44章 アルカナの偶像
ラディウスの背中の上で唐突に現れた機構の神―――バルトアンデルス。
巨大な顔に浮かぶ、歪んだ表情を前に彼らは武器を構えて対峙した。
白亜の存在は不敵な笑みを浮かべ、鋼鉄で出来上がった天使の翼を羽ばたかせては銃砲を向けた。
そして一斉にホーミングミサイルを撃ち出したのだ。
ジェネシス達に襲い掛かるミサイル。
しかし、彼は大剣を構えてはミサイル全てを防ぐために盾代わりにして構える。
襲い掛かってきたミサイルは盾としたブレイズバリスタによって防がれ、爆発が彼の元で連鎖的に起こる。
彼は辛い表情をしながらも耐え、その間にパチュリーが動いた。
「―――出てきなさい!アドヴェント・シリウスβⅦ!」
彼女は懐にあったアルカナを掲げると、光輝いたと同時に黒塗りのスーパーコンピュータが現れた。
コンピュータは機能を起動させ、目の前にいた機械の神に向けて幻影を作り出した。
白い霧をラディウスの背中の上で発生させ、全員を包むと空から巨大な隕石が落下してきたのだ。
それらはバルトアンデルス目がけて落下するが、当機械は一部損傷を喰らっただけで平気だったのだ。
やがて黒塗りのスーパーコンピューターは白い霧に包まれては消えてしまう。
「……あ、アドヴェント・シリウスβⅦの攻撃が効かない!?」
「……壊れた意思に…思念は宿らぬ」
バルトアンデルスは自身の機能を拡張させ、マシンガンを何十本も構えた。
自身の体内に備え付けられていた機能はジェネシスたちを畏怖させるものであった。
銃口を一斉に向けては、連射を彼らに放つ。……全てを射貫かんとするような勢いで。
しかし、此処で動いたのはマター博士であった。
「行くんじゃ!ソーシャル・マイン・ハルバード!」
彼がそう言ったと同時にアルカナを掲げると、蛇のような胴体と竜の形容をした胸が組み合わさったような、大きな翼を携え、冷酷な眼差しを浮かべていた機械龍がその姿を露わにしたのだ。
機械龍は放たれた銃弾をジェネシスたちの代わりに受け、身代わりとなった。
バルトアンデルスは機械龍に銃弾が効かない事が分かると、その巨大な顔の表情は歪んでいった。
「…貴様………!」
バルトアンデルスは盾となっているソーシャル・マイン・ハルバードを焼き尽くす為、自身の身体からナパーム弾を撃ち放った。
炎を上げては空中を舞う弾。中にはゼリー状の容体が入っており、広範囲を焼き尽くし・破壊する力を持つ弾にとってラディウスまるごとを焼くことなど容易いのであった。
しかしソーシャル・マイン・ハルバードは自身を犠牲に、ナパーム弾の中のゼリー状の容体を自身にくっつけては空中に飛び出したのだ。
ソーシャル・マイン・ハルバードはナパーム弾の焼却効果で内部構造がやられ、そのまま爆発した。
派手に爆発した情景に、マター博士は嘆くがバルトアンデルスは笑っていた。
召喚獣の派手な最後を、楽しい宴としか捉えていなかったかのようであった。
「……やはり、意思は優しくて甘いものであったか。
―――アルカナを道具として使ってるお前たちと、アルカナを飲みこんだ私との力の差は歴然だ……!」
バルトアンデルスは彼らに向けてナパーム弾を発射した。
空中を貫き、全てを焼かんとする弾に対して、ジェネシスはアルカナを掲げた。
光り輝く結晶を上に、彼は声高らかに宣言する。
「出てこい!バハムート!」
すると何処からか、天の彼方から現れた龍が彼らの前に降り立った。
バルトアンデルスから放たれた、焼け付くナパーム弾をその逆鱗に付着し、龍の身体は燃え上がった。
しかし、龍はナパーム弾の炎を身体に纏わせ、炎の渦を自身の周りに作り上げては空中に舞い上がった。
