6話 勇者、姫をチョロイン化させる
サバトが腰に据えていた剣を抜くと、その剣身が光り出しました。
光剣……もしかして、やはり。
これで私の中で、確信を持ちつつあったサバトが本当に勇者様だという説が、ほぼ確信的なものとなります。
「なんと綺麗な……」
私だけでなく、周りの者もその光に見惚れているようです。魔導光の様な眩さと、ランタンの様な淡さを持ち合わせた、まことに不思議な光りだ。しかも、私の目には魔力とはまた違った力が見えている。サバトの持つ魔力に負けないほどの非常に強い力を、この剣は持っているということがわかるのです。
武器に魔力が宿ることはままあります。巷で出回っているものは、職人が作る魔剣や魔斧、魔槍などの魔◯◯シリーズが主だ。たまに古代遺跡から発見されたりもしますが、そちらは職人の造ったものよりも何倍もの魔力を有しており、基本的には国が直接管理するのです。
しかしこの剣は、私がまたその出土品のどれよりも強い力を秘めていることがわかります。まさに勇者の剣だ、生半可には扱えない代物でしょう。
私に見えているこの力が、御伽噺に出てくる”聖力”というものなのでしょうか? あらゆる悪を打ち負かすという聖力。扱えるのは勇者様、ただ一人だけ。
勇者様。ああ勇者様。御伽噺が現実となって行く。胸の高鳴りが止まらない。恋でも怒りでも恐れでもない、そう、これは憧れです。
私はいつの間にか、臣下がする様に地面に膝をついてこうべを垂れていました。皇族にはあるまじき振る舞いだが、なぜかこうしなくてはいられなかったのです。
「勇者様……勇者様サバト様……」
「……うん? どうしたんだ?」
サバト様が剣を鞘に納め、私に問うてきました。周りの空気が少し弛緩するのを感じたが、私は逆に緊張してしまいます。
「あなた様が、ほ、本当に勇者様だったとは……少しでも疑った私めはどうすればよろしいのでしょうか?」
「え? お、おい、どうしたんだよ。どうすればって……さっきみたいに接すればいいだろ?」
「いえ、そういう訳には参りません。伝説の勇者様、その威光はどの国の王族をも寄せ付けないと聞き及んでおります」
「まあ確かに、俺が謙らない方いいのは本当だが、だからってお前が謙らないといけないわけじゃないだろうに。普通に話したらいいぞ? なんかそういう、勇者だからって極端に敬われるのはあまり好きじゃないんだ」
なんとありがたいお言葉! 私ごときに普通に話しても良いとお許しになるとは!
子供の頃から私は御伽噺にはまっていました。特に、勇者様の伝記にです。女の子らしくないかもしれませんが、私は伝記に出てくる勇者様の力に憧れている。世界中の民を魔の手から救い上げた伝説のお方。英雄の中の英雄。
少しでも近づけるようにと、私は魔術の勉強をするようになりました。そしていつしか聖女などと呼ばれる様にもなったのです。
しかし、先ほどの無詠唱やこの聖剣の力を前にすると、私の力など些細なものなのだということを思い知らされました。いや、改めてと言った方が良いでしょうか。第八皇女である私は、為政者としての力は求められてはいなかったが、それでも皇族らしく振る舞おうと心掛けてきました。
ですが、勇者様を前にして、護衛の兵士がいるというのに、こうしてこうべを垂れてしまっている。所詮はその程度の女なのだという想いと同時に、私にもまだ夢を見る権利があるのだということを知ることができました。
勇者様に会うという夢。普通ならありえないことですが、もし会えたら聞いてみたいことがたくさんあったのです。勿論、私の早とちりかもしれないということはわかっています。それでも、ここまで証拠が揃えば、そう疑うこともないでしょう。
先ほどまで頑なに勇者だということを認めてこなかったバーンですら、叱られた犬のような顔をしていますからね。
「で、では、サバト様、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「はあ、好きにすれば?」
「ありがたき! ありがたき!」
私は両手を握り、神に祈るようにサバト様を拝んだ。やりすぎかと思われるかも知れませんが、私にとっては不謹慎にも神と同じなのだ。神の子と呼ばれる勇者様なのです、拝んだところで神様も怒りはしないでしょう。
サバト様が変な顔をしていらっしゃるが、どうしたのでしょうか?
