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14才の萌  作者: らう゛ぃ
16/33

3-1 高知じゃない

 ラヴィは、萌の反応に満足そうな笑みを浮かべると、一転して表情を引き締めた。


「さて、戯れはこのぐらいにして、衣装を回収しておくかな」


 泰然自若を絵に描いたような少女ラヴィは、両手の指を揉みほぐしたかと思うと、手首を引っ張って腕を伸ばし始めた。――比喩ではなく、文字通りの意味で。


「もう、何でもありだね」


 萌は呆然とその光景を眺めていた。


「褒め言葉と受け取っておこう」


 立ち位置から一歩も動くことなく、器用に腕を伸ばしてブーケや靴を回収するラヴィ。練り歯磨きのチューブを思い起こさせる、独特の動きだ。宇宙空間を漂うかのような妙に緩慢な伸張運動で、どことなくユーモラスですらある。


「おい、俺と画面の間を遮るなよ。目に余るようなら損失補填してもらうぞ」


 この状況で株に取り組める俊平は別格としても、恐がりを自負する萌もそれほど恐怖に怯えることはない。今朝から比べたら格段の進歩といえる。或いは、物事に対して鈍感になっただけなのかもしれないが。

 ラヴィが身に着けていた品々は、彼女が触れた途端、まるで作りたての粘土細工のように柔らかくなった。それらを持ったまま腕を縮め、両手で捏ねて団子状にした後でゴシック服に貼り付ける。白く脱色しながら次第に同化していったそれは、ついには服と一体化した。


「これで良し、と」


 ラヴィは満足そうに貼り付けた場所を手で払った。不自然な凹凸は一切感じられない。


「なるほどね」


 ちえりが頷いた。


「形状変更の応用ってわけ」

「その通りだ」

「ところで、今の魔法の腕(マジックハンド)だけど、どの位まで届くの?」

「そうだな。まあ、五十メートル程度は容易いだろう」

「なら」


 ちえりは庭のこけしを指差した。


「あれにも届く?」

「造作もない」


 ラヴィは、腕をゆるゆると伸ばしてこけしを掴むと、先程同様に縮めていき、至極あっさりと部屋に持ち込んだ。


「な、簡単だっただろ」

「――それ、何でさっきやらなかったの?」


 ちえりの声は少し批難じみていた。


「輪入道も九尾の狐も、最初に発見したのはあなたよね? その注意力があるなら、こけしの一つや二つ、難なく気付いたんじゃない?」

「なるほど」


 ラヴィは感心した。


「しかし、惜しむらくは失念していることだな」

「何を?」

「まず第一に、まさかこけしが落ちているとは思わなかったこと。そして第二に、こちらのほうが重要だが、手を伸張させる特技を見事なまでに忘れていたことだ」


 あっけらかんと種を明かすラヴィに、ちえりはへなへなと脱力した。


「またなの……」

「すまんな。まあ、キッカケがあれば遠からず全てを思い出すだろうから、心配するな」


 ラヴィはこけしを萌に投げ渡した。


「今回は危うい所を凌いだが、あんな危険な橋を渡るのは二度と御免だ。これからは片時も手放すでないぞ。我々の命綱だからな」

「分かったよ」


 萌は左手と右手を数回行き来させて、張り付かないことを確認した。


「とりあえず、こけしの仕組みを知っておきたいな。使用制限とかってあるの?」

「いや、全くない。エネルギーは周囲の空気から無尽蔵に作られているから、四六時中使用しても枯渇する心配は無用だぞ」

「じゃあ、ちょっと剣を試していいかな」

「試し斬りというわけか」


 ラヴィは不敵に笑った。


「自覚が出てきたようで何よりだ」


 萌は苦笑すると、こけしを強く握り締めた。


「コーチ剣!」


 その途端、紫色の曲刀が勢いよく出現した。――下から。


「うぇっ!?」

「いや、明らかに下だ」

「分かってるよ! ビックリしただけ!」


 てっきり頭から出現するものとばかり想定していたため、突然胸へと伸びてきた刃には正直肝を冷やした。危うく取り落としそうになるのをすんでの所で堪え、右手の上から被せるように左手を重ねる。呼吸を整えつつ、ちえりやラヴィに間違っても触らないよう注意して、慎重に上下を反転させた。


