8話 皇女、捲したてる
「サバト様、私色々と合点がいきましたわ」
神様が続きを話そうとすると、シャルロッテのやつがそう言ってきた。
「何がだ?」
俺は止まらない嫌な予感を抑えながら問う。
「サバト様や神様の話を総合すると、御伽噺と色々と合致するのです」
御伽噺?
「御伽噺ってなんのだ?」
「それは勿論、勇者様のお話です!
お恥ずかしながら、私は昔から勇者という存在に憧れていました。父はニブルフェイメ皇国の皇帝です。国を護る為、民の命を取捨選択する場面を何度も見てきました。これでも私は皇族の末席に名を連ねております。お恥ずかしながら、母親は妾の身分なのですが、一応は皇女として存在することを許されています。
そのお陰か、小さい頃から皇帝の、父の執務の様子を伺う機会が何度もありました。国体を第一に考え、切り捨てられるものは迷わず切り捨てる。その姿に畏怖の念を抱いたことを憶えています。
そのせいかはわかりませんが、私は御伽噺の中に出てくる、何人も見捨てようとしない正義の光、勇者様に憧れるようになりました。少しでも多くの人が幸せになれるよう、私のような存在にも何か出来ることはないだろうか。そう考えて魔法の勉強をするようになりました」
「そ、そう」
御伽噺とは言え、なんか俺が褒められている気がしてムズムズするな。
でも何人も見捨てようとしないとは少し大袈裟ではないか? 俺でも助けられなかった人はたくさんいるのだ。
「そうしていつしか、世間で癒しの聖女などと呼ばれるようになりました。民の位に関係なく怪我人や病人を助けているうちに、そう認識されるようになったようです。
ですが私はやり過ぎました。皇帝は私の活動に目をつけ、貴賎なく助けてしまうことは、時に国の秩序を乱すとして自粛を要請されました。要請と言いますが、命令です。皇帝の命令は絶対、たとえ娘であっても逆らえば首から上が簡単になくなってしまいます。ですので私は自分の命を守るために回復魔法を使わなくなりました」
「……へえ、聖女様っていうのはそういうことか」
暴君、と言いたいが、為政者には為政者なりの学というものがある。その皇帝も何か考えがあってのことなのだろう。
「だが、回復魔法を使えるってことは、教会の位を持っているんだろう? 僧侶としての活動はどの国からも制限されないはずだが。第一、聖女とまで呼ばれていて、あの教会が黙っているはずがない。
まあ、今の世界が俺の知っている世界の10000年後なのだとしたら、いくら教会と雖も衰退しているのかも知れないが」
俺の勇者パーティメンバーだったサクラサクの所属する神聖会は、どの国とも不可侵の条約を結んでいたはずだ。一度僧侶になってしまえば、その身分は神聖会が保証するものとなる。
回復魔法は、神聖会の専売特許。お布施をもらい治療を施すというスタイルを確立させ、大儲け……組織を維持していたのだ。
「教会の位を? いえ、別にそれは持っておりませんが。回復魔法を使うのに許可など必要ありません。そもそもそんな事をしてしまったら、戦場の兵士が困るではありませんか。」
「そのために、ポーションというものがあるはずなのだが……この時代では高いんだったか?」
「はい、それはもう。一部の人間にしか製造できないものですから」
ふーん、時代が変われば色々変わるものだなあ。
「あの、サバト様の仰る教会というのが神聖会のことであれば、今でも多大な権力を保有していますよ? といいますか、皇国はその神聖会と密接な関係にあるのです……失礼いたしました、話が逸れてしまいましたね。御伽噺に戻りましょう」
「ああ、そうだったな」
密殺な関係とはどのような関係なのか非常に気になるが、今は御伽噺について聞こう。それにしても長い自分語りだったなぁ。
「御伽噺は、一応はとある国に伝わる英雄の伝記という形になっています。遥か昔、勇者と呼ばれる青年が、魔王を倒した、というお話が軸になっています。三人の従者を引き連れ、国々を回りながら魔物や魔族などの脅威を退かせて行く。魔王との決戦では、光の聖剣、通称光剣が出てきます。私は先ほどのサバト様が掲げられた剣を見、御伽噺に出てくる物と似ていることに気がつきました。
まあ、この御伽噺はあまり有名どころではないので、バーンは分からなかったようですが……」
「なるほど、俺も身に覚えがある話だな。従者となっているが、正確にはパーティメンバー、仲間だ。勇者を引き立てるためにそう書いてあるのかも知れん。実務は大臣が行うが、その功績は王のものとなるのと同じか」
「なるほど、お仲間ですか。そういえば、サバト様はそのお仲間と喧嘩をして……あっ」
「……今はその話はよそう」
