最終章 語られざるもの
その瞬間であった。
ジェネシスたちがいた遺跡であるデ・イラグレムが崩れ始めたと同時に、彼女が急に光輝き始めたのは。
超常的な力の結晶であるクリスタル・スカルを胸に、其のとてつもない力を彼女は受けいれようとしたのだ。
其れは彼女自身にあった欲望が引き起こしたもので、クリスタル・スカルの力の余波は老朽化していたデ・イラグレムを破壊しようとしたのだ。
「…い、急いで脱出するぞ!」
ジェネシスの声が、薄煤けた空間に木霊する。
そのまま、彼らは崩壊を始めるデ・イラグレムから脱出し、こいしを後にする。
しかし、今まで一緒にいた存在を崩壊し行く遺跡の中に取り残すことに罪悪感を感じたが、其れを心の深淵に押し込めた。…複雑ながらも、辛うじて外の光が見えた。
そして彼らは脱出した。その瞬間、背景の神殿は轟音と共に消滅した。
古き遺構は跡形も無く消え、あったのは瓦礫の山であった。
しかし、瓦礫の山の中から天に向かって、一筋の明るい閃光が飛び出すと、1つの人影がその閃光の中で佇んでいた。
静かに浮遊し、両手を広げながら…世界を眺めて。
「……私は………神になる!」
その瞬間、崩壊して出来上がったデ・イラグレムの瓦礫が彼女の身体に引き付けられていったのだ。
まるで瓦礫が彼女と言う磁石にくっつこうとする鉄のように、彼女の鎧を形成し始めたのだ。
彼女を母体とした、瓦礫の天使。巨大な瓦礫の翼を6つ付けては、分厚い瓦礫の外装を纏っていた。
完全武装した彼女は眼下のジェネシスたちを笑っていた。まるで、敵としてすら見なしてないかのように…。
「……こ、こいし!何をするつもりだ!?」
「………私は、世界を統一するんだ。この世界にクリスタル・スカルの超常的な一撃を加えることで、世界は再び原始的な世界に回帰する………。
―――そして、私を祖とした巨大な文明を作り上げ…ハルシオンの末裔として、私はこの世界を統べる!」
その瞬間、瓦礫の天使はぎこちない翼を靡かせては遠くへ飛翔してしまったのだ。
このままだと、彼女は世界を滅茶苦茶に破壊し、新世界としてこの世界を更生してしまうだろう。
彼は焦燥感を募らせた。使命感を胸に、彼は全員に言い放った。
「……このままだと、こいしは此の世界を滅茶苦茶にするつもりだ!
―――――私たちが変えるんだ!例え相手がどんなに強大な存在だとしても、セオレム文明を築いたエストネア3世は、奇跡的にもクリスタル・スカルに帰依していたハルシオンを打ち倒した!
―――――何があるか、なんてまだ分からない。だが、逆を言えば私たちの敗北が既に決まってるわけでもない!
―――――行こう!此れが……私たちの最終決戦だ!」
そう彼が全員に演説のように話すと、仲間たちは笑顔で頷いてくれた。
全員、彼の意思を理解していた。同じく、この素晴らしい世界を守ろうという気持ちで一杯だったのだ。
ケット・シーは慧音の右肩の上に移ってから、彼に同調を示した。
「にゃはーん!そんなん、当たり前や!ワイたちが、全てを決めるんやで!」
「……そうね、ケット・シーの言う通りだわ。…この世界は、私たちに委ねられた。
―――まるで、どこぞのRPGみたいね。…まあ、現代の勇者様になった気分も、悪くないわ」
慧音も、ケット・シーに即発されて、今の気分を語った。
流石に清々しくは無いが、今や世界の危機を自分たちに委ねられているという事実を寧ろ楽しんでいるようだ。…笑い話では無いが。
「…まあ、わしは余り戦いを好まないタイプじゃが、これで最後なら…一踏ん張り、じゃ!
