みんなの囃し立てる声にあっさりと掻き消された。
「ふはははは。さあどうする、ラヴィ?」
「クッ……、お、おのれ……」
ラヴィは顔をしかめたのち、腕組みをした。
「分かった……、やってやろうじゃないか」
演技でないラヴィが初めて屈伏した瞬間、車内は大喝采となった。
――なるほど、流石は俊平。悪知恵がよく回るねぇ。
ラヴィは軽く咳払いをした。
「あー、今日という大切な一日を、いつまでもこの胸に留めておきたいと願い……」
「おいおい、棒読みかよー。なってねえぞー」
俊平の野次に、含み笑いの嵐が吹き荒れる。
「こ、こいつ……」
ラヴィはキッと睨んだ。
「そうだよ! 私だってみんなと同じさ! ここまで深く分かり合えた人間なんて初めてだよ! 忘れてほしくないに決まってるだろ!」
「消さないか?」
「絶対消さないよ!」
悪辣に笑ってみせた俊平は、尊大に指を組んだ。
「まあ……。今日の所は、この辺で勘弁してやるか」
「勘弁してやりましょうか」
「そうだね、勘弁してあげよう」
「お前ら……覚えとけよ」
その途端、車内は抱腹絶倒に包まれた。