巨大な咆哮。大きな咆哮はハルバードの市街地にも満遍なく行き渡りそうな程であった。
そして龍は炎を纏いながら―――――機械神に向かってダイブしたのだ。
燃え行く龍。
大きな翼を羽ばたかせては、そのナパーム弾の炎と共に舞い上がる―――。
バルトアンデルスに体当たりをし、機械神は大きな傷を蒙った。
機械で出来ているために燃え移る事は無かったが、天使を象った鋼鉄の翼は取れ、外装の一部がはがれてしまう。
機械神は鈍いような声を上げたと同時に狼狽えの色を、その大きな顔で浮かべた。
「………うごごぉぉぉぉぉぉぉ………………………」
しかし、機械神はそのまま持ちあがり、態勢を立て直した。
崩れたパーツがラディウスの背中の上で散乱する。ジェネシスは立て直したバルトアンデルスを睨み据えた。
大剣を構え、そのまま彼は隙を窺っては斬りかかる。しかし、向けられた幾つもの銃口に怖気づいてしまう。
「……お前たちは何も知らない。………古代シュトラの英雄は…クリスタル・スカルの力を貰い受けてこそ、文明を成就させたことを!
――――私に帰依せよ!―――――エデン!」
その時、彼らに戦慄が走った。
そうだ、アルカナを取り込んだ以上、バルトアンデルス自身にも別の"意思"があるのだ、と。
やがて蒼天が神々しくも、黄金の色に染まり、バルトアンデルスの後ろに現れたのは大きな『楽園の園』であった。
天使の翼が生えた浮遊大地である楽園の園はラディウスの上にいたジェネシスたちに向かって魔法陣を描いては、神聖で神秘的な巨大光線を放った。
―――その攻撃は、僅か一瞬の出来事であった。
彼らは目を瞑った。唐突に現れては、神のような形容をした異形の存在にひれ伏したのだ。
しかし、諦めなかったのは……レミリアとフランであった。
彼女たちは持っていたアルカナを2人同時に天に掲げ、お互いに声高らかに宣言する。
「出てきなさい!――――エンディ・ルメト!」
「フランたちを助けて!――――アゾレグ・フィニションエンリル!」
2人の前に現れた、巨大な機械の鳳凰と大蛇。
2体の召喚獣はバルトアンデルスが召喚した楽園の園の光線に対抗し、ジェネシスたちの前にプログラムを実体化させた二重の壁を張ったのだ。
エンディ・ルメトは物理を、アゾレグ・フィニションエンリルは特殊をかき消すバリアを張って。
エデンの凄まじい威力の光線は二重の壁を突き破る勢いであったが、光線が切れた後も壁は残り続けた。
しかし、プログラムの壁は既に崩壊寸前であり、まさに九死に一生を得たような感じだ。
「……た、助かったのね………」
「せ、せやで…。…生きた心地がせんねんな………」
慧音とケット・シーは辺りを見渡しては、自身の生存を改めて確信していた。
そしてレミリアは武器を持っているジェネシスたちに向けて、応援のメッセージを送った。
其処には敵味方関係なく、「悪」と言う強大な存在に立ち向かおうとする、彼女の決心があった。
「……ジェネシス!………靈夢を…国王をやっつけちゃって!」
そんな彼女の声に対して、彼はフフッ、と静かな笑みを浮かべた。
自身に取り込んだアルカナの意思を読みこんだバルトアンデルスは疲弊している。そんな様子を前に、彼は彼女に返答をした。
「……言われなくても分かってますよ、レミリア様、っと」
皮肉ったかのように言うと、大剣の先を再びバルトアンデルスに向けた。
当のバルトアンデルスは意思による召喚獣の呼び出しによって起こった疲弊を何とか回復させ、態勢を立て直した。
そして5人はバルトアンデルスの前に正々堂々と立ち、対峙する。
「……わしはまだまだ現役じゃぞ!」
「ワイも猫だからって言って舐めたらあかんで!」
