いつもの夢(前)
それはまだ三崎の小さな頃、勇者になりたかった頃のことから始まる。
「ねぇ、しょーちゃんは何になりたいの?」
「んーとね…ねーねにはないしょなの!」
クレヨンで絵を描いている彼に"ねーね"が話しかける。彼はにへらと笑って、答える。答えない、という答えではあるが。
「えー? いいじゃない、減るもんじゃないし」
"ねーね"はそう言って、彼の描いている絵を眺める。
「ぼくは、みやもとむさしになるのだ!」
それとほぼ同時に、幼馴染が描き上げた絵を差し上げる。そこには二刀を振るう剣士の姿がある。
「まーちゃんは本当に武蔵が好きだねぇ…。すごく頑張らないとダメだぞ〜?」
「うん、がんばる!!」
「そっかそっかぁ、まーちゃんはいい子だねぇ」
頭を撫でられる幼馴染に彼はほんの少しむくれたが、それを悟られるのも格好悪い、と絵を描き続ける。
(多分、バレてるんだよな…)
夢だとわかっている、認識できている彼は、その手元の絵を見て苦笑する。
それは、モンスターを倒して背中に隠した姫を守る、そんな勇者の絵だった。
ーー。
脈絡なく場面が飛んで、小学生の運動会になる。
「ねーね、来て!」
「えっ? わ、私?」
戸惑う彼女に、三崎は駆け寄る。借り物競走のお題をぐしゃぐしゃに握り締めて。
「もーっ、そんなに足速くないのにー!」
「わかってるけど、ねーねじゃないとダメなんだよ!」
文句を言いながらも走ってくれる"ねーね"と、手を引いて走る彼。
(あぁ、また転ぶぞ)
俯瞰する彼がそう思うや否や、走っている彼が転ぶ。直前に手を放したので、"ねーね"は無事だ。
不恰好に膝を擦り、血を垂らしながらも立ち上がる彼。夢なので痛みは無いが、彼はこの痛みを覚えている。
「大丈夫?」
「大丈夫!」
じわりじわりと痛む膝の外側を叩き、彼はもう一度手を述べる。
「もう転ばないから! 行こっ!」
「…うん、そうだね、行こう」
懸命に走る彼に"ねーね"は困ったように笑いながら、一緒に走る。
(きっと、ねーねはこの時には、もう…)
見ているだけの彼は、泣くこともできない。
(なんで何度も何度も……)
ゴールにたどり着いた彼の頭を、"ねーね"は撫でる。
「頑張ったね!」
「うん!」
痛いのを堪えた甲斐あって、彼の貰ったものは一等賞ではないけれど、何よりも輝いていた。