プロローグ
☆とある峡谷、その地下にて☆
「殿下、これは……!」
「ええ、間違いないでしょう」
殿下と呼ばれた女と、その付き人たちは、遥か昔から”開かずの”扉と呼ばれている堅い扉を難なく潜り抜け、その奥に護られていた部屋へと足を踏み入れていた。
部屋の中央、入り口から百メートルほど先には、一辺が十メートルはあろうかというほどの、正方形に見える大きな四角い物体が鎮座していた。
「殿下、少し調べてみます。離れていて下さい」
付き人の中でも隊長格である男が物体に近づく。その物体には、面に縦横それぞれ9本の線が刻まれていた。全ての線が等間隔に刻まれており、この物体が自然にできたものではなく人工物であることを物語っている。
「いいえ、待ちなさい。言い伝えでは、そろそろ変化が起こるはずですね。あなたも離れていなさい」
「はっ」
隊長格は、殿下の厳しい表情を見、これ以上は近づくべきではないと後ろに下がる。そして何が起こってもいいよう、殿下のすぐそばに付く。
この国に伝わる言い伝え、それは、
『扉が封印されてから丁度10000年後の真夜中、それの封印は解かれ、この世に光が訪れるであろう』
というものである。
言い伝えの中には、日付や時間が全て明確にされているため、間違われることなく今日まで言い伝えられてきた。
そして今日がその、封印が解かれる日なのである。
「……きます!」
そして時計の針が天を指したその時、物体に刻まれた全ての線が青く光り始めた。
「くっ!」
「殿下!」
「め、目がぁっ!」
「落ち着くのです! 誰か、遮光の魔法を!」
「は、はっ!」
付き人の一人が目を覆いながらも魔法を使う。すると、皆の目が光に慣れ、物体を直視することができるようになった。
そして。
「物体が!」
物体は目を離している隙に、線で区切られた一枚一枚の小さな面が分離し、球体をかたどっていた。そしてそのままくるくると高速で回転している。こうして眺めている間にも、そのスピードはどんどんと上昇している。
「嫌な予感がする! 殿下をお守りしろ!」
「「「はっ!」」」
隊長格の男はその様子を見て、直感的に危機を察知した。そして部下である付き人達に殿下を護衛するよう指示をする。自らも殿下の前を守り、その御身を護衛する態勢に入った。
やがて物体は聞いたこともないような甲高く歪な音を上げ、板同士の間が少しずつ開いていく。
そして次の瞬間、物体は爆発した。
正確にいうと、爆発したかのように全ての板が轟音とともに弾け飛んだ。
板は部屋の四方八方へと飛び散る。一枚が1メートルはあるかという板は、今まで見たことのない速さで集団へと襲い掛かった。何十枚もの板が間髪を入れずぶつかりにくる。その衝撃で、魔法を使っていたものであっても、盛大に吹き飛ばされてしまった。
そして、長年の間にたまった砂埃や、部屋中を覆っていた硬質な岩壁の破片など様々なものが飛び散り、二次攻撃と化す。無機質な攻撃が付き人達を傷つけ、砂埃等が収まったときには、付き人の殆どが立ち上がることもできなくなっていた。
「ううっ……」
「……で、殿下、ご無事ですか?」
「ええ、なんとか……ですが、皆が!」
殿下と隊長格は周りの付き人の力を借りながら、必死に攻撃を耐えぬいた。
だが、殿下は体の所々が傷つき、隊長格は肩か腕を痛めたのか反対の手で押さえている。
「殿下、今は進みましょう。ここでじっとしていても仕方がありません。おい、そこの! 大丈夫か? 無事ならば、離脱魔法を使って近くの町に行って救援を呼んできてくれ!」
「はっ!」
隊長格の男は、比較的軽傷な付き人にそう伝え、倒れているものは後から来るであろう増援に頼み、自分たちは先に進むべきだと殿下に主張した。
因みに離脱魔法とは、1日に一度だけ使える、指定した場所へと強制的、瞬間的に移動できる魔法である。危険地帯に赴くためには必須の魔法である。
「くっ……わかりました。ここにきたのもその為ですからね。10000年もの間伝えられてきたその意味を確かめに行きましょう」
「御意」
そうして殿下と隊長格は、外壁が吹き飛び一回り小さくなった物体へと、傷ついた体を必死に動かしながら近づいていく。
「……ですが、まさか、いきなり攻撃をされるとは思ってもいませんでした。御身をお守りすることができず、申し訳ありません、殿下」
「いいえ、言い伝えにあるのは、封印が解かれるということだけ。その先のことは何一つ伝わっていませんでしたから、あなた達に非はありません。
それに、先ほどの攻撃と思しきものは、どんなに凄い騎士であろうと避けられはしないでしょう。こうして歩けているだけでも良かったというものです、ありがとう」
「身に余るお言葉……ありがたき幸せ」
