39章 喚び出されし者:バハムート・ラグナロク
彼は心を射貫かれたかのように驚き、そして絶望した。
……猫の言う事は真実なのだろう。其れを信じたくない自分がいたとしても、全ては事象に変わりないのだから…。
欺瞞されていたのか。知りたくない事実を知って、彼は頭を抱えていた。
「…嘘、だろ…」
「……信じたくない気持ちはワイだって同じやで。
…だけどな、こいしはんは…スパイっちゅう事実に…変わりは、無いのへんな」
こいしは…ハルバード軍のスパイだったのか。
猫に寄れば、電話でさとりと会話しては笑みを浮かべていたという。
多くの考古学者によって歓迎され、浮かれていた慧音やパチュリーからこっそりと離れ、静かなトイレで電話していたという。
しっかりと相手の名前を名指しして談笑している姿は…正に悪魔そのものであったのだ。
彼は一旦落ち着く為に、机上にT-falを置いた。
ゆっくりと深呼吸し、皺だらけの服を整えた。資料を少しだけ片づけ、机の表面積を大きくして。
ヘリコプターでしっかりと持ち帰ったサンプル…線文字Cで書かれた本である旧約水晶髑髏聖書は一枚一枚がクリアケースみたいなカバーで守られていて、簡単には傷つかないようになっていた。…此れは他の考古学者たちの粋な計らいだろう。
「…其れが本当なら、私たちのサンプルを奴に見せてはいけない。―――信じたくはないが、出来るだけ取り組もう」
「せやで、ジェネシスはん。…今のこいしはんは…いや、こいしは只のスパイやけんな。
―――情報はバラしちゃいかんへんで。…ハルバード王国にだだ漏れや」
◆◆◆
彼は気持ちがスッキリしなかった。
猫は浮かれているパチュリーや慧音に言ったところで信じて貰えないだろうと思ったのであろう、だからこそジェネシスの元を訪れては、口にしたのであった。
ジェネシスはどうも、気分が悪かった。だから、考古学研究所内に設置してある自販機で久々に炭酸飲料を購入した。
150円を硬貨挿入口に入れ、ボタンを押す。
すると紅いラベルが特徴的なコカ・コーラの150mlが一本、取り出し口に姿を見せた。
彼は無造作に取ると、冷たい感触が右手に触れる。
何時もは暖かな紅茶やコーヒーを飲む彼が冷たい飲み物を買うのは滅多に無い事である。
そのまま、受付前のソファーに座ってはコーラを開栓した。
炭酸飲料特有の弾け音が開栓時に響く。幸いにも、膨張したコーラが溢れる事は無かった。
ゆっくりと開け、甘い臭いが鼻につく。ゆっくりとペットボトルの口に唇を付け、中身を飲む。
―――冷たい、喉越し。
久々に味わったような、爽快な気分。…そして何処か、ぬかるんだ様な齟齬した感情。
遠くではパチュリーが新入りの考古学者たちに武勇伝を聞かせている。まるで先生のようだ。
しかし、彼は何処か苛立ちをぶつけたくなった。…信頼していた部下の裏切りを知ってしまったからである。
「………で、私がね~」
彼女は勇者になったかのような気分で話している。
此処で水を差す為に、彼は飲みかけのコカ・コーラを閉栓しては懐に入れ、立ち上がった。
フロント近くで話している彼女は話を確実に誇張しており、如何にも自分が全てかのように語っていた。
「…おい、騙されるな。コイツが自らを勇者のように語っているが、全部ウソだ」
「な、何よっ!全部真実だったでしょっ!?」
無理やりなこじつけにも流石にまずいと気づいていたのか、彼女は冷や汗を掻いていた。
彼はそう言い残すと、そのまま何処かへ去ろうとした。…何時もは更に食いつくのが彼の魚だ。
何時もとは違う彼の様子に何処か気になったパチュリーは、去り際の彼の右手を掴んだ。
「…何だ」
「…何よ、何時もならもっと攻めてくるのに。今日はやたらつまらないわね。
―――教えなさい、何があったのか、をね」
◆◆◆
彼女に連れられて、そのままパチュリーの部屋に呼びだされたジェネシス。
……猫から聞いた事を全て、彼女に漏れなく話すとパチュリーは椅子から転げ落ちる。
態となのか、其れとも本当に腰が抜けたのか。…彼には分からなかったが、彼女は唖然としていた。
「…本当、なのかしら」
「…嘘なら言わない。……思い当たる節が幾つかあったし、やはり此れは事実なのではないのか…」
「………じゃあさ」
パチュリーはそんな彼に口を尖らせて、質問した。
ケット・シーの言う事を完全に信じ切っていた彼へ問う質問は、彼女なりの考えであった。
こいしがスパイかどうかも今は分からないが、スパイでない可能性も、スパイである可能性もある。
「…ジェネシス自身は、こいしの事…どう思ってるのよ」
そう聞かれた時、彼を取り巻く空間の時間が止まったような感覚に陥った。
彼女にそう言われた時、自分が情報に覆われて自らの感情を隠していたことに……。
ケット・シーの情報が嘘かどうかも分からない。だが、エストネア3世の件ではどうも居心地が悪い。
「…私は…信じたくないが、やはりそう言われると…」
彼は嫌だった。
何故、こんなにも残酷な話が今になって出てくるのだろうか?
