第2話
楓目線
お母さんに手を引かれ、アタシは保育園の門をくぐった。
今日からまた、ここで過ごすことが多くなる。
たくさん友だちが出来るといいな。
教室に入って、先生に渡された名札を付けられる。
言われた席について辺りをきょろきょろと見回していると、いきなり後ろから声をかけられた。
「お、楓じゃん!
同じクラスか、やったな!」
そう言って笑った少年はアタシの幼馴染の田辺龍。
やんちゃ坊主という言葉が似合うけど、とても優しくて正義感の強い子だ。
商店街の魚屋の長男で、父親同士が友人というのがきっかけで、母親同士が仲良くなってしまい、今じゃ毎日のようにお互いの家や公園で一緒に遊ぶ仲になっている。
「龍も同じクラスなんだ!」
「おう、改めてよろしくな。」
そう言って私の向かいに座った。
「それじゃあ、順番に皆の名前を呼んでいくから、名前を呼ばれた子は大きな声でお返事してね。」
女の先生がそう声をかける。
大きな声で返事をしていく子を見ながら、仲良くできそうな子を探した。
「水谷楓ちゃん。」
不意に名前を呼ばれ、少し緊張したけど大きな声で返事を返す。
龍もまた大きな返事を返すと、私が見ていたことに気付いたのか、ニカッと笑って見せた。
龍はいつも明るく笑っていて、恥ずかしがりだったアタシを勇気づけてくれた。
今日から始まる生活が少し不安だったけど、龍の笑顔を見たらその不安もどこかへ消えてしまった。
やがて先生に連れられて始業式を終え教室に帰ると、お昼まで遊んで帰るスケジュールだと伝えられた。
龍は迷うことなくアタシに笑いかけた。
「楓、遊ぼう!」
「い、いいや・・・。」
「何かお前変だぞ。」
「前のクラス一緒だった子いるでしょ?
その子と遊んだら?」
「い、いるけど・・・。」
アタシは静かに目だけで後ろを振り返る。
去年のクラスの子は、アタシにもそれなりにいる。
でも、アタシに友だちはいなかった。
去年の始め、入園式を終えてしばらくした頃の嫌な記憶が蘇ってくる。
いつものように友だちと遊んでいた時だった。
「楓ちゃん、ちょっといい?」
あけみというクラスメイトが、数人の女子と一緒に話しかけてきた。
アタシは首を傾げながら彼女たちが遊具の後ろに向かうのに、何の抵抗もなく付いていった。
「楓ちゃん、龍くんとはどんな関係なの?」
いきなり龍の名前が出たことに驚く。
「友だちだよ?」
「彼氏じゃないんだよね?」
彼氏、たしか男子の恋人のことをそう言ったはずだ。
アタシはそう思い出すと、小さく頷いた。
彼女たちはそれで納得したのか、最後に釘を刺すように私に顔を近づけた。
「じゃあ、もう龍くんと二人で遊んだりしないでよね。」
アタシは理由は分からなかったが、保育園の中でそうするなということだと思い、頷いた。
そしてその放課後、いつものようにお母さん同士が話し込んでしまったから、龍と一緒に公園で遊んだ。
翌日、あけみと女子たちは、今度は怒った様子でまた同じ場所にアタシを呼び出した。
「昨日、龍くんと二人で遊ぶなって言ったよね?
なのに何で昨日、公園で二人で遊んでたの!?」
「お、お母さんたちが遊んでなさいって・・・。」
小さく答えたアタシに、あけみは問答無用と言うように、アタシの肩を突き飛ばしてこかした。
「そんなの関係ないわよ!
あけみが龍くんの彼女になるんだから、邪魔しないで!」
周りの女子たちも同意するように、持っていた泥団子をアタシに投げつけ始めた。
それを見つけた先生が駆け寄りその場は収められたが、アタシの中には先生が去った後にあけみが言い放った言葉が深く残った。
「次やったらこんなものじゃ済まないから!」
それからというもの、アタシはお互いの家の中だけでしか龍と遊ばなくなった。
友だちはあけみたちに怯え、アタシとは遊ばなくなった。
「楓、遊ぼうぜ、な?」
龍は駄々をこねるように、まだアタシの腕を掴んで離さない。
あけみは今年もクラスが一緒だというのに。
「あ、アタシ他の子と遊ぶから・・・!」
「じゃあ、今日俺ん家来いよ。」
返事を言う暇も与えず、龍はそのまま駆けて行ってしまった。
後ろから感じるあけみの視線に怯えながら、アタシは教室に置かれた絵本を開いた。