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14才の萌  作者: らう゛ぃ
31/33

6-5 覚えておきたい

「ちなみに決戦場所だが、姉さんに見繕ってもらったぞ」

「戦いの結末もね」


 ローズが会話に参加した。


「一応、ふたつ用意してあってね。大人しく倒されるのと、私が勝ってネタばらしまで弄るパターン。家にお持ち帰りして、着せ替え写真で楽しむとかね」

「うわぁ……」

「萌君なんか、可愛いから似合うと思ったんだけどな。猫耳バンドで『にゃお~ん』って」

「謹んでお断りします」


 付けた姿を想像し、萌は目頭を押さえた。


「だけどね、ここでまた予定外の事が起きたのよ」

「萌の兄貴ですね?」

「その通り」


 ローズが苦笑した。


「大和君はねぇ、いやぁ、本当強かった。彼とは純粋に戦ったんだけど、まぁご指摘通り。変形に頼ってたわねぇ」


 ローズは腕を2回転ほどさせて頭を掻いた。対向車の視線は……きっと対処済みだろう、うん。


「それで、私は逃走したわけ。結局、橋で捕まっちゃったんだけどね」

「姉さんが去ったあとは、全部アドリブだな。急遽『シェイク・スピアー』なる新種の武器を考え、私の設定をでっち上げ……」

「そのせいで俺が死んだのか」

「いや、予定ではちえりだった」

「なに?」


 ここだけ聞くと非常に物騒だ。


「話が盛り上がった場合、ちえりを殺すとクジで決まってたんだ。だから、あそこから俊平は、ちえりを見捨てるクズ野郎に成り下がるハズだったのに……。ハ~ァ、つまんね」

「うぉい!」


 俊平は助手席の裏へ膝蹴りを入れた。その後、両サイドからの生温かい視線を感じたのだろう、居心地が悪そうに左右を見る。


「オイ、お前ら……。そのニヤけ顔は何だ?」

「いやぁ、俊平こそがヒーローだね」

「そうそう、百万石ってば、美味しいトコ総取りよねぇ」

「いらねぇよ!」


 俊平は、忌々しげに腕組みした。


「さて、それから私はモエモエ達を追ったわけだ。なんだか最終決戦地っぽいところに出たから、人払いの装置も広範囲に使ってな」


 ラヴィは頬を掻いた。


「でも、私の豹変は蛇足だったかなぁ。せっかく仲良くなれたのに、これで終わらせたら勿体ない、そう思っちゃったんだよ。後先考えないあたり、結構天然だな、私」

「ラヴィ……」


 顔を綻ばせた萌は、少しだけ意地悪く聞いた。


「悪役は楽しかった?」

「ん! メチャクチャ爽快だった! ――じゃない。いやぁ、友の死を悼む萌の涙を見たときは、胸がズキズキ痛んで」

「本音が漏れてるよ」


 萌は苦笑した。


「演技にも力が入ってたしね」

「やっぱり? 実は私、元女優志望」

「道理で」


 笑いが起きた後、ラヴィは手を2回叩いた。


「さて、本日の裏話は概ね以上だ。他に何か気になる事はないか?」

「俺からでいいか」


 俊平が手を挙げた。


「ラヴィが制服を着てたのは、マジで学生だからか?」

「んむ」

「とすると、俺達はラヴィに関する記憶を丸々消去して出演したのか。対するお前も、まるで初対面のように振る舞ったわけだな」

「そういう事だ」


 ラヴィは頷いた。


「さて、他にあるか?」

「僕は、黒幕さんにちょっと」

「おい!」


 萌は黒幕の肩を叩いたあと、優しく微笑んだ。


「ありがとう」

「!」