「そうよね。自らが神に為り切ったからだと言って、下民に殺される可能性はあるものよ?」
「……技術的特異点は訪れるに、まだ早いわ。その時まで焦らずに待っていなさい」
マター博士、ケット・シー、慧音にパチュリー。
4人は狼狽えの色を見せるバルトアンデルスに、敢然にも立ち向かおうとしていたのだ。
彼もまた、負けている訳にはいかなかった。隙を見せている機械神に向かって、今までの愚行の罰を下す為にも。
「―――――ハルバード国王……此処で失せろ!」
5人の一斉攻撃が、彼の一筋の叫びの後に放たれた。
大剣は機械神の装甲を破壊した。電気ロッドは機械神の緻密な設計にダメージを与えた。
健脚は大剣が破壊した跡に露呈した緻密部分を破壊し、拳銃は機械神の心臓部分とも言えるモーターを止めた。
そして、再び召喚されたソーシャル・マイン・ハルバードは抵抗出来ない身体となった機械神にとどめの一撃を放つべく、凄まじい大爆発を巻き起こしたのだ――――。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……………………」
空中で舞い起こった、厖大なエネルギーが空中に放出された爆発。
其れは下界の民衆たちにも、視界にまじまじと映し出されていた。国王の死、そのものを。
機械龍の上で燃え上がる、黒筋の煙。そして、機械神はその身を崩し去ったのであった―――。
◆◆◆
爆風が収まり、閉じていた眼を開くと、ラディウスの背中の上で国王が右膝を地面に付けて座っていた。
息苦しそうな呼吸は過呼吸と為り、その音は鮮明にも聞こえる。
傷だらけで、汚れきった黄金のマントは寂しくも風と呼応を示す。
そんな彼女の元に足を運んだのは、彼女自身によって蹴られ、罵詈暴言を吐かれた姉妹であった。
特にフランは眼下の国王をこれでもかという程、睨み据えていた。
「……これでお終いね、国王様」
「……フッ、朽ち果てたものだな、お前たちも………」
皮肉な発言をした彼女に対し、国王は言葉を返した。
靈夢は何とかして立ち上がり、彼女たちの前で両手を広げて見せる。
敗北しても尚、不敵な笑みを浮かべ続ける点は不安を仰がせる。
「……人間は…何も使えん。道具としての価値も、見い出せん。
――――この"靈夢"としての身体を演じるのも、飽きが来た。……後は好きにしろ、この国を栄枯盛衰に陥れるか、導くか――――」
「……人間は使えない、とか………お前、何様のつもりだ!?」
彼女へ…いや、機械神への怒りを露わにしたのはジェネシスであった。
負けても尚、その威勢を消さずに佇む姿に、彼は苛立ちさえ覚えていた。瞋恚の震えが身体を走る。
再び大剣を片手に、彼はただ口元に笑みを浮かべては存在していた機械神を睨んでいた。
「…所詮、『裏切りや馴れ合いの友情が蔓延る』と言う困った機能が付いたオンボロ機械だろう……。
――――それとも、何だと言うのかね?君たちは、君たちなりの信念があるのかね?」
「―――あるわ」
機械神への問いに答えたと同時に、一歩前に出たのはパチュリーであった。
憶せずにも、前に着き進もうとする意思。其れが、彼女の真剣な表情から読み取ることが出来た。
右手に持つ電気ロッドには、静電気程の小さな電気が僅かな音を立てては残っている。
「……貴方には無い、私なりの概念。………この世界を平和へと導こうと想える気持ちよ。
敵であれ、味方であれ。同じ意思を持つものは仲間となって、グループを形成する…………。
―――機械には其れが出来たかしらね?孤独を常に背負い、平和を投げ捨てては世界の中心に立って力をひけらかす、貴方には其れが真似出来るかしらね!?……バルトアンデルス!」
怒りの声。
