第7話
アデルタ目線
剣術と銃の稽古が終わり、昼からは乗馬と勉強があるだけの今日は、怜奈が話す時間には十分、時間があった。
怜奈自身はまだ小さいから剣術は短刀でやっているし、銃に関しても火薬や弾の勉強になっている。
乗馬は出来ないから、教養や作法の勉強の時間だ。
昼食をさっさと済ませ、私たちは怜奈の庭に向かった。
乗馬の時間まではあと一時間ほどある。
南京錠が開けられ、昨日は見ることの出来なかった扉の中に足を踏み入れる。
石畳の道が作られ、辺り一面に広がる色とりどりの花々。
蝶やミツバチが舞う道を進んでいくと、奥に小さなガゼボがあった。
白を基調として、バラの棘が絡む柱が七本、周りをぐるりと囲むように立っている。
「うわっ、すごいね・・・。」
思わず感嘆の声を漏らした私に構うことなく、怜奈は近くにあった木の小屋の扉をノックした。
「マルテロ、頼んでいたお湯は沸かしてくれた?」
「はい、お嬢様。」
扉を開けて出てきたマルテロは、ガゼボの白いテーブルに紅茶のセットとポットを置いた。
「ごめんなさい、庭師がしないことまで頼んでしまって・・・。」
「いいえ、ここにお嬢様の許可した者だけ入れるようなさったのは、何か理由があるとは思っておりました。
湯を沸かすなど、簡単なことでしたら私にも出来ますし、お嬢様が無茶を仰る方でないのは存じ上げておりますから、お気になさらんでください。」
怜奈の前に膝をつき、マルテロは小さく微笑んだ。
マルテロは今までほとんど話したことがなく、彼が笑っている場面を見たこともない。
無口で無表情が普段の状態で、庭の手入れをしている時だけ楽しそうにしていたことしか知らない。
怜奈は彼に驚くことなく頷くと、彼にも座るように勧めた。
「姉様、私が昨日話さなかったのには訳があるの。」
怜奈はマルテロが淹れた紅茶を一口飲んだ。
「私のこの力は、隠さなければいけないもの。
でも一人で隠し通すには私が幼すぎるわ。
だから協力者を絞ることを考えていたの。
そして、私はこの庭をロマーニにねだり、真面目で口の堅いマルテロをこの庭の管理人とした。
私は最初から姉様たちには話すつもりだったし、ルイはきっと私が呼ばずともついてくると思っていたわ。
ね、いるんでしょ、そこに。」
怜奈は後ろを振り返ることなく、少し大きな声を上げた。
すると近くの木の後ろから、ルイが姿を現した。
「さすがです、お嬢様。」
「あなたもこっちに来て座りなさい。
ただし、これから話すことを、ここにいる人間以外に話さないと、命を懸けて誓えるのならば。」
ルイは怜奈の靴先に口づけをし、席に着いた。
「いいわ、では話しましょう、私の秘密とこの力について。」
怜奈は小さく深呼吸をすると、目を閉じたまま腕を広げた。
途端にガゼボを囲むように咲いていたバラたちが棘を動かし始め、やがてガゼボをすっぽりと包み込んでしまった。
驚く私たちに、怜奈は無表情のままマルテロに用意させていたランプを灯した。
「じゃあ始めましょう。」
怜奈はテーブルに真ん中に置かれた皿からクッキーを取り、一つ口に入れた。
私たちにも勧め、一度落ち着くように促す。
「まず、私が幼い頃から何度も見ていた夢について話すわ。」
怜奈はゆっくりと口を開いた。
その夢はとても不思議で、とてもこの世の記憶とは思えないものだ。
「姉様やルイは、私に銀髪の女性について、聞かれた記憶があるでしょう。
その女性は、今話した夢に出てきた女性よ。」
私たちは顔を見合わせて小さく頷いた。
イローナ姉様が少し不安そうな顔をしている。
「次に、昨日あった話をするわ。」
怜奈は紅茶のカップを持ったまま、少し俯いた。
「この庭の南京錠をかけて、皆と中に戻ろうとした時よ。」
彼女の体が少し震えているのが分かる。
まだ五歳の怜奈には怖い経験だったのかもしれない。
それに昨日の彼女は私たち姉妹よりずっと年上のような雰囲気があって、まるで別人のようにも感じた。
何かを悟ったような、覚悟したような。
とても五歳の少女とは思えない表情をしていたのだ。
私は怜奈の肩にそっと触れた。
彼女の肩が小さく跳ねる。
私はそっと彼女の肩を抱いて、ゆっくりと頭を撫でた。
「大丈夫、ゆっくりでいいからな。」
怜奈は少し驚いてような顔を向けたが、小さく笑うとゆっくりと深呼吸をした。
「大丈夫よ、姉様。
さあ、続きを話しましょう。」
怜奈は私の腕から出ると、決意の表情を浮かべた。