 黒幕はびっくりしたようだった。


「な、なんだよ、改まって」

「だって、黒幕が居なかったら、ラヴィはきっと黙ったままで、素敵な今日はなかったはずだから」

「萌……」


 見つめ返した黒幕は、呆れたように溜め息を吐いた。


「お前なぁ……、同性相手にそういう態度は、本当にやめとけ? 誤解されるぞ?」

「茶化すな!」

「へっ……。まあ、上手くいったのは、『こけしマン』のおかげだよ」

「え」


 今度は、萌がたじろぐ番だった。


「ちょっと、そこ? 二人で世界を作らないの」


 ちえりが忍び笑いをしながら俊平の肩を叩いた。


「さてと、俊平。これから楽し~いお仕置きタイムよ。百万発お見舞いするわね」

「えっ? おい、いきなりか!?」


 俊平が抵抗するなか、ちえりは問答無用に百万発を食らわせた。

 ――ペチッ。


「な、なんだよ……、これ」

「デコピン。百万発分のね」


 ちえりはガンマンのように指をフッと吹いた。


「百万石がいなかったら、確かに今日はなかったもの。怒るなんてとんでもないわ」

「じゃ、なぜ感謝しない」

「いくら宇宙人ってことを素直に受け入れさせるためだからって、死んだりするのは駄目よ、ルール違反」

「おい、俺は被害者だぞ。それに、クジとか言って……!」


 そこで俊平は、ちえりの様子に気付いて口を噤んだ。

 ちえりは俊平をじっと見ていた。目が少し潤んで見えるのは、光の加減だろうか。

 頭を掻いた俊平は、大きく息を吐くと、ちえりの手を優しく握った。


「悪かったよ」

「――ん、よろしい」


 黒幕問題は、実に平和的に終息した。


「んむ、こんな所か」


 ラヴィはにこやかに告げた。


「では、終了かな?」

「あ、ラヴィ」


 萌が呼びかけた。


「最後に、ちょっと気になった事があるんだけど……」

「んむ、何だ」

「もしかしたら、気のせいかもなぁって思ってるんだけど……」

「何だよ、歯切れが悪いな」


 萌は鼻の頭を掻いたのち、一息入れてから言った。


「今日の記憶、消さないよね?」

「!」


 俊平とちえりは目を見開いたが、すぐに意味を悟ったらしい。

 ラヴィはしばし他所を向いたのち、ゆっくりと萌を見た。


「山形県って、人の横顔に見えるよな」

「誤魔化しは無し」

「ん、んむ……」


 萌の追及で、ラヴィは渋々話を始めた。


「実は……、本当は見せちゃいけない事になってるんだ」


 ――本当は、見せちゃいけない?

 萌はぞくりとした。


「人はそもそも、こんな秘密を知っていちゃいけないんだな……。未知の存在とか、オーバーテクノロジーに触れては、世界が歪んでしまうから」

「ラヴィ……」


 萌は自分の手を握り締めた。


「僕は、今日を忘れたくない」

「そうだぜ! 今日一日、会心の出来だったじゃねえか!」


 俊平も熱弁を振るった。


「俺の作戦大当たりだよ! 宇宙人? はっ、どうって事ねえぜ。なんせ俺、死んだもんな! それに、吹聴したりなんかもしねえよ。又聞きで信じる奴なんかいねえっての。普段はホラ吹きとか言われてっけど、今の台詞に全く嘘はねえぜ。相場と笑いの神様に誓ってな!」

「そうよラヴィ! 折角こんなに親しくなれたのに、消せる? ――あのね、楽しかった思い出って、そのときの仲間と分かち合うことで何百倍にも膨らむの! それを無かった事にしちゃって、ラヴィはそれでもいいの!?」


