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14才の萌  作者: らう゛ぃ
26/33

5-3 読み合いの果て

「なっ……!?」


 萌が叫んだ瞬間、辺りは紫の閃光に包まれ、爆音が鳴り響いた。萌は続けて「コーチ剣!」とも叫ぶと、片目を開けたまま一目散に左前方にある階段・・へと駆けていく。ラヴィにではない。ラヴィにさえ向かわなければ、障害物は何もない事は確認済みだ。

 視界がほとんど利かないが、思い切って全力で疾走する。

 目が慣れてきて、階段を下りる寸前に振り返ると、ラヴィは人型を崩し、大きな水溜まりのような姿で地面に広がっていた。

 やっぱりだ……。いきなり突っ込んでいたら、足が触れた途端に口を塞がれて、一巻の終わりだった……。

 萌は階段を駆け下りて道に出ると、右側へと折れた。そのまま博物館と学校の間にある道を全力疾走する。

 こけしも剣も、鮮血のような赤に染まっている。これが力の開放ということらしい。

 ――穢れた力だ。

 萌は一蹴し、代わりにラヴィ対策を練り始めた。

 触れただけで成仏と言っていたが、あれは記憶が戻る前のことだ。大妖怪らしいから、コーチ剣だけでは多分一撃で倒せない。ラッキーヒットで倒せるなら、あそこまで余裕綽々の態度はとれないからだ。今のハリマヤ・ボンバーでも大してダメージは無かったようだし、決めるとすれば、やはり必殺技だ。アシズリムロト・スラッシュ……。くそっ、結構長い技名だ……。せめて「あー」ぐらいなら、刺し違える覚悟で何とかなるのに……。


「待てぇっ!」


 亀の上に人が立つ銅像を左手にやりすごしたとき、背後から声がした。もう人間体に戻ったらしい。速い。


「一度力を解放すれば貴様など要らんのだ! しかし、私は寛大だ! 吸収などせん! それを寄越して恭順の意を示せば、お前だけは見逃してやる!」


 萌は、しっかりとこけしを握り締めた。


「それにな、どこまで逃げても匂いで追えるのだぞ! どこへ行こうというのだ!?」


 萌は構う事なく、出た先の横断歩道を渡り、左側のごみごみした裏道へと入って行った。

 今日はとても暑かった……。なら、必ずあるはずだ。

 果たして、萌の予想通りにあった。

 とあるマンションの前に打ち水がしてあった。角を曲がった所には、水道のホースとバケツが置いてある。

 後ろを見ると、ラヴィはまだ来ていない。ひたすら曲がってきたため、視界内にもいない。ほんの僅かだが、距離が出来たらしい。

 萌は素早く服を脱いで上半身裸になると、頭から思い切り水を被った。誂え向きに非常階段もあったので、濡れないよう蛇口裏の芝生に服を置き、音がしないよう階段を駆け上がる。

 ――匂いで追うと言ったな。じゃあ、これはどうだ。今日のシャツはよく汗を吸っている。水を被った僕よりも嗅ぎやすいだろう。

 ほんの二秒でいい。お前が角を曲がって、僕がいない事に気付いた瞬間、手すりから乗り出して必殺技とともに斬りつける。たった二秒騙せればいい。

 さほど遠くない場所から、ラヴィの歩いてくる靴音と声がした。


「裏道か……? 貴様はこの辺りの地理に詳しいのか? 袋のネズミだ、馬鹿め!」


 そのとき、ラヴィの動きが止まった。萌の脈拍が上がっていく。

 大丈夫だ……。信じろ、落ち着け……。

 萌は深呼吸をした。水で滑らないよう、ズボンで手とこけしをしっかりと拭く。

 やがて、匂いを嗅ぎ終えたのだろう、ラヴィのゆっくりとした足音が再び聞こえてきた。


「おやおやぁ……? どこに行ったのかなぁ?」


 獰猛な笑みが目に浮かぶようだ。しかし、角を曲がる前に宣言したという事は、向こうはほぼ確実に「萌は角に隠れている」と思っている証拠でもある。こけしを握る手に一層力がこもる。

 ――捕獲準備は万全ってわけか。いいさ、匂いの元はすぐそこだ。来いよ。

 逸る気持ちを押さえて、一歩一歩の音を聞いていく。頭の影が見えた。あと三歩という所だ。実物が顔を出した瞬間に飛び出す。覚悟はとっくに出来ている。

 しかし、この土壇場に来て。

 ――ああ、そんな……!