「萌よ、こけしを(つか)に見立てた場合、刀は平たい方から出るに決まっているだろう? 聞けば教えてやったのに」

「――そういう重要事項は、聞かれなくても言ってくれ!」

「や、すまん」


 悪びれた風もなく返答するラヴィ。手を軽く上げるあたり、一応謝っているらしい。

 でも、まあ……、試して良かった。戦闘前にもたついてたら目も当てられなかったもんな。

 萌は胸を撫で下ろした。

 こけしから湧き出す紫紺の光を眺めると、狭まっている根元が中央で幅広くなり、先端に行くにつれ再び窄まっていた。こけしの胴体には数字が浮き上がり、「四三五一」となっている。最早、何をか言わんやだ。


「バナナっぽく見えない?」


 ちえりはためつすがめつして剣を観察していた。

 萌は黙って、こけしを横に倒した。


「これだと?」

「高知県……って、それじゃあ本当に高知尽くしじゃない」

「ふっふっふ」


 ラヴィは悪党然とした声で呟いた。


「断じて違うと言っておこう」

「いや、もう分かっちゃったからいいよ」


 萌は投げやりに突っ込んだ。


「そもそも、この妙な名前って誰が決めたの?」

「以前の持ち主とその親友が決めたのだ。ちなみに、萌と同じぐらいの年齢だったぞ」

「キーワードとかも全部?」

「その通りだ。一部始終を見守っていたからよく覚えている。(すこぶ)る愉しそうだったな」

「――ってことはつまり、彼らのせいで今の俺が散々な目に遭ってるわけだね」


 何でもっとマトモな名前に出来なかったのかなぁ。

 萌は不貞腐れつつ、こけしをペンライトのように左右に振ってみた。光の帯は、ぶれる事なくしっかりとついてくる。


「威力はどのくらいなのかな?」

「んむ。ハリマヤ・ボンバーも強力だったが、あの爆発エネルギーを全て剣の形に凝縮しているわけだからな。大抵の相手なら、擦り傷だけでもたちまち御陀仏だ」

「ふぅん、これがねえ」


 正直、子供のおもちゃと大差ないレベルだと思うのだが、ラヴィは肝心な場面では嘘を吐いていない。萌は振るのを止めて、ラヴィに剣先を向けてみた。


「例えば、君を斬ったら?」

「たちどころに成仏する……って、するなよ!?」

「しないよ」


 動揺したので本当らしい。萌は苦笑しつつ、剣先を引いた。


「ところでこの剣、どうやってしまうの? うっかり触れるといけないから、普段は消しておきたいんだけど」

「それこそ簡単だ。終了と付ければいい。『コーチ剣、終了』とな」

「――えっ」


 萌は不謹慎にも、日本のとある一部が海底に沈没するイメージが頭をよぎった。


「な、何か……、そこはかとなく罪悪感が漂うんだけど」

「気にするな。萌が悪いわけではない」


 ラヴィはさらりと言った。


「もっとも、土佐をこよなく愛する人々がこのフレーズを耳にしたとき、その胸裡には一体何が去来するのか。それは、私の(あずか)り知らぬところだがな」

「い、嫌らしいコメントを……」


 悪くないと言っておきながら一々指摘するあたり、爪楊枝でツンツン(つつ)かれている気分だ。実害はないが、この上なく鬱陶しい。斬れば一瞬で片付くが、それは絶対にやりすぎだと思う。擦っただけで成仏では、おちおち剣を向ける事も出来やしない。逆に負担である。

 そんな萌の苦悩をよそに、ラヴィはまたもや楊枝で一突きしてきた。


「ちなみに、この台詞も絶叫だからな」

「なっ……!」


 絶句する萌に、ラヴィは底意地の悪そうな微笑を浮かべた。


「ときに萌。私は一貫して否定してきたわけだが、萌達には高知なのだよな? いやはや、実に残念だ。もっと暖かみのある純真な人間だと信じてきたのだが……。高知県が終了? おおぅ、ブルブル。私には口が裂けても言えんな。今言ったけど」

「こ……高知じゃない! 高知とは何の関係もない!」


 嵌められた!

 萌は半ば自棄糞気味に終了宣言をしてからベッドに仰向けに倒れた。

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