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14才の萌  作者: らう゛ぃ
13/33

2-5 VS赤いきつね

 直径三メートルはある車輪が相手では、あっという間にペシャンコだろう。その前に、恐怖に駆られて対峙すらままならない気がする。


「よし、書けたわ!」


 ちえりはお札状に細長く切った紙の束を手に持つと、セロテープを千切って窓の上部に一枚貼り付けた。


「みんな、貼りに行くわよ!」

「あー、度々水を差すようで悪いが」


 ラヴィは頭を掻きつつ間延びした声で言った。


「招かれざる客はとっくに庭に来訪したぞ。途中で加速しおった」

「えっ!?」


 慌てて萌が窓から顔を覗かせると、そこには更なる予想外の光景が待ち受けていた。


「わ、輪入道じゃ、ない……!?」

「えぇっ?」


 萌の戸惑いに驚愕した幼馴染みコンビも、両脇に立って庭を見下ろした。輪入道であれば二人には見えないはずなのだが。


「――誰だよ、あの峰不二子は?」


 俊平も呆気にとられていた。

 庭に立っていたのは、深紅のチャイナドレスを着た妖艶な女性だった。色白で切れ長の目をしており、年齢は二十台後半といったところか。大胆なスリットが入っており、それがいかにも扇情的な印象を与えるが、それより気になるのは、彼女に沢山の金色の尻尾が生えていることである。妖怪関係者なのは明白だ。


「七、八、九……九本生えてる」


 萌は指差し確認した。


「動物の尻尾かな、あれ」

「多分、白面金毛(はくめんこんもう)九尾(きゅうび)(きつね)ね」

「は、はくめ……え?」

「白面、金毛、九尾の狐」


 ちえりはゆっくりと繰り返した。


玉藻前(たまものまえ)に化けたことで有名な妖怪よ。イメージとしては、狐の妖怪の親玉と捉えてくれればいいわ」


 ちえりは額の汗をハンカチで拭うと、そのまま握り締めた。


「なるほど……、空を高速移動するために、輪入道に化けてきたってわけね……。まったく、参っちゃうわねぇ。一度はお目にかかりたい妖怪と、こんな真っ昼間に、それも自宅のすぐ近くで相対するなんて」

「どんな妖怪なの?」

「非常に博識で、妖術の力も凄まじいっていう、兎にも角にも驚異的な相手だわ」

「何ぃっ、胸囲の敵?」


 俊平が耳聡く聞きつけ、ちえりと庭の女性とをしきりに見比べた。


「ふむふむ、確かになぁ。あのマスクメロン二つVS(バーサス)ちえりの関東平野じゃあ、正直言って話にならんチャボラァー!」


 鳩尾(みぞおち)に憤怒の一撃を食らった俊平は、そのままウォーターベッドのマットに沈み込んだ。


「何ふざけたこと抜かしてるの! 殴るわよ!?」

「もう殴ってるじゃねえか!」

「今のは、瞬間的に強く撫でただけよ」


 ちえりは拳を固く握り直した。


「涅槃までの片道切符、今ならタダだけど?」

「と、当方、まだ使用予定ないので、そちらで処分なさって下さい……」


 早々に白旗を上げる俊平。対ちえり戦線は、またもや全面降伏という形で終結した。


「マハ・ラッカだな」


 そんな二人をよそに、外の様子を窺っていたラヴィがひっそりと独白した。


「奴の分類については門外漢だが、名前は知っている。あやつの名はマハ・ラッカだ」

「個体として知ってるの?」


 ちえりは驚いた。


「それじゃあ、弱点も押さえてる?」

「無論だな」

「本当!? 何?」


 勢い込むちえりに、ラヴィは耳打ちするかのごとく、そっと口に手を当てた。


「冷え性」


 ちえりは、激しく打ちひしがれたかのように、頭を抱えて項垂れた。


「滑稽なことに、そのくせ薄着が大好きな奴でな。今も、露出度の高い衣装なんか身に着けおって、あれは相当無理しているはずだぞ? さぞかし骨身に応えているだろうな」

「真面目に聞いてるのよ、私は!」

「やれやれ、(かまびす)しい奴だなぁ。耳元でそうがなり立てるな。――ウィットに富んだ諧謔(かいぎゃく)は、コチコチになった心身を弛緩させ、一服の清涼剤となりうるのだぞ?」