 スマホから、エルガーの「威風堂々」が流れてきた。

 ――くそっ! 自棄気味に萌は電話を受ける。

 ラヴィは音が鳴った途端、ピタリと歩みを止めた。何も喋りかけてこない。

 人物ごとに音楽を変えていたため、受話器を耳に当てなくても大和からの電話だというのは分かった。しかし、いかんせんタイミングが悪すぎる。

 ――どうした、電話ぐらい誰でも使ってるさ。さっさと来い!

 しかし、無情にも、ラヴィの影は少し道の奥側に寄った。

 そして次の瞬間、黒ゴシック服を着た腕が覗く。

 手には、ちえりのコンパクトが収まっていた。

 息を殺していた萌は、それを見下ろして硬直した。

 コンパクトの角度があれこれ変えられてピタリと止まった途端、高笑いが響き渡る。


「水も滴るいい男だな、モエモエ」


 ――失敗した!

 萌は全身に寒気が走り、よろよろと後退った。

 あれほど繋がらなかった電話が、このタイミングでかかってくる……。しかも、必死に潜伏していたのに「堂々」とは、神様はよほど皮肉が好きなようだ。


「角に潜伏しているよう思わせて、上から奇襲か……。なるほど、切羽詰まった中で考えたにしては、なかなか良い作戦だったな」


 ラヴィが賞賛した。


「知謀もある、行動力もある、度胸もある……。でも、悲しいかな……。運がない」


 ラヴィも非常階段を上ってきた。一段一段響く音が、死の旋律として萌の耳元に届く。

 ――飛び降りるしかないか? でも、体を自在に変化させるような相手だ。空中で刺されたりするかもしれない。隙を狙って飛び降りないと……。


『……、……萌!』


 萌はそのとき、大和がずっと喋っている事に気付いた。

 そうだ、近ければ駆けつけてくれるかも。

 萌は急いで受話器を耳に当てた。


「兄さん、今どこ?」

『おお、ようやく繋がったか! こっちは今、蔵前橋の上だ』


 つまり、隅田川沿いに走っていったということだ。川から離れた萌にとっては絶望的な距離である。

 非常階段からマンション内部に入ろうと試みた萌だったが、無情にも扉は開かなかった。鍵がないと開かない仕組みになっているらしい。萌はひとまず上に逃げた。


『実はな、萌。このレディが気になる事を言ったのだ。その確認をしたい』

「何? こっちは今それどころじゃ……!」

『聞け』


 有無を言わさず大和が話し出した。

 話が進むうち、萌はペタリとしゃがみこみ、知らず知らずのうちに涙が溢れだした。ぶつぶつと呟いたのち、涙は全く止まらなくなる。


『大丈夫か、萌?』


 ずっと喋っていた大和だったが、萌の返事がないのを不思議に思ったらしい。


「うん、大丈夫……。聞いてる、聞いてるよ、ちゃんと……」


 萌は鼻声で答えた。

 すでに逃げる気は失せている。最早そんなこと、どうだって良くなっていた。

 非常階段をゆっくり上っていたラヴィは、一つ下の踊り場までやってきた。


「おやおや……、泣いてしまったのかい? どうやら、今のが最後の策だったようだね」


 ラヴィは饒舌に喋りだした。


「不意を打てない限り、君が必殺技を言い終わるよりも私が口を塞ぐほうが早い……。諦めろ。そして、今のうちにたっぷりとこの世にお別れを告げるといい」


 萌はぎこちない笑顔を作った。


「僕が言うのは、そんなに長い言葉じゃないよ……」

「はて」


 ラヴィは首を傾げた。


「では、何だ?」

「『コーチ剣、終了』!」


 萌が叫ぶと、剣は消えた。ラヴィは目を見開くが、すぐに嘲笑する。


「一度力を発揮すれば、あとは剣を消しても継続されるのだぞ? その証拠に、こけしは赤いままだ」

「別に問題ないよ。今のは準備だもの、魔法の言葉を言うためのね」

「何っ?」

「じゃあ、言うよ」


 萌は呼吸を整えると、こけしの顔をラヴィに向けた。


「『けんぴビーム』」


 その途端、こけしの目から芋けんぴのような細長いビームが何本もラヴィに当たった。


「いてっ、いててっ、いてっ」


 ラヴィは手で必死に遮っている。地味に痛そうだ。


「お、お前……。いつの間にこんな技を……?」

「他にもあるよ。ここではやらないけど、『黒潮スプラッシュ』とか『よさこいダイナマイツ』とか。うっかり反応すると困るから、剣を消したけどさ」

「あ、あっ……あれぇ~?」


 ラヴィはさっきまでの極悪な表情も忘れ、こめかみをぽりぽりと掻いている。


「もしかして……聞いちゃった?」

「うん、聞いた」


 萌は涙を流して笑った。


「ぜーんぶヤラセだってね、宇宙人さん」

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