第8話
怜奈目線
誕生パーティーの夜、庭を出てすぐの事だった。
全身を貫くような激しい痛みと、まるで炎で焼かれているような熱さを感じた。
あまりの苦痛に息が出来なくなる。
屋敷に向かう人たちに背を向け、何故か私は森の中へ駆けだした。
理由など分からない、でもこれから起こることを誰にも見られてはいけないと知っていた。
ふらつく足で、ようやく屋敷からは見えない距離までたどり着くと、そこでもう足が進まなくなってしまった。
膝をつき、未だ止まらない激痛と熱さを耐えようとするが、口から呻き声が漏れ出す。
「くっ・・・ぁ・・・はぁ・・・!」
『いい、貴女の血は周りの誰とも違う物なの。』
頭の中で、夢で何度も聞いた女性の言葉が蘇ってくる。
「私は・・・皆と、違う・・・。」
呟くと同時に、激しい痛みが波を打つように押し寄せた。
『時は来ました。』
何処からか、あの女性の声が聞こえてくる。
汗が額を流れ、片目に入って痛い。
『貴女に、私の力を引き継ぐ時が、来たのです。』
痛みは鎮まるどころか、声に反応するように波が激しく、強くなっていく。
熱さのせいか、目の前が微かに霞んでいるうえに、揺れているように見えた。
『まだ貴女は幼い。
けれど、我が子である貴女なら、きっと私の思いも、記憶も、力も全て、自らの体に封じることが出来るでしょう。
さぁ、目覚めなさい。
ラナの名によって、彼女に私の全てを与えなさい・・・!』
すると痛みと熱は一気に押し寄せ、私は絶叫した。
霞んだ目に見えたのは、多くの棘の柱と、飛び散る血によって染まった真っ赤なバラたちだった。
そこで私は気絶したようだ。
次に目覚めたのは、姉様とルイが私を起こしたときだった。
けれど、その時の私には何故か分かっていた。
彼女たちといつか別れなければいけないこと。
自分が普通の人間ではないこと。
自分の本当の家族のこと、与えられた力のこと。
今まで知らなかったはずの情報が、私の頭にたくさん入っていたこと。
それだけではない。
未だ出会ったことのない、多くの人々との楽しい思い出や、辛い思いをしたこと。
まるで自分ではない誰かの記憶が、私の中で生きていた。
ルイに連れられて屋敷に帰りながら、私はそれがあの女性のものだという答えに辿り着いた。
自分自身でも気づいたからだ、私の体からほのかに香るバラの香りに。
まさにあの女性、自らをお母様と名乗った彼女と、今の私の体はそっくりだった。
そして、彼女が私の本当の母親であること、彼女の名前がラナだということも、私は知っていた。
この力の意味、使い方。
それは聞かずとも知っていることが分かった。
本当に、あの女性が私の中で生きているかのように。
私は昔から動物たちの考えていること、感情、何でも分かった。
物覚えは良すぎるほどで、運動能力にも長けていた。
真面目で素直な性格は、あの母親と父親から生まれた子どもとは思えないほどのもので、それでも頭の回転も速かったから、必要以上のことは言わなかった。
既に誰かに教えられていたような気はしていたが、それはどうやら本当の母親であるラナからだったようだ。
そして彼女は私に、『女神の十戒』も覚えさせた。
夢で彼女が私に説明する、あの本だ。
私はラナの子であり、人間ではなく、体に呪いのような力を封じ込めた者。
昔、この力を欲した者が世界を滅茶苦茶にした、私にとっても呪いの力。
人も惑わし、使い方を間違えば世界をも滅ぼしてしまう、恐ろしい力。
それを制御し、普段使う分だけ引き出す為に、私たちは自らの体にバラの精を住まわせ、自らの命を左右する血を与えることで、精霊との契約を行った。
この体の力を制御する為に、己の血と肉によって作り上げた、世界に唯一のパートナー。
これから私は、彼女と共に生きていかなければならない。
そして己の命を守り、闇の手から逃げ続けなければならない。
世界を守る為に私は生まれ、自らの役目を果たさなければいけない。
規則を破ればこの身が消されてしまうことも、私には分かっていた。
たとえどんなことがあっても、この力を他人に与えてはいけない。
この力が何処に封印されているのかも、決して誰にもバレてはいけない。
我が女神の一族が、世界を守る為に作った十戒は、私の心に深く刻まれていた。
決して破ってはいけない掟。
破れば自分自身の未来も、これから出会うであろう仲間たちも、失うことになってしまうのだから。