1人きり暮し
ギシギシと錆びついたブランコが不快な音を立て軋む。
茜色の空には、カラスが群れをなし騒がしく鳴いていた。
昔は「死体でもあんじゃねぇの?」とふざけて言ったものだ。
吸いさしの煙草を地面に押し付け、ゆっくりと立ち上がり伸びをする。
ほぼ毎日この場所に来ているため、足元には吸い殻が敷き詰められていた。
「煙草、なくなっちまったなぁ」
誰に言うでも無くボソッと呟く。もちろん誰かに言おうと思ったところで、視界に映る範囲に人影は見えない。
日が落ちきる前に帰らなくては。
重いリュックを背負い公園を後にする。
「ただいま」
返事はない。
ソファに腰掛け今日の戦利品をローテーブルに並べていく。
いくつかの缶詰と缶コーヒー、ウィスキー、水、ライターがワンケース、名著 風の鼻歌を聴け。
缶詰を食べながら、今日一番の収穫であるウィスキーを一万円もするグラスに注ぐ。
いい香りだ。
「う〜む、流石だね、値段がするだけあるよ。この酒超高ぇんだぜ?飲みてぇか?」
「……」
見つめる先のベットには誰も居ない。
「...フゥ...」
窓から月の光が差している、今日は満月のようだ。グラスを片手にベランダに出る。
明るい月明かりのおかげで、目下の道路を徘徊するいくつかの影がハッキリ見える。
まだ半分ほど残ったグラスをその中の1つに投げつけた、対象までは届かずその足元に落ち砕ける。
「残りはやるよ、おやすみ。」
フカフカのソファに倒れ込むと、身体の緊張がほぐれていくのを感じた。
明日も色々と調達して来なければ、ホームセンターにでも行くかな。
そう考えるうちに、微睡みが深くなっていき、視界から月明かりが消えた。
キィキィとブランコが軋む。錆びていないブランコは久しぶりだ。
日は暖かく、砂場からははしゃぐ子供の声が聞こえる。
「秀はいいのか?砂場、好きだったろ。」
隣のブランコで揺れている子供に目を向ける。
「もうそんなに子供じゃないよ、それにおかーさんが、服汚すなって。」
おかーさん、つまり俺の妹だ。
「ケッ、マセガキが、にしてもアイツもしっかりママやってんだな!気にすんな、今日お前の服洗うのは俺だ。」
「」
「ふむ、俺はちょっとタバコを吸ってくるかな、お前は好きに遊んでろ。」
そう言って出口に向って歩くと秀はチラチラこっちを見たあと砂場にかけて行った。
なーにがそんなガキじゃねぇだ、ちゃんとガキじゃねぇか...
出口まで歩くとタバコに火を着け、着け...着かねぇ、いくら吸っても火が着かない。
えもいえぬ焦りを感じ公園の方を見ると、さっきまで遊んでいた子供達も、話をしていた若妻も、秀も居なくなっていた。
ただ、酷く錆び付いたブランコがギィギィと音を立て揺れている
「...秀?秀!」
気がつけば辺りは夕日で真っ赤に染まり、遊具もフェンスも見る影もなく錆び付いている。
砂場に向って全力で走る、足がもげるほど走っているはずなのにいっこうに進まない。
「秀ぅぅう!」
眩しい光が目を刺した、 目を擦りながら起き上がる。
大きなアクビをし、ポケットを探る。
「チッ」
そうだ、昨日吸ったので最後のだった、一本残しておけばよかった。
「おはよう、秀」
壁に貼ってある写真に呼びかける。満面の笑みで砂遊びをする秀の姿がそこにはあった。
「そうだよな、夏だったはずだ、帰りにアイス買った気がする。」
寝起きの一服の代わりに大きく伸びをしながら深呼吸をして、昨日集めてきた缶コーヒーに手を伸ばす。
コーヒーを飲みながらリュックの中身を整頓する。
懐中電灯の電池が切れてやがる、砥石も減って来たし、今日はホームセンターだな。
ついでに武器も新調するか。
帰りの為にベランダからロープを垂らして置く。
リュックに基本装備を入れ直し、研いで細くなった剣鉈を腰にぶら下げる、マスクを着け。
「行ってきます。」
何重にもロックを掛けたをドアを開けた。
幾重にも築いたバリケードを抜け、1階のロビーへ降りる。
「あ〜ららぁ」
窓を補強している板が剥がれかけている。
「昨日直したのによぉ...」
幸いにも人が入れるほどの隙間では無かった、とりあえずとしてガムテープで頑丈に固定する。
「にしてもよ、このマンション建てた奴は何考えてんだかね、裏口は鉄製なのに何で正面ドアはガラスなんだよ。」
裏口のロックを外し外に出る。
駐車場の入口には彼らが中に入ってこないようバスをピッタリと停めてある。バスのドアからドアを抜け路地に抜けるとその先に老人が立っていた。
途中で切れたリードを引きずり、酷く内股でゆっくりとこちらに歩いてきている。
「ここは立ち入り禁止なんだけどなぁ」ボソリと呟く。
周りを見渡し、彼1人しか居ないことを確認する。
剣鉈を抜き、早足で近づく。
「田中さん?おかえりなさい、雰囲気変ってたから気付かなかったよ、イメチェン?俺は好きじゃないな」
名前を呼ばれてか老人がこちらを向いた、目は虚ろで、歯はボロボロに抜け落ち、涎が垂れ、顔色はまるで雑巾のようだ。
「ァ゛ァ゛ァ゛ア"」
「チョイ待ち」
声が大きくなる前に老人の手を払い剣鉈を顎下から脳天まで突き刺した。
「...」
「田中さん、アンタの大根超不味かったよ、おやすみ」
老人は膝から崩れ落ち、動かなくなった。
「ハァ...朝一に顔見知りとは…嫌な一日になりそうだ。」
辺りを今一度確認し老人の左足を持ち引きずって、近くのマンホールから中に落とす。
一体何人の死体を捨てたか
剣鉈の血を拭い大きく息を吐く。
「なんか嫌な一日になりそうだなぁ」