(一)
春暁 孟浩然
春眠不覚暁 春眠暁を覚えず
処処聞啼鳥 処処啼鳥を聞く
夜来風風声 夜来風雨の声
花落知多少 花落つること知る多少
春の眠りは明け方がわからなくなるほど寝入ってしまうものだ。
外ではあちらこちらから鳥の囀りが聞こえている。
昨夜はずっと雨風の声が聞こえていた。
いったいどれほどの花が散ってしまっただろう。
(一)
春の訪れが感じられるような陽気だった。
新幹線こだまを降り、在来線のホームへ至ると、ホームへは初春の暖かい日差しが差し込んでいた。
ホームからは、高層ビルなどもない、どこかのどかで古い町並がうかがえた。
かなは、ホームに立ち、電車が来るはずの方角をじっと見つめた。電車はこの駅が始発で、到着までまだ時間があるらしい。
ここから、南へと下る。
荷物いっぱいの重いトランクを持ち直した。ベンチへ腰かけようかとも考え、背後に目をやろうとした。その途端に、ホームにアナウンスが流れる。間もなく到着するとのことで、かなはそのまま待つことにした。
電車で南に下ること約35分、到着駅では迎えが待っているはずだ。迎えの男は東京で一度会っている。今年大学を卒業する青年で、堀川圭吾という。
今からかなが会いに行く、堀川成美の兄だった。
いや正しくは、義理の、兄だ。
東京で会ったその姿を思い浮かべていると、在来線の電車が視界に入って来た。電車はゆっくりとホームへ入り、停車した。昼日中のせいか乗客は少なく、まばらだった。その少ない乗客が降りきると、かなは乗り込み、床にトランクを置いて、座席の中央に腰を下ろした。
いい天気だ。
心は戦場に行くようなのに、裏腹、天気はあまりにも穏やかで、優しかった。
かなが会いに行く堀川成美は、少女だった。
いや、年齢的にはもう成人しているのだから、少女というのは正しくはないかもしれない。しかし彼女は16の時に心を閉ざし、時を止めている。おそらくまだ少女といって差し支えはあるまい。
心の中に、ある、「事件」を抱えている。
抱えたまま、閉ざしている。
そこに、かなの知りたい「秘密」があった。
心は、開くだろうか。
記憶は、開くだろうか。
この長い「旅」は徒労に終わるかもしれない。
かなは「あの人」を救えないかもしれない。
無念のままに逝ったのだと、かなは信じている。だから、その無念を救うために、かなは行くのだ、
彼女は目を閉じた。
「あの人」を思えば、閉じた目に、また、涙がにじむ。
彼は、決して、自ら命を断ったのではないのだ。決してーー。
(執筆中)