47章 過去の追憶
デ・イラグラム前に着地したラディウス。
急いで降り立ち、先に中へと入っていった彼女を追いかける為にも、彼らも躊躇せずに中へ入った。
確かに、多くの紋章が壁に刻まれている。…其れは新約水晶髑髏聖書で見た物と一致していた。
しかし、彼らはそんなのを気にしている暇は無かった。調査はまた何時か出来る、しかし彼女の暴走を止められるは今だけだ。
だが、彼は未だに信じられない気分であった。…自分がエストネア3世の末裔であること。…確かに、当人にも似ていると言われた以上、自らながら信憑性は高かった。
しかし、彼は孤児だ。誰の子孫であるか、はっきりとは分からない。
孤児として生まれ、孤児院で育ってきた彼は人見知りで、特に目立った存在でも無かったが、彼に優しく手を差し伸べてくれたのが、同じ孤児院のパチュリーであった。
彼女は何処か別世界から来たと言っては、法螺吹き扱いされていたが、彼は信じていた。
考古学者になったのも、彼自身が不思議な物に興味をに抱いていたからかも知れない、と言うのも普通ならいるはずの親がいなかったからだ。
同年代の子を見る度、どの子もお母さんやお父さんと言ってはニコニコ笑う。しかし、彼には笑う対象が存在しなかった。
淋しい、と言うよりも不思議に思っていた。親の存在を当たり前だと思うようになった頃、自らの親がいないことに気づくと…この世界は不思議な物で溢れている、と考えるようになった。
だからこそ、なのだろう。彼がパチュリーの言う事を全うに信じ、疑いもしなかったのは。
―――彼女が元々は魔法使いであったことも、空を飛べたことも。
嘘吐き、法螺吹き呼ばわりされた彼女は苦しんでいた。
事実なのだろう、しかしあり得ない事象を前に嘘と断定するしか無かった。
だが、人見知りの彼に手を差し伸べてくれた時のように、泣く彼女にゆっくりと手を差し伸べたのは彼であった。
今や、彼らは考古学者として世界を駆け巡っている。
彼は自由奔放な性格で、束縛やしきたりを嫌ってはよく考古学研究所から姿を消す。
彼女も、仕事を放棄して旅に出る彼に苛立ちを感じることがあったとしても、決して本気で怒ったりはしなかった。
何時も馴れ合いの、優しさが入り混じった怒り方であった。
そして―――彼らは今や、時の人となっている。
こいしの暴走を止めるべく、世界を守るために…彼らは武器を構えていた。
煤けた、薄暗い神殿内を進んでは、彼女の後を追う。
所々に刻まれた線文字Cも、何時かは調査してみたいと願って。
やがて奥へ入り込むと、巨大な広間へと出る。
煤けた、薄暗い空間の中で鮮明に存在していた、階段の上に置かれてある台の上の代物。
全てを明るく照らし、神々しくもその場で光り輝いていたのだ。
そんな代物を前に、彼女は立っていた。光によって彼女の背中が影として置かれる。
両手を広げ、不敵な笑い声を静かな空間の中で呼応させる。案の定、その代物は彼女の心の悪に気づかないまま輝いている。
「……こいし!もうやめろ!」
彼は代物の前で不敵にも佇んでいた彼に話しかけた。
彼女は笑った。それは自分へ忠告をしてきた彼へ、嘲笑うかのように―――。
「……何を?」
「お前は……水晶髑髏に毒されている!思念が全てそいつに飲みこまれているんだ!
―――帰って来い!お前は…そう言う奴じゃ無い!」
ジェネシスは本気で…嘘偽りなく、正直に語った。
しかし、彼女はそんな彼の意思を仇で返すかのように、ただただ笑っていた。
怒りを覚えた。自分の気持ちさえ、分かってくれない奴じゃ無いと信じていたからだ。
「…クリスタル・スカルは私の物だよ。……全てを統べ、そして世界を統一する。
―――私はね。…私はハルシオンの末裔。だからこそ、正当な世界の継承者なんだよ。
………ジェネシスの祖先、エストネア3世は私たちから見れば、ただの泥棒ネコだ。
そんな奴が出しゃばって、歴史に名を遺そう、だなんて………馬鹿じゃないの?」
「違う!エストネア3世は……貴方の祖先が行っていた独裁政権を打破すべく、革命を起こしたの!
