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14才の萌  作者: らう゛ぃ
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6-3 策に溺れる策士

『それでは、打ち明けます』


 画面のラヴィは、シリアスの真っ最中だ。助手席の「モヘモヘ」が嘘のようである。

 化学室の椅子に座る三人を、ラヴィは順に見ていった。


『私の正体は、宇宙人なんです』


 画面の内外の三人は、挙動という点において奇妙に一致していたが、信じているか否かについては決定的な差があった。


『そ、そうなんだ……』


 作り笑いをした萌に、ラヴィは少し不満そうな顔を見せた。


『どうすれば信じてもらえますか』

『そうだなぁ』


 俊平は手を振ってみせた。


『例えば、腕を伸ばしたりすればどうかな』

『分かりました』


 ラヴィは、腕を伸ばしてグネグネと波打たせた。一瞬の静寂ののち、三人は絶叫する。


「ここも長いな。やれやれ、飛ばす所ばかりだぞ」


 軽く笑ったラヴィは、さっさと一時停止して早送りをした。

 その口調に、ちょっぴり悲しげな響きがあったのを、萌は聞き逃さなかった。

 化学室の萌達に、傷つけるつもりは全く無かっただろうが、あの狼狽えぶりである。かなり失礼な事を口走ったのかもしれない。それを再びここで蒸し返す必要はない。

 だから、飛ばした。

 ――ありがとう、ラヴィ。

 萌は、ラヴィのさりげない気配りに感謝した。

 再生を始めると、騒ぎ疲れた様子の三人は、ラヴィの憂鬱そうな表情にやっと気付いた。

 三人が聞く体勢になったのを見計らって、ラヴィは静かに口を開いた。


『日本では、漫画やアニメといった文化が盛んだと聞いた……。あまり子供過ぎても秘密を守れないし、大人だと柔軟さに欠けるということで、中学生を選んだ。中でも、未知のものに理解を示してくれるだろうと思って、オカルト研究会に白羽の矢を立てた。実質の活動人数も手頃だったしな……。そして、二ヶ月ほど十分に調べた結果、これなら大丈夫そうだと思い、意を決して打ち明けたのだが……。実際はこんな反応だよな。過剰な期待を持ちすぎた』


 喋り方が、助手席に座るラヴィと似通ったものになった。萌にとってはこちらの方が親しみを覚えるが、画面の中の三人は初めてらしい。突然の豹変ぶりに戸惑いを隠せないでいるようだ。


『あ、あの……』


 ちえりがおずおずと話しかけた。


『神宮寺さん?』

『何だろう、オカルト研究会会長、伊藤ちえりさん』


 態度がよそよそしい。傷つけまいと配慮するぎこちなさが、かえって痛々しい。


『大丈夫よ。私達は、秘密を喋ったりしないから』

『そうか。ありがとう』

「――止めて」


 今度はちえりからストップがかかった。


「ねえラヴィ。これは、IFの世界なの? 何か、現状と違いすぎる気がするんだけど」


 ラヴィは微笑んでみせた。


「さして違わないぞ。その証拠に、みんな揃っているだろ?」

「そりゃそうだけど……」

「もうすぐ、黒幕の正体も明らかになるしな」

「え、それって……!」


 ラヴィは片目を瞑ってみせると、再生ボタンを押した。


『おい、ちょっと待て』


 画面内の俊平が口を挟んだ。


『俺は……、俺が喋りまくる自信がある』

『何言ってんの、百万石!』

『いや、聞け。これは結構マジな話だ。――例えばだな、このまま神宮寺さんが尻尾を出さずに無事卒業して、俺達も大人になったとしよう。そのとき、思い出話として語ったりすることが、きっとあるはずだ』

