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9話 勇者、神様に頼まれる

 

<我らは魔王が倒されたことを確認すると、すぐさまシステムチェックへと入った。だが、先ほども言ったよう、それだけではこの星を正常な状態に戻すことができないことがわかった>


<そのため、予測を立てた10000年後に発生するエラーに備えるため、お前をこの星の時間の流れから断絶された空間へと隔離した。だが、それだけでは意味をなさない。勇者としてお前が再び戦いに出られるよう、お前の仲間、確かサクラサクと言ったか、そいつに預言を授けたのだ>


「サクラサクに?」


 じゃあ、なんでこの皇帝の娘とやらが、その預言を知っているんだ?

 預言の内容は教会が管理し情報を制限していたはず。それに勇者の威光を保持し続けられるかもしれないのに、それを手放すような真似はしないと思うのだが。


<サクラサクはその後、教会を抜け還俗し、とある騎士と結婚したようだ。その騎士が出世していき、やがて大領となり、ついには独立した>


 サクラサク凄え!? いや、この場合はその騎士さん凄え!? か。


 でもまさかあのサクラサクが還俗するとは……神様のためなら死ねるような奴だったのに。


<あやつは、傷心のところをその騎士に落とされたようだ>


 傷心? 何か嫌なことでもあったのか? 俺が怒って逃げたことを気にかけて……はないな。それくらいで萎れる奴じゃないからな。


<我の口からは言えぬ。その独立した国というのが、この娘の故郷である現ニブルフェイメ皇国だ。そのため、我の授けた預言をこの娘が信じ、この空間までやって来たということだ>


「なるほど、サクラサクの奴は俺がいなくなった後も頑張っていたんだな」


<努力の方向が変わってしまったようだがな。おっと、今のは無しだ。我も久しぶりに人間と話をしたため、少々口が滑りやすくなっているようだな>


<だが、我の授けた預言はその聖女が言ったものよりももっと長く具体的だったはずだ。やはり10000年も経っているのだ、一番大切な内容だけが残り、後の内容は失われてしまったのだろう>


「えっ、そうなのですか! 私は変わらず伝わって来たものだと教わったのですが……」


 シャルロッテが驚いている。


<恐らく、複数の筋に伝わっているのではないか? お前は誰からこの預言について聞いたのだ?>


「複数の筋? 私が聞いたのは、おばさまからです。おばさまというのはつまり、現皇后陛下ですね。皇后様は公爵家の長女、つまり皇族の血筋ですから、確かに神様のおっしゃるとおりかも知れません」


「なるほど、皇族の本筋だけではなく分家にも伝わっていたのだな」


 複数ある家宝が分家へと移管されるのと同じようなものか。魔族の手から国宝を護るため、そのような措置を取っている国はいくつもあった。

 もっとも今回の場合は言い伝えという形の無いものではあるが、サクラサクの奴は預言を信じ後世へと伝わるようにしたのだろう。


<10000年の間、魔族がいなくなってから国同士での争いが活発化した。ニブルフェイメ皇国へと繋がる立身出世もその間になされたものだ。いつ国が滅びてもおかしく無い、そう思いできるだけ多くの人に、それでいて不要な噂が立たぬよう、限定した範囲で預言を伝えようと努力したのだろう。人というのは面白い、いつでも矛盾した行動を取ろうとするのだからな>


 なんだか神様は正に上から目線だ。俺やシャルロッテがここにいるのは、あんたらのせいじゃないのか?


 というか、さっきから気になっていたんだが、断絶した空間とか、このそこら中に散らばっている破片とか、訳のわからないものがたくさん出てきているんだが?


<断絶された空間というのは、この扉の中の部屋を外界から切り離し、時の進む速度を極端に遅くしたからだ。扉の内と外で切り離されており、絶対に入ることはできない。そうではないか、娘よ?>


「確かに、あの扉は数時間前までは何をやっても開かなかった正に開かずの扉でした」


<それもそうだろう。我の力作だからな。サバトにばれないよう慎重に勝つ素早く丁寧にするのはなかなかとやりがいのある仕事だったぞ?>


 そこ力をかける所かよ! もっと世界の管理とか、バグのナンチャラをどうにかするとかないのか!?


<仕事は切り替えが大事なのだ。時には遊ぶことにより、気分転換にもなろうというものだろう?>


 はいはい、そうですか!


<この破片についてであったな。どのようなものかはその娘から聞いているとは思うが、この破片は防衛用だ>


「防衛用?」


<万が一通り抜けられた場合に発動するようになっていたのだ>


「え? ですが私たちは正当な方法で扉を通り抜けたのですが」


<だからどうした? 通り抜けられた時のためと言ったではないか>


「あの、ということはつまり、どんな場合であっても発動する罠であったと?」


<そういうことだ>


「な、なぜでしょうか? 少なくない兵士が負傷したのですが……サバト様がいたからよかったとはいえ、このまま放っておくと危ないという兵士も何人もいました……いくら神様とはいえ、納得できるものではありません」


 シャルロッテの奴は怒っているようだが、相手が神様だからか強くは言い出せないようだ。俺たちの考えていることがわかるなら、何か言うことくらいあるんじゃないのか?