……資料にも載ってたわ、新約水晶髑髏聖書ね。
―――――貴方が行おうとする事は、この世界を闇に染める事と大差は無いのよ!」
ジェネシスを守るべく、パチュリーが彼女に向かって反論を述べた。
階段を上った先にいる彼女は、眼下の一行を見下し、馬鹿にしている表情を作っていた。
反論してきたパチュリーを小賢しく思ったのか、苛立ちを浮かべながらも笑っている。
何処となく、不安を煽るような……そんな顔を浮かべて。
「…私の祖先が築き上げてきた文明は絶対だから、逆らう事は許さないよ。
―――もしも、こいしに…いや、未来の世界の王に逆らうなら……許してはおけない」
彼女は曾て慧音に支給された、二丁銃を取り出した。
2つの銃口を眼下の一向に向けては、躊躇いもなく戦う構えを見せた。
彼女は思い出なんか存在しない。しかし、ジェネシスは彼女と過ごした一時を忘れられずにいた。
だが、今更になって願いを乞おうなど、微塵も思ってはいなかった。最後まで、自らの意思を突き通す為にも。
「―――なら、お前を……私たちが止める!………行くぞ、こいし!」
◆◆◆
彼は大剣を構え、階段上の彼女に向かって斬りかかった。
しかし彼女は左手で携えている銃で彼の大剣を防いでは受け流し、彼の攻撃を空回りさせる。
その隙を見計らって、慧音とパチュリーも彼女に殴り込むものの、向けられた銃口に2人はたじろいでしまった。
「……結局は何も出来ないじゃん。………そのちっぽけな力で、何をするの?」
「………わしはこいし…お主を元の優しいあの頃に戻すんじゃ!其れが…わしらの使命じゃ!
―――――来るんじゃ!………ソーシャル・マイン・ハルバード!」
彼女の問いに答えるかのように、マター博士はアルカナを掲げた。
すると靄が掛かり始めると同時に現れた、蛇のような胴体と竜の形容をした胸が組み合わさったような存在。
大きな翼を煤けた薄暗い空間の中で広げると、彼女に向かって大爆発を起こさせる。
水素原理を利用した爆発は一瞬で台を溶かすように破壊した。例の代物…水晶髑髏は吹き飛んだものの、爆発と同時にジャンプして回避したこいしの手に渡ってしまう。
しかし、続いてアルカナを掲げたのは…慧音であった。
「……私だって行くよ!…来て、エピタル・アーマイオス!」
慧音が召喚したと同時に現れた、変形自在な青い斧。彼女は落ちてきた斧に向かって命令を下す。
焦燥感を募らせながらも、彼女はアーマイオスを用いて戦おうとしているのだ。
「……アーマイオス!マシンガンに変形して!」
すると斧は忽ちマシンガンへと変形を遂げたのだ。
彼女は急いでマシンガンを装備すると、銃口を爆発から避けようとする彼女に向けては銃弾を放ったのだ。
しかし、空中回転回避で彼女は巧みにも、銃弾を華麗に躱してしまう。
続いてケット・シーとマター博士も拳銃を構えては彼女を狙うも、身のこなしが軽い彼女にとっては簡単な問題であった。
しかし、此処で加わったのがジェネシスであった。
攻撃を避けられ、そのまま階段の壇上から転がっていくように落ちた彼であったが、何とか態勢を立て直したのだ。
大剣を片手に、そのまま彼は銃弾を避ける事に集中していた彼女の反対側に行く。
そして、近づいた時点で急襲したのだ。
「なっ……!?」
彼女の背中に刻まれた、大剣の一撃。
其れは不意を窺った、まさかの一撃であった。彼女は攻撃を蒙っては、そのまま動きを止めた。
すぐさま3人の放つ銃弾の雨あられの餌食となり、そのまま彼女は狼狽えてしまう。
彼は大剣を盾にしていたため、何とか防ぎきったものの、彼女は体のあちこちに銃弾が貫通して出来た穴が穿たれていた。
「……終わった、のね…」
パチュリーはバタリと倒れ、体中から血を流している彼女を憐れんだ。
これだけの銃弾を受けていれば、どんなことがあっても絶命するはずだ。
彼女が持っていた水晶髑髏が落ちている。パチュリーが其れを拾い上げようとした時、彼女の腕をこいしが掴んだのであった。
「…何!?」
「……私はこの世界の順当な由縁者………。
―――私はこの世界を手に入れる……何があっても、どんなことがあっても……"絶対"、だ…!」
するとこいしは持っていたアルカナを自身の身体に押しつけると、彼女の身体は急に光輝いたのだ。