俺は嫌な予感がさらに高まると共に、その現実を段々と恐れ始めていた。知り合いが誰一人いない世界。つまり実質一人ぼっちな世界。もう共に笑うことも、喧嘩をすることも、それを謝ることも二度とできない世界を。
「は、はい、すみません。御伽噺の中では、最後は魔王を倒して従者達や勇者を慕う世界中の人々と共に平和な世界で幸せに暮らしたとされています。ですが、サバト様のお話が本当だとすると、やはりこの話は”御伽噺”ですね」
「ああ、そうだな。幸せに暮らすどころか、こうして訳のわからない状況に巻き込まれているんだからな」
半ば自嘲気味にそう話す。
「サバト様……」
「いや、ありがとう。俺の為したことが、御伽噺の形とはいえ伝わっていることには少し嬉しくなった。3年間頑張ってきた甲斐があったというものだ」
神様の話の通りなら、きちんと魔王を取り除けたようだしな。そこは安心しても良いだろう。
「御伽噺はそれで終わりか?」
「はい、短いお話ですので。ですが私、先ほども述べたようにこのお話は小さい時から大好きで、勇者様には本当に憧れていました! こうしてお逢いできただけで感無量です。差し詰めサバト様のファン一号ですね!」
「そ、そうか、うん。俺がお前の思い描く勇者像に合致しているかはわからないが、想いはなんとなく伝わったぞ?」
「そ、そんな、想いが伝わるだなんて……」
「おい、頬を赤くするなこら、勘違いしそうになるだろっ」
等とはなしをしながら、結論づけることを後回しにようとする自分に、怒りたくもなり、安堵したくもなる。
「えへへ……こほんこほん! それでですね、御伽噺の他にももう一つ、私の知っている話があります。それは、皇族に伝わる言い伝えです」
「言い伝え?」
「はい。それは、
『扉が封印されてから丁度10000年後の真夜中、それの封印は解かれ、この世に光が訪れるであろう』
というものです。あの扉が、その封印されし通称”開かずの扉”です」
そういうと、シャルロッテは遠くに見える大きな両扉を指差した。
「言い伝えには、神歴20686年の8月6日午前0時、開かずの扉の封印が解かれるとも謂れています。そして今日がその、神歴20686年8月6日なのです。
言い伝えを確かめるため、私たちは半ば生贄のようにこの峡谷へとやってきました。皇帝の勅命です。扉までなんとかたどり着いた私たちは、言い伝え通りに扉が開くという奇跡に出会いました。10000年の時を超え、言い伝えはついにその意を成したのです」
「なんだと……? 神歴20686年だって? 本当か……俺が魔王を倒したのは、神歴10686年だ。10000年、丁度だな」
「なんという……! 言い伝えは間違われることなく代々伝わってきたのですね! 物凄い確率だとは思いますが、それもそれだけ言い伝えが大事にされてきたという証でしょう。皇帝……父は、このてのものは好きではないようでしたが、これで私もお役に立てるということを証明できたことでしょう。
父は私のことを魔法バカの夢見がちなメスガキ程度に思っていたようですが、少しは見返せますね!」
魔法バカとかメスガキとか、お姫様がそんな言葉使っていいのか? 衝撃的な発言だ。
ともかくこれで、俺は間違いなく未来の世界、しかも丁度10000年後の世界へ飛ばされたことが確定した訳だ。神様の話を聞くまでもなく、先にシャルロッテと詳しく話し合いをしていた方が良かったかもな。
冷静でいようという自分と、どうしようもなく絶望している自分とがせめぎ合っているが、今は感情に理性が勝っているようだ。
ユウシャヘコタレナイ
「お前の事情はよくわからんが、俺が10000年前の世界から飛ばされたことは色々な道具もあることから証明できるだろう。皇帝を見返したいと言うのなら、手伝ってやってもいち。どのみち今のこの世界ではお前達しか知り合いがいない訳だしな、世話になるかもしれないが、いいか?」
「勿論! よろしくお願いします、勇者サバト様!」
「いや、こちらこそ……というか、神様のこと放って置いちゃダメじゃねえのか?」
「あっ……私ったら、つい話し込んでしまって……自分の好きなことの話となると止まらない時があるのです、すみません、神様、サバト様」
<構わん、娘のおかげで状況説明の手間が省けた>
神様も今の話を聞いてたのか。そりゃそうか。ということは、俺の新たな疑問にも答えてくれるのかな?
<疑問とは何だ、勇者サバトよ>
「まず、言い伝えはどこから生まれたんだ? 神様が俺をここに閉じ込めたことと関係がないとは思えないのだが?」
<うむ、その通りだ。それを説明するためには、もう少し話をしなければな。さて、再度話を始めようか、10000年の話を>
話が長くなりますが、もう少し続きます。
自分でも書いてて長ったらしいなあと感じたのですが、どうせなのでチマチマと話を進めようと思います。