 ラヴィは憂鬱そうな溜め息を吐いた。


「これだから嫌だったんだよ、言うのは……。まったく、モエモエは勘がいいな……」


 ――やっぱり。

 萌は奥歯を噛み締めた。


「だがな……。記憶の抹消を回避する条件も、あるにはある」

「え、あるの!?」


 あっさり提示されると思わなかっただけに、萌は驚いた。

 ラヴィは厳かに頷いた。


「その条件は、たったひとつ……。地球上の協力者になることだ」

「なる人、手を挙げて」

「え?」


 後部座席の三人とも手を挙げる。

 今度はラヴィが驚く番だった。ローズが口笛を吹く。

「いや、あの、もうちょっと苦悩するとかさぁ……」

「悩んで欲しかった?」

「うぇ~、悩んじゃうの~?」

「無いものねだりじゃんか!」


 萌は突っ込んだあと、一転して表情を引き締めた。


「協力者って、危険なこととかあるの?」

「いや、ほとんどない。仮にあっても、私達が避ける。――あぁ、あんまり装置とかで根掘り葉掘り聞かれると、ちょっと困るかな」

「だ、そうだけど、伊藤さん?」

「分かったわ」


 ちえりは溜め息をついた。


「詮索しない。誓うわ」

「そうか。――ありがとう」


 ラヴィが後部座席を向いて深々と頭を下げたあと、一転して相好を崩した。


「いっや~あ、これで機械とかの説明しなくて済むよ~。私もどういう仕組みなのかはサッパリでさ~」

「――え?」


 ちえりはよろけた。


「ま、まさか……」


 ローズが笑いを噛み殺していた。


「全部消すつもりなら、そもそもこんな事しないさ。ね、ラヴィ?」

「そうそう、モエモエは気にしすぎなんだよ」

「で、でも……」


 萌はどう反応していいのか分からなかった。


「やれやれ、では証拠を渡すかな」


 ラヴィは手帳に何事か書くと、ピッと千切ってちえりに渡した。


「持っておいてくれ」


 ちえりはそれを見て、小さく吹き出した。その後、萌と俊平にも見せてくれる。

 そこには、今日の日付と一緒に、「私、神宮寺羅弥(らび)は、オカルト研究会に入会します」と書かれていた。

 なるほど……。確かにこれなら。

 萌が微笑んだとき。


「いいや、まだ信用できねえな」

「俊平?」


 萌は驚きを隠せなかったが、肘で小突かれたため任せることにする。

 俊平は手振りを交えて話した。


「こんな狂言を仕掛ける宇宙人だぜ? 文言のひとつやふたつ、どうにでもなるさ」

「おいおい」


 ラヴィは頬を掻いた。


「そう言われては、どうしようもないぞ」

「いや、あるだろ」


 俊平はラヴィの口を指差してグルグル回すと、皮肉っぽい笑みを浮かべた。


「納得させてくれよ。さっきの俺達みてえな、そりゃあもう、こっ恥ずかしい台詞でな」

「なっ……!」


 目を瞠るラヴィに、すかさずローズが追撃した。


「あー、お姉ちゃんも聞きたいなー」

「え? ね、姉さ……!」

「ラヴィちゃん? 折角みんなが目の前にいるんだからさぁ、やっぱり肉声で気持ちを伝えなくっちゃ。だよねぇ、みんな?」

「あら~、聞きたい聞きた~い!」

「うん。すごく聞かせて欲しいなあ」


 ラヴィの反論は、みんなの囃し立てる声にあっさりと掻き消された。


「ふはははは。さあどうする、ラヴィ?」

「クッ……、お、おのれ……」


 ラヴィは顔をしかめたのち、腕組みをした。


「分かった……、やってやろうじゃないか」


 演技でないラヴィが初めて屈伏した瞬間、車内は大喝采となった。

 ――なるほど、流石は俊平。悪知恵がよく回るねぇ。

 ラヴィは軽く咳払いをした。


「あー、今日という大切な一日を、いつまでもこの胸に留めておきたいと願い……」

「おいおい、棒読みかよー。なってねえぞー」


 俊平の野次に、含み笑いの嵐が吹き荒れる。


「こ、こいつ……」


 ラヴィはキッと睨んだ。


「そうだよ! 私だってみんなと同じさ! ここまで深く分かり合えた人間なんて初めてだよ! 忘れてほしくないに決まってるだろ!」

「消さないか?」

「絶対消さないよ!」


 悪辣に笑ってみせた俊平は、尊大に指を組んだ。


「まあ……。今日の所は、この辺で勘弁してやるか」

「勘弁してやりましょうか」

「そうだね、勘弁してあげよう」

「お前ら……覚えとけよ・・・・・


 その途端、車内は抱腹絶倒に包まれた。

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