其れは靈夢がバルトアンデルスへと変貌を遂げたのと同じものであった。
彼は反応した。震えながらも、光輝く結晶を抱いては力を取り込ませない為にも。
一番彼女と近い場所にいたパチュリーは電気ロッドで彼女に殴りかかった。…しかし、もう遅かった。
閃光が辺り一面に放たれ、全員が目を瞑った。
光り輝くオーラ。其れが途切れて、彼らが目を開けられる状態にまで明るさが戻った時、其処には巨大な機械の神が存在していた。
身体に敷き詰めた、蔦のように絡まる光ファイバーの力を動力として、常に浮遊している存在…。
―――そう、それこそが彼女の変貌した姿なのであった。
一行は狼狽えの色を見せた。ジェネシスも、彼女の変身に焦りを浮かべていた。
「……私はルクス………。…この世界を統べる、第一神だ。
―――――全ては私の下で証明され、事象が成り立って行く…。…私は全て、永遠なのだ―――。
……私を崇め、そして讃えよ。……世界は今、希望と歓喜で満ち溢れている!」
◆◆◆
ルクスは自身を取り巻く光ファイバーを破っては、中の閃光を解き放ったのだ。
その瞬間、質量を持つ閃光が雨となって、彼らに向かって降り注いだのだ。
彼らはパニック状態に陥りそうになったものの、此処でアルカナを掲げたのはパチュリーであった。
「…行きなさい!アドヴェント・シリウスβⅦ!」
すると靄と共に現れた、黒塗りのスーパーコンピューターは幻影を作ったのだ。
幻で出来あがった盾は襲い掛かってきた閃光の矢筋を次々と防いでいく。
円形の雲のような物体は全ての光をかき消しては、そのまま不思議にも消えていく閃光―――。
やがて光の雨が降り注ぎ終えると同時にスーパーコンピューターは消え、靄へと回帰した。
「……喜ぶのだ。光がこの世界を覆い、やがて真なる平和が訪れる――――」
「お前の平和なんて、結局はお前自身に帰依された、束縛された世界じゃないか!
―――――悪いね、私は束縛ごとが嫌いなんでね……!…分からずや、何て思うなよ……!」
彼は大剣を構えると、浮遊する存在に剣先を向けた。
その瞬間、彼は機械神に向かって一閃を図ったのだ。しかし、ルクスも黙ってはいなかった。
自身の機械の欠片を盾代わりにしては、彼の攻撃を防いだのだ。
しかし、此処で動いたのはケット・シーであった。猫は持っていたダイナマイトを自身の機能である着火で点火させ、ダイナマイトを投げつけたのだ。
ジェネシスは其れを見計らって離れたと同時、ルクスに襲い掛かったのは紅き閃光であった。
―――その瞬間、凄まじい光と共に巻き起こった爆発。
ルクスは飲みこまれた。蔦のように光ファイバーが絡まる機械神は、その一撃を前にして狼狽えざるを得なかった。
ジェネシスたちは空中で爆発を遂げる機械神をただ見据えては、この世の儚さを悟っていた。
◆◆◆
「……終わった、のか………?」
彼は心配ながらも、そう呟いた。
空中で大爆発を遂げた機械神は崩れ去り、元の姿である彼女が地面に伏せては倒れていた。
彼らは油断せずに、じっと睨んでいた。クリスタル・スカルは、彼女の掌の中に存在していた。
……すると静かにも、彼女は笑みを浮かべた。そして、不気味な笑みを浮かべたのだ―――。
「な、何がおかしい!?」
彼女は、そんな彼の問いに対しても笑みを浮かべていた。
あちこちから出血しては、何かの憑依されたかのように世界に執着を見せる彼女。
彼女がハルシオンの末裔かどうかは定かではないが、今起きてる悲劇を事実だと見つめたくなかった自分がいたのは明白であった。
そして―――彼女は両手を広げては、彼らへと演説のように話しかけた。
声高らかにも、其処には彼女の思念、欲望、羨望が詰まっていたのだ―――。
「……いずれ、人は消えていく…。…この無常には逆らえないから。
……でも、人はまた…何かを遺そうとする。それが儚くとも…。
…ジェネシス、この戦いは、まるで…ハルシオンとエストネア3世の戦いみたいだ。
しかし、奇跡など起こりうる訳が無い。ジェネシスが勝てることなど…無いのだから……!
私が全てを壊し…全てを作る! 破壊の前に…創造がある!
かつて……ハルシオンがシュトラ文明を作ったように…!」




