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14才の萌  作者: らう゛ぃ
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6-1 アツい奴ら

 疲労困憊の萌は、そのまま階段の広場に仰向けに倒れた。この程度の汚れなど、今更である。

 ラヴィが、心底済まなそうな顔をして上ってくると、顔の前でパンと叩いて拝んだ。


「すまん! 正直やりすぎた!」


 萌は力無く笑った。


「本当は怒るべきなんだろうけど……。嬉しいほうが勝ってるから、いいよ」

「おぉ、ありがとう、モエモ……じゃない、萌」


 萌は苦笑した。


「モエモエって呼びたかったら、そう呼んでいいよ」

「え、いいのか?」

「何か、ものすごくツマラナイ問題に思えてきたからさ」


 萌はラヴィに起こされて立ち上がった。


「俊平達は大丈夫なの?」

「んむ、眠ってるだけだ。すでに血糊は消したし、近くに『ドッキリでした』というプラカードも置いたから、通りすがった人がいても問題無かろう。すぐに目覚めるしな」

「良かった」


 萌とラヴィはゆっくりと階段を下りていった。ズボンは濡れ放題だが、お天道様は常に偉大だ。すぐに乾くだろう。

 アンダーシャツで体を拭き、素肌の上からシャツを着る。今日は初めてすることだらけだ。

 大和とも引き続き連絡を取った。何でも、蔵前橋の上で激闘を繰り広げたらしく、最後はフェイントからの踵落としで決着したらしい。降参したマハ・ラッカを問い質すと、このカラクリを全部喋ったため、真実かどうか萌に確認を取ったという次第である。けんぴビームと呟いて目からビームが出たときは、萌の目からも果てしなく涙が出た。

 寄り添うようにして江戸東京博物館に戻る途中、さっき気になっていた、亀に乗った立像前を通った。


「これ、誰だろうね」

「知らないのか。家康だぞ」

「え、嘘っ。本当に?」

「嘘はさっきまでに散々吐いたからな。もう飽きた」


 二人はどちらからともなく笑い出した。

 階段を上り、倒れていた場所まで戻ってきた。しかし、俊平とちえりの姿はない。


「んむ? どこに行った?」


 キョロキョロと首を振るラヴィ。萌も一緒になって探すと、博物館の大きな建物の下、日陰の部分に、俊平が足を投げ出して壁にもたれかかっていた。


「あーっ、俊平!」


 再び生きて会えると思わなかっただけに、喜びもひとしおである。

 しかし俊平は、なぜか顔を赤らめてソワソワしていた。


「お、おぉっ、萌。無事だったか」


 影になって見えなかったが、傍らにはちえりも座っていた。明後日のほうを向き、手うちわで扇いでいる。何か、必要以上によそよそしく振る舞っている感じだ。

 ――あれ? もしかして……。


「なんか僕、まずい時に来ちゃった?」

「えっ?」


 俊平とちえりは同時に萌を見て、「いや、全然!」と大声でハモった。

 萌は顔をニヤつかせる。


「も~う、こんなに暑いんだから、これ以上アツくしなくてもいいんだよ?」

「萌!」


 俊平は即座に立ち上がった。


「お前、ちょっとそこに直れ!」

「うわぁ、俊平怖ーい」


 頭を抱えておどける萌に、ラヴィも追従する。


「んむんむ、なぜ俊平は怒るのだ? なんぞ疚しい事をしておったのか、のぉ?」

「くっ……! くぉら、ラヴィ!」


 俊平はすぐに怒りの矛先をラヴィに向けた。


「ドッキリってどういう事だよ! 納得行かねぇぞ!」


 そう言って床のプラカードを指差す俊平。そこには、白地に赤く「ドッキリでした。てへっ♪」と書かれている。

 ――ああ、これは怒るね。


「ちゃんと説明しろよ!」

「まあ、それは全員集まってからにしよう。ただ、私が計画の立案者というわけではないぞ。真の黒幕は別にいる」

「なっ……!?」


 萌とちえりは絶句したが、俊平はせせら笑う。


「ヘッ、マハ・ラッカに決まってるだろ。タコ殴り決定だな」

「いや、大外れだ」

「マジで!?」


 俊平も目を剥いた。

 ちえりはゆるゆると立ち上がった。目が随分充血している。


「百万石の殺害を企てるような、悪趣味な黒幕がいるっていうのね」

「んむ」

「ケッ、誰だろうと関係ねえ。絶対文句言ってやる」

「まあまあ俊平、事情を聞いてから……」

「甘いんだよ、萌は! 分かった瞬間、問答無用で一発カマすからな。そんだけの事はしたぜ」


 確かに、いくらドッキリでも、とても道徳的とは呼べない代物だった。ただ、怒るにしても、やはり話を聞いてからだろう。

 大和とマハ・ラッカが国技館前までやって来たとの事なので、日陰を出て長いエスカレーターを下っていった。

 辺りにちらほら見える人影に、萌が疑問を口にする。


「あのさあ、ラヴィ。たまたま人が居なかったから良かったものの、居たら大変な事になってたよね?」

「ああ、問題ない。人払いなどの装置を駆使したからな」

「どうやって?」

「んむ。影響が大きいんで滅多に使用できないが、何となく足が向かないとか、そこから出て行きたいとかいう気持ちを生じさせる装置だ。ただ、絶対居たいと思っている人達はその場に留まるから、使いどころも難しい。現に、江戸東京博物館にもいたしな」

「え、いたの?」

「んむ、あの辺にな」


 ラヴィが来た道を指差した。


「中央にだだっ広いスペースがあって、その上に建物が浮いているような感じで乗っかっていただろ。そこには上へのエスカレーターがあって、受付と守衛の方々がいたのだ。もちろん、萌からは見えない位置に誘導したがな」

