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14才の萌  作者: らう゛ぃ
23/33

4-3 シェイクスピアー

「とぅっ!」


 階段の踊り場まで駈け降りた大和は、そこから華麗に飛び降りた。


「――誰、あなた?」


 マハ・ラッカは、萌から手を離すと、不敵な笑みを浮かべる大和に向かって歩き出した。

 ま、まさか……! なんで兄さんが……!

 マハ・ラッカが離れるや否や、すかさず俊平が近寄ってきて、二人がかりで何とか麦藁帽子を引き剥がした。一度剥がすと、意志が無くなったかのように地面に落下する。


「ツイてるぜ、萌。誰か知らねえが、物好きってのはいるもんだなぁ。ま、そのおかげで、体勢を立て直せるけどよ」

「いや、あの……」

「あぁ~、確かにガタイはいいよな。でも、妖怪相手じゃ土台無理だろ」

「うぅん……、違うんだ」

「はっ?」


 俊平が怪訝な顔をしたとき、兄が天地を指すポーズを取った。


「天知る地知る、我知る人知る! 貴様の悪事は露見した! 天に代わって成敗いたす! 愛と勇気の使者、岩崎大和、見・参!」


 俊平はあんぐりと口を開け、萌と男を交互に指差し確認した。萌は思わず赤面する。


「い、今、岩崎って……、あれ?」

「そう……。俺の兄さん」


 頬を掻きつつ、萌は曖昧に笑ってみせた。

 とはいえ、到底信じられなかった。大和は今、神奈川の大学にいるはずである。なぜ遠く離れた隅田川に現れたのか、皆目見当がつかない。

 大和は、萌の疑問などお構いなしになおも喋っていた。


「ふっふっふ……。バックは『神奈川沖浪裏かながわおきなみうら』が良いな。飛び散る波飛沫に、遠方の富士! やはりここは北斎だろう」


 大和は口角を上げつつ、マハ・ラッカを指差した。


「詳しい事情は知らんが、お主がよからぬ事を企てているのは十分に理解した。あまつさえ、萌とその友人に危害を加えるとは言語道断! 退治させてもらうぞ」

「あらあら……。あなた少しはやるようだけど、痛い目見るわよ?」

「その通りですぜ、萌の兄貴さん! そいつに挑んじゃ駄目です! そいつは人間じゃない、妖怪なんですよ!」

「ほぉ」


 大和は口元に笑みを浮かべた。


「ならば、なおのこと面白い」

「いや、面白いじゃなくて、本当なんですって! 無茶ですよ!」

「――少年よ」


 大和は、スッと俊平のほうを指差した。俊平は一瞬にして黙りこくる。


「為せば成る、為さねば成らぬ何事も。成らぬは人の為さぬなりけり。バイ、上杉鷹山(うえすぎようざん)

「……っ!」


 俊平はすっかり呑まれてしまった。

 マハ・ラッカは、その間にスタスタと歩み寄っていき、大和に回し蹴りを決めた。大和はあっさりと倒される。


「おいー! あんだけかまして一撃じゃねえか! 言わんこっちゃねえ!」

「いや、兄さんなら大丈夫」

「え?」


 驚いた表情の俊平に、萌は力強く頷いた。


「大丈夫だよ」


 マハ・ラッカは萌達のほうに向き直った。


「さ、第2ラウンドといきましょうか」

「そうはいかん」

「!?」


 マハ・ラッカの表情が驚愕に変わるや、いきなり地面に引き倒された。そのまま腕ひしぎ十字固めに極められる。


「あれ、小さい頃に何度も食らったんだ」

「マジか! でも、あの技って、人間だから有効なんだよな。形が変わったら……」

「――あっ」


 大和はマハ・ラッカの右腕をより一層厳しく極めていた。


「レディよ、戦闘中に余所見(よそみ)は禁物だな」

「やるじゃない、なかなか」

「降参するか?」

「冗談」


 マハ・ラッカは薄笑いを浮かべた。


「萌の兄貴さん! そいつ、変形します!」

「何っ?」


 直後、マハ・ラッカの右腕が大きく波打ち、脱出不可能に見えた押さえ込みからするりと抜け出した。大和は素早く距離を取って起き上がる。


「御免なさいねぇ。あたし、姿を変えることが出来ちゃうのよ」

「ほぉ」


 大和は動じなかった。


「ならば、めくるめく関節技(サブミッション)の世界は封印というわけだな」


 大和はマハ・ラッカに対して半身で構えた。すぐさまマハ・ラッカが肉薄するが、その迫る勢いを利用して四方投げを決める。起き上がりざま、すかさず下段蹴りを放つマハ・ラッカだが、大和は冷静に一歩後退、逆にその足に蹴りを入れる。慌てて引っ込めるマハ・ラッカ。


