第6話
イローナ目線
屋敷に戻った私とアデルタは、生演奏でダンスをし始めた大人たちを横目に、きょろきょろと辺りを見回した。
「アデルタ・・・。」
「うん、私も見てないよ。」
ロマーニからのプレゼントである庭を見て、その後屋敷に戻って来たのだが、本日主役のはずの怜奈が何処にも見当たらないのだ。
庭を見た時、彼女はもちろんいた。
今ここにいないということは、彼女は恐らく屋敷の中に戻っていないということ。
同じように気づいたのか、彼女の執事であるルイ・ショマドーレが私たちに静かに駆け寄って来た。
「怜奈のことね。」
「はい、申し訳ございません。」
頭を下げようとしたルイを手で制す。
「いいえ、あなたのせいではないわ。
執事もメイドも皆、会場で料理の準備や、プレゼントをテーブルに並べるようお父様に言われていたのだもの、仕方がないわ。
お父様や他の人々には知らせず、三人で探しましょう。
怜奈は賢い子だから、いなくなったのには事情があるだろうし、きっと遠くには行っていないわ。」
ルイは申し訳なさそうな顔をしたが、主の娘の命令も絶対だからと言うことを聞いた。
私とアデルタ、ルイは見つからないように、怜奈の庭へ向かった。
懐中電灯で照らされたドアには南京錠がかけてある。
彼女はこの中にはいないのだ。
「怜奈・・・じゃあ何処に・・・?」
アデルタが小さく呟く。
その時、ルイが懐中電灯の明かりを消し、私たちの頭を抱えるようにしてしゃがんだ。
驚いて抗議しようとするアデルタの口を塞ぎ、ルイは森の方へ顔を向ける。
「・・・っうぅ・・・あっ・・・あぁぁ・・・!」
小さな呻き声が私たちの耳にも届いた。
「・・・人間のようね。」
小さく囁いた私に、ルイは小さく頷く。
ルイは再び懐中電灯のスイッチを入れ、森の中にゆっくりと進みだした。
その後に二人でついていく。
少し入ったところで、ルイは急に足を止めた。
「怜奈お嬢様・・・!」
懐中電灯を手放し、駆けだしたルイをアデルタが追う。
私は落ちた懐中電灯を持ち上げ、彼らのしゃがみこんでいる場所を照らした。
白い光の中に浮かび上がったのは、気絶してルイの腕に支えられている怜奈だった。
ドレスはボロボロに破けて穴が開き、ほとんど原形を留めていない。
靴は両足とも履いておらず、辺りを見回しても見つからない。
髪は乱れ、酷く汗をかいて息を切らしている。
だが、それ以上に異様だったのは、彼女の露わになった肌に浮かび上がる棘の模様だった。
それは一カ所ではなく、全身を縛るようにグルグルと巻き付き、時々動いているのだ。
棘に咲いた真っ赤なバラは、ルイが彼女を揺らすたびに揺れ動き、彼女の全身からバラの香りが立ちのぼっていた。
「れ、怜奈・・・?」
アデルタもその異様な姿にようやく気付いたらしく、ゆっくりと怜奈の頬に浮かび上がる棘の模様に触れた。
やはり棘が動く。
そしてそれと同時に怜奈は小さく声を上げて、目を開けた。
「あれ・・・私・・・。」
「怜奈、この姿は一体どうしたの?」
私は目を覚ました怜奈の前にしゃがみ、彼女に目を合わせた。
「これは、私が受け継いだ強大な力・・・。
自らの命と引き換えに世界を救う、呪いの血の証・・・。」
そう言った彼女の目は、何かを覚悟したような、諦めたような色をしていた。
とても嘘をついているようには見えない。
でも彼女の言う意味も分からない。
私はひとまずルイの上着を怜奈に着せ、寝ているふりをさせて屋敷の中に戻った。
途中、輝子に止められたが、庭で寝てしまっていたから連れ帰ったと話して、そのまま四人で怜奈の部屋に入り、鍵を閉めた。
ルイにはプレゼントでもらったドレスを取りに行かせ、怜奈と共にクローゼットから靴を選んだ。
ルイが帰ってくると、怜奈の汗を濡れタオルで拭いた。
「姉様、少し待ってもらえる?」
ドレスを着せようとした私に、怜奈はそう言って月明かりの射す窓に向かって大きく腕を広げた。
すると小さな風が起き、彼女の髪を揺らし始める。
「お願い、私がいいと言うまで姿を隠して・・・。」
小さく怜奈が呟くと、彼女の体の棘が動き出し、ドレスから出ていない肌に固まって巻き付いた。
「姉様、もう大丈夫よ。」
怜奈はドレスを身に着けると、何事もなかったようにパーティー会場に戻った。
それからしばらく彼女を観察していたが、ダンスをするときも食事を摂るときも、特に変な様子はない。
夜も更けて、親戚以外の客が引き上げると、私たちは怜奈の部屋に集まった。
ドレスはメイドが脱がせについてきて、怜奈は彼女たちの目の前でドレスを脱いだ。
「・・・え?」
彼女の棘は見える肌にはなく、声を上げた私がむしろメイドたちに首を傾げられる。
私は何もないと告げ、風呂を出たら三人で話そうと言った。
今日は三人一緒に寝ると告げると、就寝時間で咎めようとしたメイドたちはすぐに黙る。
私たちはさっさと風呂を出てメイドを部屋から追い出すと、一緒にベッドに入った。
「怜奈、あなた・・・その棘について何か知っているのね。
そして、こうなることを知っていたのね。」
暗くなった部屋の天井を見上げながら、隣に眠る怜奈に声をかける。
しかし返事はない。
不思議に思ったのか、アデルタが怜奈に呼びかけた。
「・・・ごめんなさい、姉様・・・。
私、これのせいで今日は疲れて、しまって・・・。
明日、庭で話すわ・・・。」
途切れ途切れだった言葉は終わりに向けて小さくなっていき、最後まで言い切ると小さな寝息へと変わってしまった。
私とアデルタは顔を見合わせ、間に眠る怜奈を見た。
メイドが電気を消して部屋を出るまで見えなかった棘は今、彼女を発見したときのように顔にも再び現れている。
ただ彼女の体と連動しているのか、花は全て蕾になって固く口を閉じてしまっていた。
それでも、発見のときから香っていたバラの香りは、今も微かにしている。
仕方なく、私とアデルタはベッドに入り直して、ゆっくりと目を閉じた。