人間、誰だって難関や危機はある、其れをどう乗り越えられるかが、わしらの大事な所じゃな」
マター博士は微笑みながら、老齢とは思えないような元気ぶりを見せていた。
確かに、今までの旅が結構ハードなのに対し、其れに付いてこられている博士に彼は感銘さえ受けた。
そして、最後に彼はパチュリーの方を見据えた。
―――彼女は、何も喋らなかった。頬を真っ赤に染めては、変な方向を向いて。
わざと、なのだろうか。彼と視線を合わせないようにしていたのは。
しかし、彼は分かっていた。彼女がもし嫌ならば、此処までは決して付いてこなかったはずだ、と。
「…パチュリー」
彼はそう、彼女に呼びかけた。
その時、彼女は驚いたような仕草を示し、素っ頓狂な声を上げた。
えっ、っと声を上げた彼女は、急に呼んできた彼を見つめては、…照れていた。
「……ジェネシス。…貴方は、1人じゃないわ。…私たちがいる。
―――――行きましょう、こいしを止めに」
彼女は、簡潔にも其れしか言わなかった。
だが、それこそが彼女の全てだと彼は感じていた。彼は、そんな彼女に向かっては静かに頷いた。
彼女の静かで、純粋無垢な思い。全てを、彼は受け止めて。
最後に、彼は仲間全員を見渡した。全員、最終決戦への覚悟は既に決めているようであった。
「……行こう。………彼女を止めに!…そして、この世界を守るんだ!」
◆◆◆
ラディウスに乗って、瓦礫の天使が歩んだ道の後を付ける。
大空を羽ばたく機械龍の上で、彼らは遠い先の水平線を望んでいた。
やがてラディウスはフィラデルフィアとハルバードが戦いを繰り広げている場所に着く。其処では両軍の飛行機が銃弾の雨の中を搔い潜っては戦っていたのだ。
しかし、この時点で世界には異変が見られていたのだ。空が焼け付くように赤く染まっている。
―――その瞬間であった。急に全てを飲みこむかのような衝撃波が発生し、両軍の飛行機は炎を上げて全機、落ちていったのだ。
衝撃波はラディウスに対しても襲い掛かったが、何とかして避けた機械龍。
だが、続けざまに大地震が発生したのか、遠くのフィラデルフィアの市街地やハルバードの市街地のビルが同時に崩れていくという悲惨な光景を目の当たりにしたのだ。
―――これが、クリスタル・スカルの力であった。
…彼女は、戦争状態の両国そのものを消し、自分だけの世界を作るつもりであったのだ。
世界が、泣いている。大地震の所為で、あちこちで悲鳴が上がり、鳴き声が鼓膜に入る。
―――瓦礫の天使は、その場で佇んでいた。
焼けつくような空を背景に、ラディウスの上で構えた一行を出迎えるべく、その瓦礫の翼を靡かせて。
世界を傷つけ、新たな時代を始めようとする天使は、彼らを睨み据えている。
「……ジェネシス。…どうしてジェネシスが、線文字Cを読めたのか…私は知っている。
―――教えてあげよう、其れはお前がエストネア3世の末裔であるからだ。不思議な力だと思っていたろう?―――半分、正解だ。
………だからこそ、私はお前の存在を厄介視していた。…私の全ての幕開け、新世界の創造。
………偽りなき、私の世界。…全ては、私の下で事象は成り立つ!」
「ふざけるな…。………ふざけるなァッ!!」
彼は目の前で佇む天使に、怒りを示唆した。
世界の更新を目的とした、彼女の野望。其れは今、世界を破壊せんとして―――。
彼らは武器を構えた。…何も、懺悔も無い。後悔も無い。あるのは…目の前の大きな試練だけだ。
「…私たちは……お前なんかの作った、似而非の平和なんて求めていない!
―――私たちは…自分たちだけで平和を築ける!余計な神の手出しなど無用だ!」
彼は大声で、何も恐れないまま彼女に言い放った。
…神への冒涜。自身を強大な存在に変貌したと自覚していた天使は、何も畏怖すら示さぬ彼らに、瞋恚を抱いていた。静電気を電流にしてはを身体に纏わせ、右腕と一体化した瓦礫の剣の刀身に力を込めて。
「―――――何だと?」
「そのままだ!お前は…自身が曾ての独裁者の末裔である事に心を奪われ、自らの非力さを呪っては人に帰依し、クリスタル・スカルの力を取り込んだ!
