理不尽な(自称)神様に落とされました
息抜きに書いてみた短編です。
そこそこ評価が良ければ続編も書いてみたいと思います。
「逝かないでっ!…置いて逝かないでよ、お姉ちゃん!」
あの子の叫び声が聞こえる。
悲しくて哀しくて、聞いている此方まで泣き出したくなるような、そんな悲痛な叫び声。
私は大丈夫よ、と笑いかけて安心させてあげたいのに、血が抜け過ぎた重たい体は言うことを聞かず、瞼も持ち上がりそうにない。
ムカつく彼奴が私の腹部にナイフを突き立てて内臓を掻き回したが、その想像を絶するような痛みすらももう感じ取れはしなかった。
だけど、まだ辛うじて感覚の残る頬には幾つもの水滴が伝い落ちていくのが分かる。
きっとあの子の涙だろう。
決して泣かせたくなかったのに。
何時も笑っていて欲しかったのに。
誰よりも大切なあの子を、どんなことがあろうとも庇護してあげるべき私自身が泣かせてしまっている。
誰よりも幸せになってくれることを願った少女を不幸せにしているのは、他の誰でもない私だった。
「いやっ!お姉ちゃん!目を開けてよ、お姉ちゃん!」
ぎりぎりで保っていた意識はだんだんと闇に埋れ始める。
あの子の叫びは紗をかけたように遠くに霞んでいき、体は急速に冷え切っていく。
それでも、私をきつく抱き締めるあの子の体の仄かな温もりを感じて、私は知らず知らずのうちに笑みを浮かべていたのではないだろうか。
碌なことなんて殆ど無いどころか酷いことしか無かったような人生だったが、だとしても、最後の最後に誰よりも大切なあの子を護って死ねたのだ。
下衆な両親から産まれた所為で大分捻くれて歪んだ私にしては、随分とまあ上出来な人生だったのだろう。
「誰か!誰かお姉ちゃんを助けてよ!何でもするから!私の持っているものは何でもあげるから!」
嗚呼、そんなことを言ったら碌でもない奴に捕まってしまうよ、と我ながら最期まで呆れたことを考えた瞬間に、私たち姉妹を非常に困らせる元凶となるその声は響いてきた。
「それは本当かい?」
「…誰なんですか、貴方は」
ある程度年を重ねた人間が出せる低くて落ち着いた、それなのにどこか胡散臭さを感じさせる男の声とあの子の警戒心に満ちた声が聞こえる。
本当に厄介な奴を引きつけてしまったのね、と呑気に思っているが、そろそろ私は死にそうだ。
今も、あの子の身に危険が迫ったかもしれないということで無理矢理意識を繋ぎ止めているが、ちょっとでも気を抜けばぽっくりと逝ってしまう。
まあ、動かない体の私が気を張ったって意味なんてこれっぽっちもないのだが。
「今言ったよね、君。“お姉ちゃんを助けてくれたら、何でもします”ってさ」
「そうですよ!貴方にお姉ちゃんを助けられるんですか!」
「うん、助けられるよ」
「本当に!」
希望が見えたからといって食いつくのが早過ぎやしないかい。
こういう美味しい話には必ず何かしらの裏があると何度も教え込んだ筈なのに、私が死ぬかもしれないということで動揺してすっかり忘れているのだろうか。
「治してあげる代わりに、君たちには僕が管理している世界に行って欲しいんだよね。あ、これはもう決定事項だから。君のお姉ちゃんはちゃんと治してあげたし」
「何言っとんのじゃ、このボケ!」
「お、お姉ちゃん!」
「……何か、治ってる…」
馬鹿なことを言い出した男に鉄拳制裁を加えたいと思った瞬間に、私の体は刺されて掻き回される前のようにピンピンしていた。
セーラー服の腹部にはべったりと変色した血がついていたが、気にしたら負けな気がする。
致命傷とも言える私の大怪我が治ったことに喜色満面なあの子を背に庇いながら、中二病患者にしか思えない男と対峙する。
僕が管理している世界とか、神様気取りかと言いたい。
「酷いなあ。僕は神様気取りじゃなくて、本当の神様。だから君の怪我も治してあげられたでしょう」
「それはまあ、確かにそうだが」
歯切れ悪く応える私に、男はニヤニヤと笑っている。
人間離れして整った顔立ちをしているのに、その笑みで全てを台無しにしているような気がした。
「ん?というか、なんで私の考えていることが分かったのよ、自称神様とやら」
「自称って、まあ、いいけどさ。それと、僕は神様だからそのくらいは余裕なの」
「なんて理不尽というか滅茶苦茶な原理なの……」
私のあの怪我を一瞬で治したことと言い、私の考えていることを勝手に読んだことと言い、少なくとも目の前の男が人外であろうということは分かった。
神様だとは思わないが。
「もう、本当に酷いなあ。でもいいよ」
男が頬を膨らませても可愛くないということをこの男は知らないのだろうか。
いや、知らないのだろう。
「君の思考にはもう何も突っ込まないからね、僕。さてと、前置きが長過ぎたけど、君たちには僕の管理する世界に飛んで貰うから。ある程度その世界に慣れたら、君たちに役割を告げに行くからね。あ、そうそう。君たちが行く世界は剣と魔法と魔物がいる世界だから、死なないように気を付けてね!それじゃあ!」
「一度死ねやこのクソ野郎!」
「きゃぁぁあ!」
何時もあの子の前では完璧な姉であろうとして被っていたデカイ猫を引き剥がして叫んだ私に、自称神様はニコニコと手を振っていた。
それと同時に暗い穴のようなものに落とされる。
妹の悲鳴と共に、私は剣と魔法と魔物がいる世界とやらに落とされた。
誰か説明を求む。