『でもそれは、百万石がホラ吹いたって言われるだけよ』

『ああ、普通はそうだな……。だがよぉ、仮にそうであったとしても、吹聴するのを止めることまでは出来ないわけだ。脳でも弄くらない限りな』


 俊平はずいっと身を乗り出した。


『神宮寺さん。君は、この結果を予想しているような口振りだったな』

『んむ、そうだな』

『淡い期待を抱きつつも、たった今、ものの見事に玉砕したわけだ』

『んむ……』


 画面の俊平は、不敵に笑った。


『ずばり聞くけど、記憶を消去する技みたいな物があるんだろ?』


 ラヴィの表情が微妙に変化した。直感だが、興味を惹かれたような顔だ。


『なぜそんな風に思う?』

『いやぁ、だって不用心すぎるだろ? 打ち明け方とかさぁ』


 俊平は頭を掻いた。


『だから、多分俺達はもう明日になったら……いや、下手したらこの後すぐにでも、神宮寺さんの正体を忘れて、何も知らない一学生に戻るわけだ』

『――ご明察』


 ラヴィは一礼した。


『ここでの話は、綺麗さっぱり忘れてもらうことになる』

『やっぱりな』


 俊平は大きく息を吐いた。


『この分だと、声を掛けたのも俺達が最初じゃないんだろ?』

『んむ』

『ずっと、失敗に終わってたってわけだ』

『んむ』


 ここで俊平は、極上の悪巧みを思いついた策士のような笑みを浮かべた。


『ならよぉ……。ここらでひとつ、仕切り直しってのはどうだ?』


 その瞬間、車内の俊平が凄まじい速さで身を乗り出し、一時停止ボタンを押した。


「あら。何で止めるの、百万石?」

「えっ? い、いや。まさかな……」


 俊平は空笑いをした。


「おいラヴィ、まさかこれって、『そういう事』か!?」


 ラヴィは素知らぬ顔だ。――いや、そのフリをしながら、唇の片端が吊り上がっている。

 つまり、「そういう事」なのだ。


「なっ……、なあ、みんな……! 俺、気付いたんだ……!」


 俊平は、策士が策に溺れきって溺死寸前のような笑みを浮かべた。


「争いは何も生み出さない……、だろ? みんな仲良く、人類皆兄弟だぜ!」

「んむ? 『ワレワレハ、ウチュウジン』だが?」

「ぐっ……!」


 本物が「ウチュウジン」を披露するのは禁じ手だと思う。


「人類って、地球人だけかのぉ? 私達、すごい疎外感じゃな」

「そうよねぇ、ラヴィ」

「い、いやっ! ちょっと待て!」


 俊平は大きく手を振った。


「地球も宇宙に浮かんでるだろ!? つまり、地球人だって宇宙人だ!」

「お~、やるじゃないか」


 ラヴィはパチパチと拍手をした。

 これで勢いづいたか、俊平は胸に手を当てる。


「戦争反対! 平和が一番! 一人一人を尊重しよう! そうだろ、みんなぁ?」

「何ガラにも無いこと言ってるのよ、百万石……? あなた怒ってたじゃない。黒幕、張り倒しましょうよ」

「い、いや、だから待てって! ――そうだ! この映像、何かおかしい!」

「あら、そう? じゃあ俊平は目を閉じてて。あたし達は見るから」

「うぐっ……!」


 万事休す。


「さっ、百万発叩き込むわよ、黒幕・・に? ラヴィ、続けて」

「いやー、待てって!」

「ポチッとな」


 なおも足掻こうとするも、ちえりが首に手を回したら驚くほど大人しくなった。どうやら観念したらしい。


『――仕切り直し?』


 ややあって、画面のラヴィが聞き直した。


『どういう事だ?』

『つまり、今の俺達から記憶が無くなるんだろ? そりゃ好都合だ。もういっぺんチャンスをくれよ』

『どうするつもりだ?』

『明日は創立記念日だろ。ここで、出会い方を変えればいいんだよ』

「――これは、仮の話じゃない」


 ラヴィはぽつりと呟いた。


「昨日、実際にあった話だ」


 萌は頷いた。記憶はないが、映像で見たことが生じたのだろう。そういえば、昨日の活動内容はひどく朧げだった。というより、たった今まで、意識すら向けられなかった。改竄されていたのだろう。

 画面のラヴィは眉根を寄せていた。


『難しそうだな』

『なーに、簡単なことさ。木を隠すなら森。奇想天外な事件を起こしまくれば、宇宙人って話ぐらいどうって事無くなるぜ』


 ラヴィは驚いた顔をした。


『伊藤さん、岩崎君。あなた達はそれでいいのか』

『ま、いいわよ』

『問題ないよ』

「よし!」


 俊平はガッツポーズをした。


「承諾取ったぜ! 俺、偉い!」

「取ったのラヴィじゃん」

「萌ー!」


 俊平は絶叫した。


「なんて事言うんだ、お前! 昔はそんな奴じゃなかっただろ!」

「あー、じゃあ染まっちゃったんだねぇ。怖いなぁ」

「うぉい! ちょっと待……でぉふ!」

「黙ってて」


 俊平は瞬く間に静かになった。

 画面では、ちえりが早速ペンを持っていた。


『それじゃあみんな、いい案をどんどん出して』

『フッ、問題ねえ。三人寄れば文殊の知恵だ。ここには四人もいる。文殊を超えたな』

『頭数だけはね』


 萌が苦笑しながら突っ込んでいた。

 以下、箇条書きで「特撮ヒーロー」や「笑い」や「斜め上の展開」などといったことがルーズリーフに書き込まれていった。また、そこにあった占い雑誌の内容も採用される。


「――なるほど。占いが当たるわけだよ」

「違ぇねえ」


 萌の呟きに、俊平も苦笑していた。


「んむ、しばらくはネタ出しだな。今のうちに、記憶について話しておくか」


 ラヴィが切り出した。


「私に関する一連の記憶だが、夢という処理にしている。しっかり睡眠を取れば思い出すだろう。心身への影響は最小限に留めているつもりだが、かなり設定が加わったからな。ちょっと寝起きが悪かったかもしれん」

「そういえば……」


 萌は朝を思い返していた。摩訶不思議な夢だったはずなのに、決して思い出せなかったはずだ。


「私もそうだったわ。目覚めた直後は最悪だった」


 ちえりも、加賀邸に来たときは昨日のアイディアを忘れたと言っていた。思い入れが強い分、消去も強力だったのかもしれない。


「お、そうなのか?」


 俊平は首を捻った。


「俺は全然そんな事なかったぜ?」

「今日、凄く期待してる事があった場合は、そっちのほうが強まるからな」

「そうか? 何だろうなぁ。――おっと、もう三時過ぎてるじゃねえか。えーっと、株価チェックしねえと……」

「それだよ」


 露骨な突っ込み待ちだった。

 画面内では、「こけしマン」を誰がやるかの会議が行われ、萌に四本の手が上がっていた。ちえりとラヴィと、俊平の両手である。

 民主主義の前に突っ伏した画面の萌は、しばらくして、ゆっくりと(おもて)を上げた。


『じゃあ、ヒーローが決まったからさぁ……、今度は敵だよね』


 口をへの字に曲げており、えらく目が据わっている。


『誰が敵やる? 俊平? うわぁ、やる気出てきたなぁ』

『お前、開き直ると強いな……』


 その直後、車内で失笑が起きる。

 ――今の笑いって、何……?

 みんなの反応に、萌は人知れず拗ねていた。

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