4-1 いいツボあります。
「んむっ。我が輩達はハンバーガーに大勝利したぞ~」
店を出たラヴィは、そう言ってお腹をぽんぽんと叩いた。狸の面目躍如か、鼓を叩いたような小気味のいい音が辺りに響く。
「パワー全開、充填完了! この腹具合だと、八時間ほどは保つ膨れ方だな」
「ああ、そうかい。おかげで俺の財布はげっそり痩せたぜ」
陰鬱な表情で俊平が愚痴った。
「ったく、時空を超えたお友達があっさり去っていっちまった。諭吉さんがよぉ」
「奢った後でぶちぶち言う奴は嫌われるぞ」
「なら、せめて礼ぐらい言えよ!」
「おぉっ、忘れとった」
ラヴィはポンッと腹鼓を叩いた。
「あんがと」
――俊平が、歯を剥き出しにして品の無い指を立てながら詰め寄ったのは気のせいだろう。慌てて止めに入ったが、気持ちは痛いほど分かる。
「しかし、都会はとかく刺激が多いからな。いつ何時ケーキや餡蜜に恐れをなすやもしれん。次なる恐怖に備えて、お腹の対策ルームはちゃんとリザーブしてあるぞ」
「あぁそうかい。俺は女が怖ぇよ」
俊平はすっかりやさぐれていた。
無事に能力の回復したラヴィは、鼻をヒクヒクさせた。
「んむ、感度は抜群だ。狐は丑寅の方角に三キロの距離で、なおも逃走中だな」
「北東に三キロ……品川駅のあたりね」
ポケット地図を見ながらちえりが言った。
「食事中に、結構離されたみたい」
「へっ、問題ねぇよ。何せこっちにゃ獣の槍がある」
「それは『うしおととら』。大方、丑寅って聞いて思いついたんでしょ」
「正解だぁ、畜生」
「駄目じゃん」
萌は呆れ顔で突っ込んだ。
四人はアーケードを戻り、駅から列車に乗り込んだ。一旦目黒で山手線に乗り換え、品川・五反田方面から東を目指す。どの方向に逃走されても対応しやすいためだ。
乗車率は六、七割といったところで、比較的快適な車内だった。四人がまとまって座れる席はなかったため、乗降口付近に固まって立つ。
ラヴィは窓にへばり付くような位置に陣取った。ドアが開いた瞬間から鼻を利かせ、マハ・ラッカの位置を探知する。これを白いゴシック服を着た少女が行うのだから、相当人目を惹く行為だ。車内の人は、見ないフリをしながらチラチラと視線を送っている。気持ちは分かる。よく分かる。
萌はラヴィの傍らに立っていた。
「――改めて考えると、その鼻ってとんでもない才能だよね」
「そうだぞ、萌。私は凄いんだ」
「調子に乗らない」
萌はラヴィの肩を軽く叩いた。ラヴィはチロッと舌を出す。
俊平とちえりは、近くの吊り革に並んで掴まっていた。
「いっつも思うんだがよぉ、外回りの人ってのは大変だな」
車内にいるスーツ姿の男性を見て呟く俊平に、ちえりも頷いた。
「そうねぇ。六月だから衣替えは済んでるにしても、炎天下の中ご苦労様だと思うわ」
「いや、そうじゃなくって、この列車って内回りなんだよな。だから、外回りなのに内回り。自己矛盾を抱えつつ生きてるんじゃねえかと……」
「つまんない」
「おいおい、これは知的ジョークだぞ? 暑さで脳がオーバーヒートしちまったか?」
「それは百万石の方でしょ? 手を出して。頭を刺激してあげるわ」
言うが早いか、ちえりは俊平の手を握ると、指の爪の根本をぐにぐにと押し始めた。
「どう?」
「お、なんだ。普通に気持ちいいぞ」
「あら、そう?」
「おぉっ、何だか頭が冴えてきた。う~ん、このツボはいいツボだー」
「――えい」
ちえりが少し力を強めた途端、俊平は悶絶した。
「二人とも」
萌が窘めた。
「みんなが利用してるんだから、もうちょっと静かにね」
「はい……」
俊平とちえりはシュンとして、それ以降は騒がしくするのをやめた。
追跡中のマハ・ラッカだが、品川駅に着くと新橋、新橋駅に着くと東京といった具合に、なかなか思うように差が縮まらなかった。
「まるで逃げ水みたいね」
「センスがねえな。せめて蜃気楼と言えよ」