「全然気付かなかった……」


 というより、俊平が死んでそれどころではなかった。

 大和とともにやってきたマハ・ラッカは、申し訳なそうな顔をしていた。


「みんな、ごめんなさい。そして、ラヴィもごめん」

「姉さん、自分からバラしちゃ駄目だよ」

「ごっめーん。だってこのお兄さん、本当に怖かったんだもん」


 マハ・ラッカは、あくどさなど微塵もない、快活そうな女性だった。


「姉妹だったんだ」


 萌の呟きに、二人は顔を見合わせニンマリと笑った。


「私が妹のラヴィ」

「そして私が、マハ・ラッカこと、本名ローズです」


 二人は深々と一同にお辞儀をした。


「近くのパーキングに車を駐めてるんで、それで帰りましょう。で、大和君は」

「うむ。私も新車で帰る」


 扇子をあおぐ大和に、萌は呆れながら指差した。


「兄さん……自転車でしょ?」

「ふっ、紛う事なく車だな」

「大学まで?」

「無論だ」


 大和はパチリと扇子を閉じた。


「では萌よ、そして皆さん、また会う日まで。――おっと、去り際のバックは『凱風快晴』を思い浮かべてほしい。大きな赤富士の絵だ。それでは!」


 颯爽と乗った大和は、猛スピードで走り去っていった。


「大和君は、両国の自転車屋さんとお知り合いなんですって」


 ローズが話を補完してくれた。


「で、愛用の自転車が壊れちゃったから、顔見せがてら買いに来たの。それで帰ろうとしたとき、両国橋で萌君達に気付いて、馳せ参じたってわけよ」

「なるほど……」

「いや、待て。萌」


 俊平が裏手で突っ込んだ。


「偶然にしても凄すぎるだろ」

「うーん、普通ならそうなんだけど……」


 萌は頭を掻いた。


「兄さんの場合、突飛な事件に遭遇する率が人の何倍もあるらしくて……。自分から首突っ込んだり、頼まれ事されたりもしょっちゅうだからさ。理由を聞いたら、むしろ納得しちゃった」

「何だそりゃ」


 俊平はずっこけた。


「ところでよぉ、帰るって言ってたけど、兄貴の大学って山手線内か?」

「うぅん、神奈川だよ」

「マジか! ――なるほど、すでに次元が違うな」

「ねぇ」


 そもそも、これだけの事件に出くわしたら、もう少し事情を知りたがると思うのだが、そんな素振りは全く見せず。いくら道中でローズに掻い摘んで話を聞いたとしても、萌には到底真似出来そうにない芸当だった。

 パーキングに行く途中、自販機があったので、そこでみんな飲み物を買った。萌が買ったのはキンキンに冷えたお茶。半分近くを一気に飲むと、疲れた体にスーッと染み渡る。

 ああ……、生きてるって幸せ……。


「ねえ、岩崎君」


 ちびちびと口を付けていると、ちえりが聞いてきた。


「ラヴィに、モエモエって呼ぶの許したって本当?」


 げほっ。

 萌は思いっきり噎せた。


「な、なんでそんな話に……?」

「あと、水に濡れてセミヌードになったって」

「それはない! 事実無根!」

「何ぃ、ヌードだとぉ!?」


 俊平が目を輝かせた。


「萌、全裸になったなら呼べよ! ちゃんと売り捌くから!」

「だから違うって! 上半身までだよ!」


 二人は固まった。次の瞬間、その顔がたちまち朗らかになる。


「あら~、じゃあ本当だったのね~」

「サービスシーン満載だなぁ、萌」


 ――僕の馬鹿!

 萌は頭を抱えた。それはもう、見事なまでの自爆っぷりだった。

 ちえりが茶目っ気たっぷりに片目を閉じる。


「じゃ、これで相殺ね」

「相殺って、何と?」

「だから、江戸東京博物館での……」

「あぁ……、分かった」


 萌はちえりを手で制した。二人が実際に何をしていたのかは不明だが、わざわざ「知らない」と言ってあげるほどお人好しでもない。萌はそれで手を打った。


「んむんむ、萌、セミヌード……と」

「だから違うって!」


 蒸し返すラヴィに、萌は大声で否定した。


「なーんか腹立つなぁ。さっきは良かったのに、喋ってるうちにムカムカしてきた」

「おやぁ、モエモエ? そんな口の利き方をしていいのかな? ネタは山ほどあるんだぞ?」


 ラヴィはほくそ笑んだ。


「例えば……。そう、あれは朝の事だった。ウォーターベッドの上で俊平が、こけしを持って泣き喚く萌を激しく組み伏せ……」

「うわぁー!」


 三人は、人目も憚らず絶叫した。


「なぁに、その話? お姉さん、興味津々だなぁ」

「聞かなくていいです!」


 三人の意志は一つとなったが、腹黒狸はなおも止まらない。


「その後、ちえりも参戦し、こけしを手に取ると、『優しくしてね』と言った萌に対して、『善処するわ』と……」


 三人はまたもや絶叫した。


「あ、あぁぁぁああのね!」


 中でも、ちえりの狼狽ぶりはひどかった。


「あ、あれは……そう! 岩崎君の手の中にあったこけしが爆発しそうだったから……!」

「萌のこけしが爆発寸前!? ――おぉ、何ということだ……。うら若き乙女が、公衆の面前でそんな破廉恥な言葉を口にするなんて……」

「――違う、違うの! そうじゃなくって……、ああ、もう!」


 泣き出す寸前といった様子のちえりは、耳まで真っ赤になっていた。

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