彼女の持つ、其の意思がそのまま言葉となって反映された。
機械神であった靈夢には無くて、人間である彼女たちには存在するもの。…其れは感情、だ。
利己主義として、常に自分の価値観を見出そうとする機械とは異なり、呉越同舟とも言うように意思が同じであれば敵であれ味方であれ、真実を見出すことが出来る―――。
……例え、其れが虚偽の概念だったとしても。
いずれは人間としての、自らの存在の価値を見出すことが出来るのだから―――。
「……ならば、機械が持つ『呪い』とやらを見せてやろう――――――」
すると彼女はラディウスから身を投げたのだ。
しかし、機械龍の背中にいた彼らを地獄へ道連れにするべく、何本もの機械の腕を生やしては彼らを掴もうとする。
其れはまるでヘカトンケイルのように、無数の手を真下から生やしては襲い掛かってきたのだ―――。
「…なッ!?」
彼らは狼狽えた。
しかし、此処で登場したのがレミリアとフランだ。
国王が先走った事を喜びながらも、自らの使命を最後まで果たせた2人は最期まで、その使命を抱いて―――。
「………ジェネシス、約束したわよ。この国を、平和にして」
そう、彼らに見返りとした際に話しかけたレミリア。
彼らが答える隙も無く、フランはそのままジェネシスたちに微笑みを見せると2人はアルカナを自身の意思と合体させた。
其れは靈夢がバルトアンデルスに変身する際と同じように、自らを召喚獣としたのだ―――。
彼女たちは、召喚獣となった。
巨大な鳳凰と大蛇になった2人は強固な二重のバリアを張り、道連れの手を止める。
手は勢いよく、その隔たりを破ろうとするが……バルトアンデルスとしての力を失い、やがて手はそのまま下へと消えていった。
その瞬間、召喚獣となった2人は彼女の手に掴まれ、そのまま下へ落ちていったのであった…。
「れ、レミリア――――ッ!」
「ふ、フラン―――――ッ!」
ジェネシスとパチュリーは下を覗き込んでは、2人の名を必死に呼んだ。
しかし、彼女たちは既にその行方を晦まし、彼らの視界に映る事は決してなかった―――。
…犠牲に、なったのだ。哀れな王に人生を左右され、最期もこのような非業の死であった。
しかし、王に抗いの色を見せれた時点で、彼女たちは安心できたのだろうか。
最期に浮かべたフランの微笑みと、レミリアの言葉が頭の中の記憶に残り続けた。
◆◆◆
辺りには、沈黙が訪れた。
バルトアンデルスによって操られていたバハムート・スカーレットはすんでのところで何とか戦闘機に射落とされては空中分解した、燃え行く残骸が市街地の公園に雨となって降り注ぐ。幸い、公園には誰もいなかった。
ジェネシスは立ち上がると、静かに仲間たちへ述べる。
「……私たちは、私たちの出来ることをしよう。
―――――このままでは、こいしに嫌な予感しかしない。奴は狂っている。
……止めよう、平和の為にも。秩序安寧の為にも。……そして、私たちの身代わりとなったレミリアとフランの為にも。
…………急いで研究所にいるはずの奴を追いかけよう」
仲間たちは、何も言わないまま静かに頷いていた。
パチュリーも、彼の右肩を優しく触れては、暖かな温もりが伝導する。
彼は分かっていた。自分たちが今、何をすべきなのかを。
すると、先程までバルトアンデルスがいた場所に、光輝く結晶が落ちていた。
……まさしく、アルカナであった。此れは靈夢…もとい、バルトアンデルスが召喚に用いたアルカナであった。
……このアルカナの意思はエデンだ。敵となれば強いが、味方になれば心強い話だ。
彼は拾っては懐に入れ、ラディウスに次なる使命を下した。
「……ラディウス!ハルバード考古学研究所に突っ込め!」