…見抜いたケット・シーを批判している訳でもない。だが、彼女とはよく話した関係であった為、信じられない齟齬感が大きかったのだ。
彼は彼女の部屋に用意された、袋が開けられてフリーな状態である柿の種のお徳用パックを食べ始める。
硬い感触がどうも彼の気持ちを和らげるような気がした。
「…食べて苛立ちをかき消そうとしてるのね」
「…其れが事実なら、受け止めるしかない。…だがな、人には誰だって過去は付き物だ……」
彼は静かにそう語ると、明かりを灯す天井の蛍光灯を見据えた。
蛍光灯は何も変化なく、淡々とその場で光り続けている。椅子の背凭れに腰を掛けて、ただ天井を見上げていた。
―――空しくなった。其れは今、彼が置かれた状況と相俟って、不意に涙が零れた。
………信じていた。だからこそ、心が急に穴が開いたような感覚に襲われて、儚い気分に至る。
―――自分とは、一体何なのだろうか?自分は、彼女に利用された捨て駒なのか?
………途方もない、自分自身への問い。アイデンティティークライシスに陥った彼は、頭の中で永劫に自分へ問い続けていた。パチュリーは変な様子である彼の顔の涙腺を見ては、ハンカチで拭き取った。
「…何、泣いてるのよ。…まだ事実だと決まった訳じゃないわ。
―――それに…貴方が泣いてる姿を見ると、私まで泣きたくなるじゃない……」
彼女は半泣きの彼を静かに慰めた。
強情な彼女が見せた、ふかふかのタオルのような暖かい一面。そして優しい表情。
…意外な一面に、何処かパチュリーに申し訳ないような気持ちに至った。
「…ごめんな。…まだ決まった訳じゃないな。…はははは、私は何を…。
………そうだ、サンプルの鑑定しなくちゃな…。…私しか線文字Cは読めないしな…」
そう無理に彼は言うと、椅子から立ちあがった。
引け目を感じて、彼はそのまま無言でパチュリーの部屋から出ようとする。
しかし、彼女はまだ心に蟠りを遺していた彼の右手をしっかりと両手で掴み、離さない。
彼は自らを引き留める彼女の感情が分からないでいた。どうしてなのか?