「んむ……、信じられん事だが、萌の兄さんは狐を凌駕しておるな」


 ちえりに肩を貸してもらいつつ、ラヴィが近寄ってきた。ちえりの口を塞いでいた服の切れ端は、すでに取り除かれている。

 マハ・ラッカも、どうやら想像以上の相手だという事に気付いたらしい。


「小癪な!」


 麦藁帽子が大和の顔にへばり付こうとするが、大和は手刀気味にすかさず払い除ける。


「無駄だ! 小手先の技が通用するのは初撃のみ。二度は通用せん!」


 マハ・ラッカは舌打ちすると、麦藁帽子を腹にくっつけて同化させた。


「なあ、萌」


 俊平が提案した。


「俺、思うんだがよぉ、今のうちに後ろからこっそり近づいて、必殺技で斬ればどうだ?」

「ならん!」


 大和の声が辺りに木霊した。


「手出し無用! これは、一対一の戦いだ!」


 その言葉に呼応するかのように、マハ・ラッカは目をぎらりと光らせた。その形相は、まるで夜叉のごとくである。


「言ってくれるわね……。このあたしが、素手の人間に一対一(タイマン)ですって?」

「不服か? ならば、ハンデをつけるか。私が右手を使わないといったような」


 マハ・ラッカは目をひん剥いた。


「――正気?」

「先ほどまでで概ね実力は分かった。妖術なるものに頼っているせいか、技のキレがいまいち温い。今のお前なら、手一本使わずとも倒せる」


 マハ・ラッカのこめかみに血管が浮き出た。瞼も痙攣している。


「分かったわ……。確かにあたしは、あなたを舐めていた。正式に勝負を申し込むわ。一対一の勝負をね」

「ルールは如何に」

真剣勝負(セメント)何でもあり(バーリトゥード)

「承知」


 申し合わせたようにお互い距離を取った刹那、二人は再び激しくぶつかりあった。正直、共闘しようと言われたところで、この激戦に割り込める気が全くしない。下手したら、とばっちりで生命の危険すらある。


「こけしを持ってる程度じゃ、助太刀にもならないな……」

「いや、あれは兄貴達が凄すぎるだろ……。しっかし、生身の人間のほうが断然強いじゃねえか。おい、ラヴィ。正義の味方って案外弱ぇぞ」

「コラァー! 言うてはならんことを!」

「そうよ、そうよ」


 ちえりも援護射撃した。


「あたしも岩崎君も、その台詞だけは必死に耐えてたんだから」

「え?」


 ラヴィは、背後から撃ち抜かれたような顔でちえりを見た。ちえりはそっぽを向いている。俊平の毒舌が目立っているが、ちえりも相当に辛口だ。

 戦いは熾烈を極めたが、大和のほうが終始優勢に試合を運んでいた。


「くそっ!」


 自棄になったマハ・ラッカが、右ストレートを空振りした直後、大和は大きく跳躍する。


「ふんっ!」


 そのまま両腿でマハ・ラッカの顔を挟みざま、後ろに反り返った。


「うあぁっ!?」


 マハ・ラッカは二七〇度回転し、背中を強かに打ってバウンドする。


「フ……フランケンシュタイナー!?」


 俊平は大興奮した。


「マジで何者だよ、お前の兄貴はよぉ!」

「いや、ちょっと柔道とプロレスと合気道が好きなだけで……」

「ちょっとじゃねえよ! こんな綺麗に決まったの間近で見るの初めてだよ!」


 テンションの上がりっぱなしの俊平は、一気に捲し立てた。


「まだ、やるか?」


 大和は仁王立ちしていた。その背中には、筆字で勇ましく「明鏡止水」と書かれている。

 マハ・ラッカは何とか立ち上がったものの、すでに肩で息をしていた。


「う、うぐぅ……。お、お前、本当に人間か……?」

「心外だな。この岩崎大和、生まれた時かられっきとした人間だぞ?」

「くそっ、呆れるほど出鱈目な奴め……。計算外にも程があるわ……チィッ!」


 マハ・ラッカは、両国橋に背を向けると、一目散に逃げだした。最早ボロボロのはずだが、動きはなおも素早い。


「逃がすか!」


 言うが早いか、大和も猛然と駆けだしていた。


「萌達は後から来るのだ!」

「ま、迷ったらスマホに……」

「あい分かった! では、寄生虫館前で僕と握手!」


 大和の姿は、瞬く間に小さくなっていった。


「嵐のような人ね、岩崎君のお兄さんって……」


 呆然とするちえりに、俊平も頷いた。


「俺達が行った時にゃあ、一切合財終わってそうな勢いだが……、一応追うか」

「あ、待つんだ」


 ラヴィが呼び止めた。


「萌、こけしを貸してくれ」

「何か思い出したの?」


 ラヴィは重々しく頷いた。


「分かった。じゃあその前に、『コーチ剣、終了』!」


 万一ラヴィに接触しては大変なので、萌は剣を消してから渡した。ラヴィは礼を言うと、こけしをぺちぺちと掌に叩きながら話し始める。


「実はだな、さっきの戦いでマハ・ラッカの妖気に触発されたのか、今ようやく全てを思い出したのだ」

「うわっ、すっげぇ今更」


 俊平のもっともなツッコミに、ラヴィは苦笑した。

 ちえりが呆れ顔で尋ねた。


「どんな事を思い出したの?」

「んむ、肝心な事は二つだな。まず一つ目だが……」


 ラヴィはこけしを振り始めた。


「こけしを振りながら『シェイク・スピアー』と言うと、誰が言っても槍が出るのだ」


 確かにその瞬間、紫色の光が槍状に出現した。


「でも、ネーミングセンスは相変わらずだね……」

「そうか? 俺好みの実にいい名前だと思うがな」

「俊平にはね」


 萌は曖昧な笑みを浮かべた。


「しっかしよお、そういう事はもっと早く思い出せよな。そしたら俺が使えたのによぉ」


 口を尖らせる俊平に、一同は苦笑した。


「で、二つ目は何だよ?」

「んむ、実はこっちのほうが重要なのだが」

「えぇ、えぇ。重要よね。ほら、勿体ぶらずにさっさと教える」


 ちえりに急かされ、ラヴィは振り向いた。

 そして、にへら、と微笑んで。


「おやすみ、ちえり」


 手にした槍で、思い切りちえりを突き刺した。

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