萌は、「逃げ水は蜃気楼の一種だよ」という発言は控えることにした。
「んむ、間違いないな」
ラヴィは萌に頷いた。
「何か乗り物を利用しているのだろう」
「車とか?」
「あるいはな」
「それって、へばりついてるって事?」
萌は、車の上で振り落とされまいと必死にしがみついている狐を想像して、不意に笑いがこみ上げてきた。そんな訳ないと思っても、一度想像すると打ち消すのは大変である。
秋葉原に着くと、更に東に逃走中との事なので、階段を上って総武線に乗り換える。
浅草橋駅に停車したところで、ラヴィが不敵に笑った。
「んむ、ようやく止まったぞ。隅田川の対岸だ。悪足掻きしおって」
「それじゃあ、次で降りるわね」
四人はスカイツリーを数秒眺めたのち、秋葉原から千葉方面に二つ目の駅、両国で下車した。
精算を済ませ、西口から改札を出た四人は、ラヴィの匂い探知の結果を待っていた。
「あ、俺、江戸東京博物館には来た事あるぜ」
「ふぅん」
萌が聞いた。
「何見に来たの?」
「忘れた」
「何よ、それ」
ちえりが呆れたような声を出した。
「来た意味ないじゃない」
「あ、でも、ロビーのデカい飾りの前で写真撮ったとき、おかめの顔が怖かったのだけは覚えてるぜ」
「ピンポイントに鮮明な記憶ねぇ」
「お前達……。相変わらず小ネタの研究に余念がないのぉ」
匂いを嗅ぎ終わったラヴィが会話に割り込んできた。
「さてと、これからいよいよマハ・ラッカと再戦するわけだが、その前に、お前達に言っておくことがある」
表情を引き締め、真面目に三人に向き合うラヴィ。人や車の雑踏の中、萌達の周辺だけが静かになる。
「出立時は、景気づけと思って威勢の良いことを言ってしまったが、奴は負傷していても強敵だ。とくに、ちえりと俊平、お前達は来る必要は全くなかったわけだし、今から引き返したとしても誰も臆病とは言わんぞ」
あっ……。
萌は二人のほうを向いた。当然のような感じでここまで付いてきてくれたが、確かに来る理由は何もない。
しかし、俊平はニヒルな笑みを浮かべつつ、ゆっくりと頭を振った。
「俺が狐なら、俺達が萌から離れた瞬間、手下に捕まえさせるぜ。それで人質にする。萌の動きを封じるための材料に使えるからな。大体、バラバラになるのは得策じゃねえんだよ。それにラヴィ、てめえの食事代や電車代は誰のポケットマネーで支払ったと思ってるんだ? これが終わったらしっかり返済してもらうからな」
「俊平……」
萌が微笑むと、俊平は「やめろ萌、気色悪い。鳥肌が立つ」と言いつつ、首筋や腕をぼりぼりと掻いた。
「左様か」
ラヴィは満足そうに頷いた。
「では、ちえりはどうだ」
「そうね……。確かに百万石の言うこともあるけど、でもそれだけじゃなくて、爆弾騒ぎで岩崎君を助けられないと思ったとき、全身の力が抜けて、絶望に押し潰されそうだったの。あんな思いは二度と御免よ。何か助けになるんじゃないか、そう思って付いてきたわけ。自分がしたいと思ったから勝手にね」
「伊藤さん……」
「ま、今のところ、ちっともお役に立ててないんだけど」
「うぅん。そんな事ないよ」
もし萌一人だったら、気持ちが挫けていたかもしれない。俊平とちえりがいたからこそ、勇気が湧いた。そのおかげで、ここまで来ることが出来た。
「――どうやら、萌も覚悟はいいらしいな」
ラヴィはうっすらと笑みを浮かべると、すぐに表情を改め、駅前の地図を指差した。
「マハ・ラッカの匂いは隅田川沿い、両国橋のたもとで静止している。匂いがぴったり後を尾けていることに気付いて、振り切れないと思ったのだろうな。体力のあるうちに迎え撃つつもりのようだ」
ラヴィは手を前に出した。すかさず俊平が手を重ね、ちえりと萌もその上に手を乗せる。
「一気に殲滅するぞ」
「おー!」
意気盛んな四人だった。
しかし、数分後。
「暑い……」
隅田川沿いの道に辿り着く頃には、萌達は駅前での元気をすっかり使い果たしていた。




