出会い
(そんな訳ない、そんな筈がない)
彼はそう思いながらも、手を伸ばす。目の前にいる彼女を止めようとして。
そして、確かに手は届く、筈だった。
「は?」
その手は空を切り、彼女は何事も無かったかのように数歩、向こう岸へと近づいていく。トラックが横から信号通りに走ってくる事も、意に介さない様子で。
「おい、待てよ」
トラックも、特に何も無いかのように突っ込んでくる。否、何も無い道路を走っている、ただそれだけの動きだ。
困惑したように声を上げるのは、周囲を見回しても彼一人。彼の動きを訝しげに眺めても、それに声を掛ける者もいない。
"ねーね"にそっくりな彼女も、何も反応はしていなかった。
(轢かれる…)
彼は呆然と見守っていた。トラックが横断歩道を横切っていくのを。為す術もなく、見守っていた。
間も無く信号が変わる。彼は目の前の光景に、目を疑った。
トラックは通過した。そして、彼女も横断歩道を渡り切っていた。
「えっ?」
口からそんな呟きが漏れる。隣で信号待ちをしていたスーツの男性が、彼を怪しむように睨んで、しかし次の瞬間には興味を一切失ったように歩き去って行った。
信号が点滅し始める。また待ち惚けを食うのは嫌だ、と彼は走って横断歩道を渡る。
彼女はそこから動いていなかった。左右上下を忙しなく見回し、
「やっぱりないなぁ、どこだろ?」
と呟いて再び歩き出そうとする。
「待ってくれ」
彼は無駄だと思いながら、声を掛けた。肩に手を掛けるのは、きっと無理だと思いながら。
「あ、私?見えるの?」
彼の予想を裏切り、彼女は振り向いた。はにかむような笑顔だった。
「あら、やっぱり目が合うのね?初めまして、でしょう?」
「あぁ、きっと、初めまして、だ」
その姿は、やはり"ねーね"を彷彿させた。それでも彼は言う。
「俺は三崎翔太。君は一体、なんなんだ?」
朝日の中、色付く世界で生きる人達の始まりの中で、彼は尋ねる。
「そして良ければ、君の名前を、教えてくれ」
"ねーね"の名前を思い出しながら、彼は尋ねたのだった。