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14才の萌  作者: らう゛ぃ
11/33

2-3 個室にラヴェンダー

 少女は布団をめくると、ウォーターベッドの縁に座り直した。ドレスの裾が膝の辺りまでめくれ、しなやかに伸びた足が露わとなり、萌の脈拍は少し上昇したが、少女に気にした様子はない。また、幽霊だからといって足が透けることもないようだった。


「まあ、名無しの権兵衛では困った事態に陥るというのは認めよう。さしもの私も、『お次は如何いたしましょう、超絶美形幽霊様』だの、『今宵の皎々こうこうたる月は大層風雅でございますな、見目麗しき薄幸の美少女殿』だのと一々のたまわれては敵わんからな」

「お前も人のこと言えねえよ」


 俊平は鼻白んだ。


「それ以前に、今のシチュエーションは何なんだ」

「私と愉快な下僕達」

「言ってろ」


 俊平は悪態をついたが、少女は歯牙にも掛けない。


「それでは萌とちえり。私にふさわしい、清楚で優雅な名前を付けてくれ」

「無視かよ」


 俊平には悪いが、こと名前に関しては賢明な判断だといえた。


「どうする?」


 萌はちえりを見た。


「ま、断る理由もないし、ご要望にお答えしましょうか」


 ちえりはそう言って立ち上がると、持ってきた鞄から檸檬色の筆箱とルーズリーフを取り出して、少女の隣に腰掛けた。


「それじゃあまず、名前の候補を挙げてみましょうか。綺麗さと可愛らしさを兼ね備えたものがいいわね。あなた、こけしに取り憑いてるって言ったけど、何か謂われがあるの?」

「いや、勝手気儘(きまま)に浮遊していたら、やたらと霊力の強いこけしがあったから、これはいい根城になるぞと思って、そのまま居座っていただけだ」

「ウェディングドレスを着ていたのはどうして? もしかして、結婚を誓い合った相手がいたけど、現世では結ばれることが出来ずに、その思いが今こうして……」

「あー、すまん」


 少女は申し訳なさそうに頭を掻いた。


「盛り上がっているところ非常に心苦しいが、衣装は私の趣味だ」

「しゅ……趣味?」


 オウム返しに尋ねたちえりに、少女は大仰に頷いた。


「女性の憧れ、結婚式。十二単に角隠しも捨て難かったが、今回はドレスで攻めてみた。どうだ、豪華絢爛だっただろう?」

「え、そ、そうね……」


 同意を求められ、ちえりは生返事をしたが、それが少女はお気に召さなかったらしい。


「何だ、その気の抜けたビールみたいな顔は。大方、『こんな事ばっかり記憶してるなんて一体何様よ、この幽霊。クキィー』とか思っていたんだろ」

「えっ? そ、そんな事、ちっとも思ってないわよ」


 ちえりは慌てて取り繕ったが、それが却って本心を雄弁に物語っていた。

 少女は不貞腐れたかのように頬を膨らませた。


「幽霊にだって趣味はある。趣味はいいぞ? 人生に張りを持たせ、生きる価値を見出すことが出来るんだ」


 狙って発言しているのでないとしたら、相当な天然といえた。

 萌は、そんな可憐で自由奔放な彼女を見ていて、ふとインスピレーションが湧いた。


「――花」

「え?」


 ちえりが聞き返す。


「それって、野山に咲く花のこと?」

「うん。撫子とか、桔梗とか。どうかな」

「紫繋がりね。洒落てると思うわ。――あ、いいの思いついた」


 ちえりは指を鳴らした。


「アジサイ。漢字で書くと、『紫の太陽の花』って書いて『紫陽花』。今六月だし、ぴったりじゃない?」

「うーん」


 確かに、なかなか綺麗にまとまっているが、どうもしっくり来ない。魚の小骨が喉に引っかかったような、なんとももどかしい感じなのだ。

 萌は少女に目を向けた。


「やっぱり、和風のほうがいいのかな?」

「いや、別に構わないぞ。萌とちえりが煩悶した挙げ句に決定した名前なら、喜んでそれを名乗るつもりだ」

「う……。責任重大だな」


 重いプレッシャーを感じた萌は、頭を掻きながらなおも唸り続けた。


「おい、萌とちえり」


 俊平はパソコンを指差した。


「花だったら無数にあるぞ」


 いつの間にか調べてくれていたのだろう、画面には紫色の花が所狭しと表示されていた。


「紫限定で検索してもいっぱいあるんだな。アイリス、ライラックにルピナス……、俺の琴線に触れるような名前が盛り沢山じゃねえか。簡単に決まりそうだな」


 萌とちえりも画面を覗き込んだ。さっき言った桔梗から、こんな事でもなかったら生涯知らなかったであろう、ストレプトカーパスといった花まで、おびただしいほどの数がある。


「あ」


 萌は、画面をスクロールさせている俊平の肩を叩いた。


「ちょっと戻して」

「なんだ、いいのがあったのか」

「うん」


 スクロールを戻してみると、そこには一面のラヴェンダー畑の写真があった。白雲をちりばめた青いキャンバスの下、紫色の絨毯がどこまでも続いている。


「ふ~ん。撮影場所は富良野か。そういや北海道って食い物が豊富だったな。カニとか」

「あのねぇ、百万石……。こんなときに何言ってるのよ」

「おや、気に障ったか? それは堪忍」

「……」

「い、いや待て、早まるな。顔が茹だってるぞ、カニより真っ赤だ」

「伊藤さん。まあまあ、ここは穏便に」


 俊平に任せるとちっとも収拾がつかないと感じた萌は、和やかな雰囲気にしようと腐心した。


「ところで、彼女の名前だけど、ラヴェンダーってどうかな」


 ちえりは呼吸を整えたのち、しばしの間黙考すると、やがて笑顔になった。


「うん、素敵だと思うわ」

「ふぅ……、良かった」

「俺はやっぱり無視か」

「あ、俊平はどう思う?」

「よくぞ聞いてくれた」


 俊平はサッと顎に手を当てて、下斜め四十五度に顔を傾けた。


「ん~……、トイレの芳香剤かな」

「何サラッと言い出すのよ!」

「おい、俺は思ったままを口にしただけだぞ」

「言っていい事と悪い事があるでしょ!」

「フローラルな香りだからいいだろ? それに、別に俺は批難してねえよ」

「受け止める側の問題よ!」

「何をぅ? 表現の自由は憲法で保障されてんだよ!」

「――お前達」


 少女が呆れたように呟いた。


「人生満喫しとるのぉ」

「あ、ごめん」


 萌は照れ臭そうにはにかんだ。


「君の名前、ラヴェンダーでいいかな?」


 少女は、品良く整った眉を八の字に曲げ、憂鬱そうな吐息を漏らした。


「トイレの芳香剤かぁ……」

「百万石!」


 ちえりは俊平の耳を強引に引っ張った。


「彼女に謝りなさい!」

「いででででっ! イヤ、すまん、からかう気持ちは少しあった! マジで悪かった!」


 少女はその様子をむくれた顔で見物していたが、暫くするとクスクスと笑い出した。


「ラヴェンダーか……。何とも(かぐわ)しい名前だな。ありがとう、萌」

「え? い、いや、どういたしまして」


 どうやら、本気で立腹していたわけではないらしい。萌は間近で極上の笑顔を向けられ、どぎまぎしながら頭を掻いた。

 そんな萌の胸中を知ってか知らずか、少女はさらりと続けた。


「おかげで思い出したぞ。私の真の名は『ラヴィ』だった」

「――え?」

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