………そんなお前が、この世界の素晴らしさを…1番良く分かっていない!」
「貴様アアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
自身の瓦礫の甲殻を展開し、全てを飲みこまんとするような虚だな6つの翼を広げて。
ガチャン、ガチャンと機械的な音を焼け付く空に木霊させながら、右腕と一体化した剣を構えて。
瓦礫の天使は電流を纏いながらも、眼下のジェネシスたちと戦う姿勢を取った。
彼らもまた、臆せずに戦う意思を天使に見せつけていた。
「……此れは………私たち、人間の最後の闘いだ!行くぞ、こいし!」
◆◆◆
ジェネシスは大剣を構え、瓦礫の天使に向かって斬りかかった。
しかし、彼女も右腕と同化した瓦礫の大剣で、彼の攻撃を見事に弾き返したのだ。
圧倒的な力によって、彼はラディウスの上を転がりまわった。膝や肘に、大量の痣が出来る。
「……流石だわね、期待を裏切らない強さで!―――行くわよ!…アドヴェント・シリウスβⅦ!」
彼女は持っていらアルカナを輝かせたと同時に、現れたのは黒塗りのスーパーコンピューター。
轟音のような起動音を響かせては、虚構…幻影を作り出し、空から大量の隕石が降って来たのだ。
しかし、天使は真上を睨み据えては不敵な笑みを口元に浮かべ、襲い掛かってくる隕石群を衝撃波で全て破壊したのだ。
右腕の県から放たれた、全てを撃ち砕かんとする衝撃波。其れはあっという間にアドヴェント・シリウスβⅦの攻撃を無効化してしまう。
黒塗りのスーパーコンピューターはそのまま靄へと回帰し、天使は機械龍の上の一行を見据えた。
「……つ、次はワイが行くで!」
ケット・シーが続いてアルカナを掲げては、神剣を構えた巨大な龍が現れた。
大剣を構えた龍は天使を一刀両断しようとするも、逆に彼女の剣に胴を貫かれてしまったのだ。
そのまま靄へと回帰し、何も役立たないまま消えたのだ。
その時、一行はゼルファ・ルロヴィオが弱い事では無く、彼女の強さに怯えてしまっていた。
「……何で強さ何だ!?」
「………私は直に神となる。神となる者が、お前たち下民に負けるはずもない!
―――――最初からこの勝負の運命は分かり切っていたのだ!」
断言した彼女。
その瞬間、彼女は自身へ抗いを見せるジェネシス達に向かって、自身の瓦礫の右腕に更に力を溜めこみ始めたのだ。その様子が、次第に何処からか集まって来る瓦礫が示唆していた。
やがて瓦礫の塔のような大きさにまで成長すると、彼女はいとも容易く右腕を持ち上げては、ラディウスの上の一向に向かって叩きつけようとする。
―――このままだと、彼らは瓦礫に埋もれて死んでしまう。
此処で反応したのが、マター博士であった。瞬間的にアルカナを掲げ、召喚獣を呼び覚ました。
「……出て来るんじゃ!ソーシャル・マイン・ハルバード!」
その瞬間、瓦礫の塔が彼らを押し潰そう二なった時に現れた機械龍…。
自身の機能を最大限に生かしては、襲い掛かってきた瓦礫の塔を爆発で事前に崩壊させた。
彼らの頭上で爆発し、周りに落ちていく瓦礫。役目を終え、靄へ回帰した機械龍に対し、瓦礫の天使はジェネシスたちを睨み据えていた。
「……私に………小賢しい抗いを見せるな!」
瓦礫の天使は彼らに向かって衝撃波を放ち、全てを飲み込みそうな勢いで襲い掛かってくる。
しかし、ラディウスが機転を利かせては衝撃波を回避する。その隙を見計らって、彼は2つあるうちの2つのアルカナを天に翳した。
「出てこい!バハムート!」
その瞬間、彼の前に飛翔するような形で現れたのは龍…バハムート。
彼はブレイズバリスタを構えては龍に乗り込み、そのまま瓦礫の天使へと奇襲を図る。
まるで龍を乗りこなす、竜騎士になったかのような気分で、彼は天使を迎え討とうとした。
しかし、彼女は彼の存在を分かっていた。右腕と一体化した瓦礫の剣で彼の攻撃を受け止め、摩擦音と共に閃光が迸った。
しかし、彼女の敵はジェネシスだけでは無かった。
彼と戦っている間に、アルカナを天に翳したのは……慧音であった。
「―――出てきて!エピタル・アーマイオス!」
その瞬間、彼女の前に落ちてきた青い斧。