<……話を戻そうではないか>


 こいつ、逃げやがった!


「…………」


 ほら、シャルロッテの奴が俯いて黙り込んでしまったじゃないか!


<仕方がないのだ、我は実務担当はない故、実際にシステムをいじるのは二柱の神。我には少しばかりの力しかない。神の世界も人間と同じく平等にはできていないのだ>


 なるほど、力作だったはいいが、それを解除する仕組みが思いつかなかったと。でもそれを認めるのは神としての? プライドが許さなかったと、そう言うところか?


「……私、神様って絶対の存在だと思っていました。でも、今までの神様でもできないことがあるのですね。それを強要するのは駄目なことだと、為政者としての経験からもわかります。何事も適材適所ですものね」


 おっ? シャルロッテの奴、態度が軟化した? 今の説明で?


<う、うむ。わかればいいのだ。話を続けようか。10000年の間、人は戦争をし続け、時には休み、また再開するを繰り返した。その過程で、発達した技術もあれば、失われた技術もある。魔法に関してがやはり大きいか>


 なるほど、シャルロッテの奴が俺の無詠唱に驚いたのはそういうことからか?


<我々の仕事は、星を管理し正常に運営すること。実際にそこに生きる生物の生活や微細な進化・退化の過程までをいちいち管理するものではない。だが、それでも介入することがある。それは技術がいきすぎたときだ>


「いきすぎたとき? それはどういう」


<かつて、地球という星があった。その星はこの星のような魔力が存在せず、その地球に住まう人間、人類は科学と呼ばれる技術を発達させていった>


<だが科学が発達していくにつれ、戦争に使われる兵器も強大で残酷なものへと変わっていった。その結果、地球は星として継続できなくなったため、削除された>


 科学か……魔法がないなんて、そんな星もあるんだな。星が削除されるって、どういうことだ? でも、戦争により技術が発達するという概念は理解できるな。


「あの、神様、星が削除されるとは、どういうことでしょうか?」


 シャルロッテが問う。


<そのままだ。星が消える。何もかもな>


「それはつまり、存在がなかったことになるということですか?」


<そうだ。データ……記録には一部残るが、実体は跡形もなく消え去る。お前達も人ごとではない。魔王がまた現れ、そのまま魔族や魔物が氾濫すると、我々の建てている運営プランとは違うものとなってしまう。またエラーが深刻な状態になれば、修正することも難しい。そうなると、地球のようにこの星を削除することになるだろうな>


「そんな……」


 シャルロッテは口元を押さえて絶句する。そりゃそうだ。生きた記録さえ残らないんだ。神の都合で自分の存在を全て否定されるのだ。


<この10000年の間にも、小さな修正を加えつつ、星の発展を見守ってきた。だがそれと同時に、魔王というエラーが発生する時が近づいていった。結局修正しきることはできず、もう少し時間がかかることとなってしまった>


<この星の運命は、サバト、お前に掛かっているのだ、神の身でこのようなことを言うのは本来は駄目なのだが、頼む! 助けてくれないか? 我々を、そしてこの星をもう一度!>


「そうか……」


 こんな話を暴露されて、ハイそうですかと流すことができるだろうか。


「サバト様……」


 シャルロッテの奴が俺のことを見つめてくる。


「……任せておけ。魔王を倒す以外の方法でどうにかしてくればいいんだろ? かつての仲間はもういないが、なんとかなるさ。なんたって、俺は勇者だからな!」


 そうして俺は拳を天に突き上げた。勇者という折角の乗りかかった船だ。最後までやりきろうじゃないか、例えそれが10000年越しの魔王戦だとしても!


「サバト様! ありがとうございます!」


 シャルロッテはそう叫ぶと、なんと俺を抱きしめてきた。


「ちょ、お、おい! シャルロッテ!?」


「流石は私の勇者様です! 御伽噺を、言い伝えを信じていてよかった!」


 泣き叫ぶシャルロッテに、俺は手を宙に浮かせてどうすることもできない。


<サバトよ、奥手な男は時には嫌われる要因となるぞ?>


 神様がそうほざくが、俺は仕方なくのることにする。


 シャルロッテの背中に手を回すと、シャルロッテは俺のことを一層強く抱きしめてきた。



 シャルロッテの背中は、小さくて、今にも壊れそうだった。



神様の声には、人を従わせる力があります。

ですが、サバトは勇者で尚且つ、恩恵として神様の力をコピーされているので、普通に話をすることができます。

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