灰色の世界に日は昇る
彼の毎日は灰色だった。楽しい事もなければ怒りを感じる事も少なく、悲しみを表す為の涙は、とうに枯れ果てていた。
(なんで生きてるんだろう、俺。)
それが、彼の一番の疑問だった。世界から色が消えてなお生き続ける理由が、彼の中には見当たらなかった。
(どうせ、生きていたところでいいことなんてないのにな)
そう思いながら、それでも彼は生きていた。
毎日を暇潰しのように働いて過ごす。本来休むべき日も、別の職場で働き続ける。
まるで何かから逃げるように。まるで何かに急かされるように。
そんな毎日が、もう何年か続いていた。
体は余程頑丈なのか、食事と睡眠さえ問題なければ動かし続けられる。けれど心は、今にも擦り切れんばかりだった。
(そろそろ、会いに行ってもいいんじゃないか?俺だって、やれるだけの事はしたんだから)
そんな思いが頭をよぎるようになった頃だった。
いつもと変わらない、仕事が終わった帰り道。早朝、朝日が昇る頃。車も人も少ない往来で、彼は信号待ちをしていた。
「うーん、やっぱりここにもありませんねぇ。見つければこう、すぐにわかる気がするのですが」
ブツブツと独り言を呟きながら、彼女は街路樹の周りをクルクルと回る。手を掲げ、指を揃えて額に当てがい、探すつもりはあるんですよ、と誰かに訴える様子だ。
そんな彼女の奇行を気にする人は殆どいない。彼も、
(変な奴がいるなぁ)
とは思うものの、何も言わないし何もしない。目すらも向けず、ただ信号が変わらないかと待つだけだ。
「あっちの方に行ってみましょう!」
そんな彼の視界に、彼女は唐突に入ってきた。まだランプは赤いままの横断歩道を、渡ろうとしているのだ。
「あ?ちょ、まっ…」
しかし、彼の体を動かしたのは、そんな事ではなかった。
「ねーね、っ?」
その後ろ姿が、彼の大切な人と酷似していたからだ。
彼は、思わず道路に飛び出していた。