彼女は召喚獣に向かって、諭すかのような声で変形をお願いした。
「…アーマイオス、巨大な斧に変形して!」
その瞬間、彼女の背丈の4倍はある程の巨大な斧にアーマイオスは変形したのだ。
その大きさからしては似合わぬほどの軽さに、彼女は簡単に持ち上げては瓦礫の天使に向かって一刀両断した。その斬撃はジェネシスと鍔迫り合いを繰り広げていた瓦礫の天使に…直撃した。
「うぅ…うぉぉぉ…………」
狼狽えの声を上げ、そのまま力を緩めた天使。
ジェネシスは押し切っては大剣の一撃を天使に蒙らせ、一閃した。
瓦礫の天使は今さっきまでの威勢は無かったが、まだ生きていた。眼は相変わらず、羨望を浮かべていた。
彼はバハムートからラディウスに降り立つと、自然にバハムートは消えた。
しかし、慧音は連撃を掛ける。
「アーマイオス!次はマシンガン!」
すると召喚獣は斧からマシンガンへと変形し、慧音の掌の中に収まる。
すぐさまマシンガンを構え、狼狽えを見せる瓦礫の天使に向かって銃弾を連射する彼女。
弱っているのか、瓦礫が徐々に剥がれてきており、銃弾の攻撃も大概は利くようになっていた。
彼女は辛そうな声を上げながらも、慧音たちの方を見据えていた。
「……覚悟しろ!私は神…世界を統べる者だ!!!」
瓦礫の天使は苦し紛れにも、右腕と一体化した瓦礫の剣を天に掲げた。
すると大空は急激に真っ黒な雲海に覆われ、彼女の右腕に落雷が迸った。
彼女はその落雷を瓦礫の剣で受け止めると、全ての力を込めた一撃をジェネシスたちに蒙らせようとした。
ラディウスにも、その攻撃の凄まじさが震動として伝わってきていた。
やがて空をも突き抜けるような、周囲の瓦礫を集めて巨大な剣を形成し、エネルギーを纏わせてぶった斬りに掛かったのだ。
―――その時であった。
全員のアルカナのそれぞれの意思が共鳴し合い、襲い掛かってくる巨大な剣に対抗して、新たな召喚獣が生まれたのだ。
―――彼らの前に生み出された、一つの意思。
其れは形を形成しておらず、ぼんやりとしたような光の靄であったが、彼らには意思の声がしっかりと聞こえていた。
―――神は、この世に必要とはされていない。
―――全てを…取り戻すんだ。
その瞬間、彼女が放とうとしていた巨大な剣の一撃が崩れたのだ。
不思議な力なのか、彼女は急に脱力したと同時に鎧のように纏っていた瓦礫が剥がれていったのだ。
右腕と一体化した瓦礫の剣も崩れ落ち、彼女は元の身に戻っていったのだ。
「な…!?……何で!?どうして!?」
そんな彼女に向かって、一行は最後の一撃を蒙らせるべく…武器を構えた。
全員、思い出に少し気持ちが揺れてしまっていた部分があったが、既に懺悔の感情は消えていた。
……もう、何も怖くない。
ジェネシスは大剣を片手に、自身の服を風に靡かせながら―――そう、全てに決心をして。
「……喰らえ!―――これが、私たちの…本当の力だ!」
◆◆◆
瓦礫の天使は、その瞬間…消えた。
自身を鎧として纏っていた瓦礫が全て剥がれ落ち、クリスタル・スカルの力を失ったのだ。
そして、彼女の後ろに出来上がったブラックホール。其処に彼女を覆っていた瓦礫もろとも、こいしは吸い込まれていく。
「助けて!…助けて!ジェネシスさん!」
彼女は涙ぐみながらも、必死にブラックホールに抵抗した。
だが、彼はそんな彼女を…見ていて辛い気持ちではあったものの、決して手を差し伸べることは無かった。
彼は彼女を助けたかった。が…もう、怖くて信用出来なくなってしまったのだ。
あれだけ介抱してきたのに、最終的にはこんな別れになるとは…誰も、予測はしていなかっただろう。
「…たす……けて…………!」
そのまま、彼女は彼らに手を差し伸べながら、黒い渦の中へと消えてしまった。
まるで神のやった世界改革の片づけのように、ブラックホールは彼女の名残を全て…飲みこんでしまった。
ラディウスの前で繰り広げられた、哀れな彼女の最期。
―――やはり、彼は泣いてしまっていた。
「……こいし………ごめんよ…私が……私が………」
機械龍の上で、彼は泣き崩れてしまった。
彼女の野望に気づいてあげられず、こんな運命を果たしてしまった事に……。