先程の出来事から動揺していた心を少しでも落ち着かせようと、そのような会話をしながら歩く。そしてついに、物体の近くへとたどり着いた。
物質は見たところ、最初のような線が入っていない。そして驚くことに、周りの地面も含め傷一つ付いていなかった。
二人はこの不可思議な状況に驚きながらも、物体の周囲をぐるりと回る。すると入り口とちょうど反対側の面に、先の全く見えない黒い横穴が空いているのが見えた。
「これは、もしかして何かの入り口、ですか?」
「……みたいですな」
その黒い横穴は奥が全く見えない不気味さがあった。と同時に、風の流れを感じた。もしかすると、物体の中に入れるかもしれない。そう思った殿下は、足を踏みいれようとする。だが、
「お待ちください! 殿下、このような得体のしれないもの、私が代わりに入りましょう」
「いいえ、ここまで来たのです。私には私にしかできないこと、責務があるのです。あなたならわかりますよね?」
「いえ、わかりません」
「なんですって?」
「殿下、いえ、シャルロッテ様。ここまで来て、もう後には引けないという気持ちはよくわかります。しかし、皇族であらせられるシャルロッテ様がそのような安直な気持ちで危険を冒してはなりません」
「バーン、あなたと私はもう何年の付き合いなの?」
「14年です」
「ならば、わかりますよね?」
「わかりません」
「バーン」
「わかりません」
「バーン!」
「わかりませんっ!! お願いします、シャルロッテ様、どうかここはひとつ、私にお任せを。14年の付き合い、今更信用なさらないとは仰りませんよね?」
二人はいきなり言い合いを始めてしまった。
「バーン、私は第八皇女です。いてもいなくてもこの国にとってはどうでも良いのです。私がここにいる理由も、例え死んだとしても替えがきくからなのです。
そもそも、二十人足らずの護衛だけを引き連れて、こんな危険な峡谷の奥の、得体の知れない場所へ送り込まれた時点で、あなたも異常さに気がついているのでは?」
「それは……」
そう、殿下ことシャルロッテ第八皇女は、この皇国の皇帝の妾の子。妾といっても母親は公爵の三女なので、辛うじて第八皇女を名乗ることを許されているが、国にとっては失ってもそれほど損失がある存在ではないのだ。
今日この開かずの扉や部屋に送り込まれたのも、何か皇女らしく国の役に立って来いという皇帝からの勅命であった。皇帝にとっては言い伝えなどお伽話と同類、だが無視するには些か戸惑われる。その為、皇族の中から誰かを送り出そうと考えた。
開かずの扉があるのは、皇国内にあるテスカロア峡谷と呼ばれる長大な峡谷の最奥部、そこに行くのには当然沢山の、強力な兵力が必要となる。だが、嘘か真かもわからぬような言い伝えに多大な兵力を割くのは戸惑われたため、末の娘であり、また魔法だけが取り柄であるシャルロッテ第八皇女を指名したのである。
シャルロッテとしても、自分が半ば人身御供のような形で送り出されたことは理解している。だが言い伝えには言い伝えられて来た理由があるはず。また、現実主義者な皇帝から疎まれていることを肌で感じていてもいた。
だが、それと同時に、何か功績を挙げれば、もしかすると少しでも皇帝に自分のことを認めて貰えられるかもしれない、という期待も持ち合わせていた。ちょうどいい機会だと思い、今回の勅命を授かったのであった。
最も、勅命なので、断るという選択肢は最初からなかったのだが。
「とにかく、私はもう大丈夫です。魔力も歩いている間に少しは回復しましたし、回復魔法もかけました」
「なんと、確かに傷がない……」
先ほども述べたように、シャルロッテは魔法に関してだけは、人よりも優れていた。回復魔法に関しては教会の僧侶よりも上手であった。
そのため、皇国民には聖女の愛称で親しまれており、皇帝はその名声を利用していた面もあった。
「ほら、バーンにもかけてあげます。〜〜〜〜、<ヒール>!」
隊長格の男ことバーンの体を、淡い光が包み込む。光が収まった後は、痛めていた肩も通常通りに動かせるようになった。
「ありがとうございます、殿下。」
「また殿下に戻っている。シャロでいいのになあ……」
「いいえ、殿下は殿下です。それと私の名前はバーンアウトです」
「もう、バーンったら堅苦しいんですから。そんなのだからいつまでも中間管理職止まりなのですよ?」
「殿下、御戯れもほどほどに。ここは敵前も同然の場所なのですぞ?」
「はいはい、わかっていますよ」
怪我が治ったことで気が紛れたのか、二人はちょっとした冗談も言いあえるようになったようだ。
「では、行きましょう!」
「えっ? で、殿下!」
そして次の瞬間、シャルロッテは横穴に入ってしまった。バーンは慌てて後を追いかける--