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14才の萌  作者: らう゛ぃ
12/33

2-4 VS輪入道

 萌は目を瞬いた。


「い、今……、なんて?」

「いやはや、萌の抜きん出たセンスのおかげだな。語感的にどこかデジャビュを覚えると思ったら、ラヴィだよ、ラヴィ」


 少女は天を仰いだ。


「暦を見れば水無月で、我が胸中は五月晴れ、さりとて浮き世は濡れそぼつ、それは何故かと尋ねたら、感謝感激雨霰、歓喜に潤う雨が降る、とまあ、こんなところだな」

「――あ、そうなんだ……。良かったね、うん……」


 一気にまくし立てられ、半分も理解が及ばなかった萌だが、嬉しさを表現していることは分かった。しかし、晴れて記憶を取り戻したのだから誠に喜ばしい事態なはずなのに、何だか複雑な心境であった。


「さて、お礼といってはなんだが」


 ラヴィは構うことなく窓の外を指差した。


「辰巳の方角から不穏な気配が漂っているぞ。急速に接近しつつある」

「えっ?」


 青天の霹靂のような話に、三人とも一斉に屋外へと目を向けた。日射しを手で遮りつつ目を凝らすと、遙か遠方の雲の切れ間から、途轍もない速さで仄暗いシミが接近するさまが見える。


「な、何あれ!」

「はぁ? おい、萌。どこだよ」

「どこって俊平、あんなにハッキリ見えてるじゃん! 南東にいるあれだよ、ほら!」


 萌が窓から身を乗り出して必死に指差すが、俊平は首を傾げるだけだ。


「さっぱり見えねえ。萌、お前視力いくつだ?」

「両目とも1.0だよ」

「俺は左0.4で右0.7だ。道理で見えねえはずだぜ」

「いや、そういうレベルじゃないと思うんだけど……」


 どこか見当外れの俊平の発言に、萌は軽く突っ込んだ。


「あ、じゃあ煙突は見える? 同じ方向にある奴」

「楽勝だな」

「それを、そのまま視線だけ上に持ってきて」

「おっ、あるな」

「でしょ!?」

「デカい雲が」

「……」


 これは手強い。

 萌は窓の縁を指でリズミカルに叩いた。

 未確認飛行物体は、みるみるうちに大きくなってきた。どうやら漆黒の車輪のような形をしているらしく、俊平程度の視力があれば、本来ならとっくに視認可能なはずである。


「視力の問題じゃなさそうね」


 ちえりが萌の考えを補強した。


「私は両目とも1.5だけど、やっぱり見えないもの」

「うーん……」


 何かおかしい。萌は答えを求めて、幽霊少女ことラヴィのほうを振り返った。


「まあ、それも(むべ)なるかな、だ」


 ラヴィは納得の表情で頷いた。


「ど、どういうこと?」

「掻い摘んで話すとだな、こけしに選ばれた者は霊力を椀飯(おうばん)振る舞いされているのだ。最後まで手にしていたのは萌なのだろう? つまり、奴の姿が見えるのは、幽霊であるこの私と、膨大な力を付与された萌だけということだな」

「そんな……!」


 黒檀のような光沢を放つ車輪は、暗黒の火焔とでもいうべき煤けた炎で全身を覆われていた。車輪の横からは土気色の巨大な坊主頭が顔を出し、白目を剥いて笑っている。今はまだ距離があるから精神的にも余裕があるが、あと一分もすれば眼前に迫るだろう。正気を保てる自信は全くない。


「岩崎君、そいつがどんな形状をしてるか分かる?」

「う、うん」

「主だった特徴を教えて」

「えっと、空飛ぶ車輪の中に、薄気味悪い巨大な頭があるんだ」

「――大変!」


 ちえりは一人で色めき立った。


「岩崎君、それ輪入道よ!」

「何それ」

「妖怪よ! 見ただけで魂を失うの!」

「えぇーっ!」


 萌もたちまち血相を変えた。


「さっきからずっと見ちゃってるよ!?」

「萌、目ぇ逸らせ、目ぇ!」


 俊平に言われ、慌てて顔をそむける萌。


「あ、でも、『魂を失う』っていうのは『気絶する』の意味らしいけど……」

「馬鹿野郎! ヤバい事には変わりがねえだろ! 萌、何ともねえのか?」

「う、うん。今の所はとくに……」


 そう言いながらも、萌の心臓は早鐘を打ち鳴らし続けている。そんな話を聞かされて平静でいられるわけがない。


「はっはっは、心配ないぞ」


 そんな三人の焦燥感など何処吹く風といった様子で、ラヴィは朗らかに言った。


「現在の君は、こけしから霊力を送られた、言わば『こけしマン』なのだぞ? 常人とはすでに違うのだ。大体、一瞥しただけで気を失うのなら、とっくに卒倒しているはずではないか」

「で、でも……」

「私の言うことが信じられないか、萌?」

「――うーん」


 確かに、ラヴィは幽霊である。一般人の説明よりは遙かに信憑性がありそうだ。何より、その方が萌にとっても都合がいい。萌は結局、ラヴィ説を受け入れることにした。

 その間に、ちえりはルーズリーフを数枚取り出すと、速記記者もかくやというほどのスピードで、達筆な文字を次々と書いていた。


「伊藤さん、何書いてるの?」

「輪入道対策よ。家の出入り口に『此所勝母(このところしょうぼ)()』って書いた紙を貼っておけば、輪入道を退けることが出来るの」

「やれやれ、涙が出るほど頼りねえ対策だな。本当に効果あるのかよ」

「何よ、やってみなきゃ分かんないでしょ……って、百万石!」


 ちえりは焦った様子で呼びかけた。


「この家の出入り口って、何個!?」

「あン? そうだなぁ。玄関、勝手口、ベランダ、バルコニー、非常用階段……あ、窓も含むのか? だとすると……」

「なんでそんなに多いのよ!」


 ちえりは金切り声を上げた。


「金持ち、大嫌い!」

「コラァー! 俺んちの悪口は厳禁だぞ!」

「現金!? 百万石ってば、こんなときまでお金なの!?」

「なんて耳してんだ、お前! おっかねぇよ!」

「――なあ、萌」


 傍らに立っていたラヴィが呟いた。


「あの二人、いつもああなのか」


 ラヴィが指差した先には、口論しながらも協力して作業を進めている二人の姿があった。


「あんたも手伝いなさいよ!」

「しゃあねぇな、くそっ!」


 頭を掻きむしった俊平は、自身もシャーペンを持って「此所勝母の里」と書き始めた。


「そうだね、大体あんな感じだよ」

「平和だな」

「うん……じゃ、なくて!」


 まったりしているラヴィのペースに、いつの間にか萌も頭までどっぷり浸かっていた。


「今のままだとマズいんだって! あの妖怪、どう見たって友好的には見えないし! 何とか穏便に済ます方法はないかな? 話し合いとか」

「おそらく無理だな。推測するに、奴の目論見はこけしに蓄積された莫大な霊力だ。今までは厳重に封印されていたので清純な心の持ち主にしか利用が許されなかったが、萌に提供することでバリアーが解除されてしまった。そのため、邪な悪霊や妖怪達までもが使い放題になったのだ。今後はあの手の輩が雪崩(なだれ)を打って押し寄せてくるだろうな」

「そんな……!」


 何百体もの妖怪に襲われる様を想像して、萌は恐怖に戦いた。


「で、でも、応戦する方法はあるんだよね?」

「うーん」


 ラヴィは腕組みをして首を捻ったのち、何かを閃いたかのようにポンと手を叩いた。


「肉弾戦」

「勝てるかぁー!」

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