泣く彼に対し、慰めるようにパチュリーが介抱する。彼の両肩の上に、優しく両手を置くと、彼の思いを分かち合おうとしていたのだ。
「……大丈夫、貴方は……1人じゃないわ。…こいしは……また何時か、戻ってくるわ。
―――――嘘偽りの無い、あの笑顔と一緒にね」
◆◆◆
バハムート・ラディウスはそのまま彼らを乗せて、フィラデルフィアの市街地へと降り立った。
案の定、神の降臨は話題になっていたが、其れを倒した英雄の帰還に、市民の声がどっと沸いた。
多くの市民に歓迎されながら、降り立つ一行。迎えてくれたのは、永琳と映姫と小町であった。
「……おかえりなさい。…みんな、貴方たちの帰りを…待っていたわ」
永琳にそう言われ、パチュリーたちは照れくさそうにした。
しかし、ジェネシスは悲嘆に暮れたまま、下を俯いていた。何が起きたのか、一応永琳たちも把握していた。
そんな彼に、ハルバード王国との停戦の話をした永琳。彼は驚き、平和になった世界に感銘を受けていた。
歓喜に溢れる市街地。凱旋を行っていたパチュリーたちは大手を振っていたが、彼はどうもそんな気分では無かったのだ。
彼は大剣を背に、目の前で笑う彼女たちに無理やりでも笑って見せた。ぎこちない笑みに、彼女たちは更に笑顔を浮かべていた。
「……此れからは、何が起きるか分からない。
―――――だからこそ、なのかもですね。…人生ってものが、ジェットコースターなんかよりスリルなのは」
◆◆◆
彼らはそのまま研究所へ帰り、手厚い歓迎を受けた。
元々が此処でジェネシスの元に勤めていたこいしの犯行だと知った時、他の考古学者たちは一瞬だけ狼狽えたものの、平和になった事に胸をなで下ろしていた。
慧音の部屋のラジオからは、改めて停戦の合意が発表されていた。
どうやら、合併することで石油を両方が平和に使えるようにするらしいのだ。勿論、ハルバード王国にもフィラデルフィアにも、いいところは沢山あった。
国王である靈夢はジェネシスたちとの戦闘で死亡したため、引き続き永琳が大統領を務める事となった。
彼の部屋。
懐かしい臭いが、鼻に着いた。
床に散乱している、崩れたカップラーメンの山。そんな光景に面倒さを感じながらも、不意に過去を思い出した。
―――此処で、こいしと話したんだ。
そう、彼女はブラックホールに飲みこまれて消えた。
もしかしたら、エストネア3世の姿だけ見えて、ハルシオンの姿が発見されないのは彼女みたいに、クリスタル・スカルに帰依したが為にブラックホールに飲みこまれてしまったのでは無いのか。
―――もう、こいしについてはどうしようも無い。
彼は、後ろを振り返らずに、前だけ見ることにした。空しさが、其処には存在していた。
「……ジェネシス」
彼の部屋に訪れたのは…パチュリーであった。
心配そうな顔を浮かべながら、椅子に座って過去に浸っていた彼に話しかける。
ジェネシスはそんな彼女に淋しそうな表情を浮かべていた。
「……何だ」
「……淋しいのね」
彼は、彼女の問いに対して何も言わなかった。
ただ、下を俯いては悲しそうに…。…彼女は、彼の気持ちを汲み取っていた。
静かに、彼に抱きついた。ぎっしりと掴んでは、淋しそうな彼を離さないように。
「……そうだな、もう『淋しい』なんて言ったら…怒られそうだな」
「…何よ、不器用な言い方……」
彼も、そっと優しく、彼女に抱き返してあげた。
柔らかな肌触り。その静かな間には、何千年何万年と遥かな時間が経過しているようにも思えた。
…ジェネシスは、もう怖くなかった。過去に怯える必要も、無くなった気がしたのだ。
―――こいしの優しそうな顔の影と、目の前のパチュリーの優しそうな顔が合わさったような気がして。
「…ありがとう」
「……何よ、改まっちゃって」
2人は…もう、分かっていた。
暖かな感覚が、口元に訪れる。優しくて、そして柔らかくて。
まるで絹に触れたかのような柔和さと温もりに……彼は、ずっとそのままでいたい気がした。
其れは…パチュリーも同じ事を思っていた。
―――過去の思い出からは逃れられないでいたとしても、未来は幾らでも変わる。
―――過去に囚われていても、未来はどうにだってなるのだ。
その日、ジェネシスは…一つの決心が出来たような気がした。