「あの、サバト様、一つお願いをしても?」
「な、なんだ?」
ごくっ。
「その、お手を握らせていただいても……」
「手を?」
私の夢のひとつ、勇者様の手を握る。その夢が叶うか叶わないかは、この後のサバト様のお返事にかかっているのです!
「ええ、手を!」
「……いいぞ、ほら」
--やった!
「ありがとうございます! これが伝説の勇者様のお手……!」
そしてサバト様の手を握ったその瞬間、不意に頭の中にが声が聞こえました。私はその声を聞いて不思議と冷静になります。
<我が子よ>
「ん? ……まさか、神様!」
え?
サバト様も何かが聞こえたようです。しかし神様とは? 周りの皆を見渡すが、皆キョトンとした顔で周りをを見渡しています。この声はどうやら、この部屋にいる皆に聞こえているようです。
「サバト様、神様とは!?」
私はサバト様に問いましたが、返事が来る前に、先ほどの頭に響いた声が再び聞こえてきました。
<そう、神である。聖女よ、お主は巫女に選ばれた>
……巫女?
巫女って、あの教会にいる預言者のことでしょうか? そんな、まさか。巫女は教会の厳格な審査によって選ばれるのです。私のようななんの実績もない名ばかり皇女が選ばれるだなんて。
しかし不思議と、この声は神様の声だ、とすんなりと受け入れてしまいます。そして神様のいうことは絶対だとも。
<勇者サバトよ、よくぞ魔王を倒してくれた>
「あ、いえ……どうも」
神様がサバト様のことを労います。この声はサバト様のことを最後まで疑っていた皆にも聞こえている、ということは、これでサバト様が勇者様だということは間違いのないこととなりました。
<他の皆も、よくぞここまで辿り着いた。褒めてつかわすぞ>
「「「「ははぁっ!」」」」
兵士たちが地に膝をつきこうべを垂れます。神様の言葉には、有無を言わさぬ力強さと神聖さが含まれています。
「神様、どうしたんだ? 魔王を倒した時に何か啓示があるかと思ったんだが、サクラサクの奴は何も感じ取れないと言っていたぞ?」
サクラサクとはおそらく、サバト様のおっしゃっていた旅の仲間の方ですね。神の啓示を受け取れるのは巫女だけ。サクラサク様もさぞ高名な巫女だったに違いありません。
それにしても、サバト様は神様相手にも随分とフランクな接し方ですね。勇者様というのは、神様相手にも平等に接するものなのでしょうか?
<それについても話がある。その前に、勇者サバトと聖女シャルロッテの二人きりになってほしいのだ>
えっ!? サバト様と二人きり!?
「いや、なんでだよ? 俺はさっさとみんなのところに帰りたいんだが?
色々と時間を使っちまったからな」
ですがサバト様は、神様のいう通りにしようとはしません。
お仲間のところへということですが、勇者様の御伽噺は遥か昔の話とされています。ということは……
私は、残酷な事実について気づいてしまいました。
<大事な話があるのだ>
「……大事な話?」
「……サバト様、よろしいのでは?」
私は、サバト様に神様のお話を聞くことを進言します。
「だがなあ」
<サバトよ>
神様も、どこか頼み込むような声色で話しかけてきます。
「……わかったよ、二人きりになればいいんだろ? シャルロッテ、頼んだ」
「あ、はい」
サバト様も、神様に頼まれては断りきれなかったようです。
「こほん、皆、外に出るのです!」
私は、騎士団の兵たちに命令します。
「ですが!」
バーンが話しかけてきましたが、私はメルリオーズに目配せをします。こういう時は、彼に任せておけば説得してくれることを、私は知っています。
「団長……ここは一旦引きましょう。扉の側に待機しておけば、何かあってもすぐに駆けつけられます。それにこの人数、殿下を助け出す時間くらいは作り出せますよ」
「……仕方ない、わかった。お前たち、行くぞ! 殿下、ご無事で」
「はい」
目論見どおり、バーンは渋々ながらも了承したようです。そして兵士達を引き連れて開かずの部屋を出て行きました。
そうすると、神様が再び話しかけてきました。
<--よし、では話をしよう。10000年とこれからの話を>