「あのねぇ、この状況で……」

「まあ聞け。気持ちにゆとりがないと、良質のアイディアだって浮かばん。アルファ波を出すためのリラックスだと考えろ」


 言いたい事は概ね分かるのだが、どこまでも暢気な物言いである。気持ちを逆撫でしているとしか思えない。

 ラヴィは、憤懣やるかたなしといった様子のちえりに、悠然とフォローを入れた。


「まあ、私とて、伊達や酔狂で無駄口を叩いていたわけではない。戦う術を記憶から手繰り寄せていたのだ。無事に思い出したから、賞賛することを許して遣わすぞ」

「えぇっ?」


 萌は仰天した。


「ど、どうやって戦うの?」

「しれた事。こけしを握り締めて秘密の言葉を叫び、退魔の剣を出現させるのだ」

「――え?」


 萌は猛烈に嫌な予感がした。


「ちょ、ちょっと待て」


 復活した俊平が尋ねた。


「こけしってよぉ……、どのこけしだ?」

「もちろん、萌に固着していたこけしに決まっておる。そういえば見かけんな。どこだ」


 萌は持ってきていない。


「伊藤さん……」


 萌は、かすれ気味の声で質問した。


「こけしって、持ってきた?」

「え? うぅん、ブーケと靴だけよ? 岩崎君が持ってきたんじゃないの?」

「いや、てっきり伊藤さんが持ってくるかと思って……」

「私は、岩崎君が持ってると……」

「……」


 部屋には重苦しい沈黙が立ちこめた。


「――おい」


 静寂を破ったのは、俊平の呻くような呟きだった。


「あの女……、何か拾ったぞ」


 険しい顔でマハ・ラッカを指差す俊平。萌も慌てて窓から上半身を乗り出す。


「あぁーっ!」


 目を見開いた視線の先。九尾の狐、マハ・ラッカの右手には、薄紫色のこけしが握られていた。


「なっ!」


 口をあんぐりと開けたラヴィは、次の瞬間、あらん限りの力を込めて萌の胸倉を掴んだ。


「何やってるんだ、バカーッ!」


 初めて感情を剥き出しにするラヴィ。今にも泣き出しそうな表情で萌を揺さぶる。


「なんで肌身離さず持ってないんだ! あんな不思議なこけし、最重要アイテムに決まってるだろうが!」

「頭飾りとか靴下とかを持ってて、つい忘れちゃってたんだよ!」

「言い訳か!? 過失が(ゆる)されるなら警察いらんわ!」

「そんな大事な物なら、もっと早く思い出せよ!」

「無茶言うな! 忘れてた事実すら忘れ去ってて思い出せるか!」


 ついさっきまで、あれほど手から離れる事を痛切に望んでいたのに、今は所持していない事を頭ごなしに怒鳴られる。つくづく、神様は料理を作るべきではないと思った。皮肉の香辛料(スパイス)が効き過ぎて、涙が出そうなほど塩辛い。

 マハ・ラッカは、萌達を見上げると、小馬鹿にしたような嬌声であざ笑った。


「あらあら、揉め事ぉ? こけしを放っぽり出して、あまつさえ放置しておくなんて、今度の勇者様は随分と太っ腹なのねぇ。実にお似合いよ、太鼓腹のへなちょこ狸ちゃん?」

「め、女狐風情が……」


 ラヴィは口惜しそうに歯軋りする。怒りで目からレーザーが発射できるなら、今頃何発も照射して真っ黒焦げになっていることだろう。主に自分の両目が。


「取りにいらっしゃいな。案外、リボンを付けて進呈してあげるかもしれないわよ?」

「誰が行くか! 萌!」

「何?」

「――行ってきてくれる?」

「コラァー!」


 土下座をしたって渡してくれるはずなどない。こんな事を真顔で言う辺り、相当テンパっているのだろう。表面上はあまり変化が無いだけに尚更タチが悪い。

 こけしを弄り回すマハ・ラッカは、可笑しくてたまらないといったふうに嘲弄すると、おもむろに口を開けてこけしを丸呑みした。ラヴィも負けず劣らずポカンと口を開ける。瞳孔も開ききっている。流石は幽霊、「今にも死にそうな表情」などお手の物らしい。

 マハ・ラッカはこけしを嚥下すると、満足そうに息を吐いた。

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