「…何故止める」
「……私も行くわ。…貴方は、迷ってる。
いきなり置かれた状況に戸惑って、自らの過去と今の状況に板挟みにされてる。
……私がいないと、貴方は何も出来ない癖に」
「…勝手にしろ」
彼がそう言うと、彼女も静かに彼の後をついていった。
通路を歩いている時、こいしが2人の姿を見つけては楽しそうに手を振った。
彼は笑みを返した。しかし、ぎこちないその笑みに、何処かこいしは不思議そうな感情を浮かべていた。
彼らが去った時、彼女はスマホを取り出した。
そして電話を用いて、相手と連絡を取っていた。…誰にも聞こえないような、小さな声で。
「…あーもしもし?…お姉ちゃん?」
◆◆◆
会議の部屋にて、熱帯雨林の中の遺跡で入手したサンプルの監査が行われようとしていた。
ヘリコプターに載せられていた遺跡のサンプルは一部破損があったものの、大体は傷がつかないでいた。
どうしても破損してしまうのは運搬上、仕方の無いことだ。
慧音やパチュリー、マター博士やこいしが集まっては、机を囲んでいた。
大きな机の上に乗せられた、幾つかのサンプル品。
その中でも特に目立つのが、エストネア3世から貰い受けた旧約水晶髑髏聖書だった。
彼が自室から持ってきたが、改めて当書は神聖な雰囲気を持ち合わせていた。
「…ジェネシス。…解読を」
「…分かった」
慧音に言われて、彼は本を優しく扱うように表紙を捲った。
中はびっしりと線文字Cが書かれている。読めなくとも、執筆者の苦労は何処からか分かる気がした。
彼はそれらを目にした時、何も驚きもせず、口を開いた。
其処にあったのは……彼自身の思い。何も考えずに、ただ解読した。…彼女を信じて。
―――――反乱の中心であり、とてつもない力を持ったハルシオンに対して「奇跡」の力で勝ったエストネア3世は、多くの人に崇められた。
〔この奇跡が何なのかは分からないが、神の加護を受けたとされる〕
―――――ハルシオンは恐怖の弾圧者であり、未知なる存在「クリスタル・スカル」から得た力を行使して人民を完全統制した。エストネア3世はそんなハルシオンの司る文明であるシュトラ文明にて住んでいた。
―――――アルカナはクリスタル・スカルの砕けた結晶。スカルの超常的能力が込められている。
―――――シュトラ文明の遺跡であるデ・イラグレムには紋章が沢山、刻まれている。
最後の項に描かれていた、三つの矢が合わさったような形の紋章。
此れがシュトラ文明の紋章であるらしい。…この本ではエストネア3世の事柄とデ・イラグレムの情報が主に掲載されている。が、要約すると上記の4つのことであった。
「……以上が、この本を読んだうえでの自らがまとめた要旨だ」
彼は淡々と部屋内にて話すと、周りは静かに頷きながら耳を澄ましていた。
本に描かれた絵などを見せながら語る彼に、多くの人たちは釘付けになっていた。
すると此処でマター博士が挙手しては、彼に問いかけた。
「……じゃあ、デ・イラグレムの周辺遺跡にはこの紋章が沢山刻まれていると?」
「…はい。そう言う事ですね。この三ツ矢のような紋章が」
彼は本に描かれていた、シュトラ文明の紋章をマター博士に見せながら語った。
すると彼は頷き、自信ありげに何かを話し始めたのだ。
「……ジェネシス。其れは間違いない…チャカ・リプカじゃ」
デ・イラグレムの正体が、あのチャカ・リプカだと言うのか。
彼は晴天の霹靂に撃たれたような気がしてならなかった。…身近な遺跡が、正体であったとは。
其の事実は彼の考えにも浮かばないものであった。…まさしく灯台下暗し、である。
「確かにあそこは多くの紋章が刻まれている。…今までは何かの文字かと思ったが、違う事が今、分かった。…あれはシュトラ文明の紋章じゃった。…間違いない、あそこはデ・イラグレムじゃ……」
するとこいしが便意を催したとしてその場から退室しようとする。
彼も彼女の行動に気づき、同時にパチュリーの視線も動いた。
慧音とマター博士は何も知らないようにサンプルの調査を行っていた。取り巻きの考古学者たちに依頼して、調査を始める。
古煤けた、幾つかの皿や食べ物の化石など、多くのサンプルを見ていく中、彼も便意を理由に退室を図る。
此処で彼はパチュリーに向かって右目ウインクをすると、彼女も同じ理由で退室した。
連続した退室に、何かの意図的要素を感じながらも、そのまま調査は続行された。
◆◆◆
「…奴を追うぞ。…チャカ・リプカとデ・イラグレムが恒等式で結ばれた以上、絶対漏らすつもりだ」
「ええ、分かってるわ。…まだスパイだとは斷定出来た訳じゃないけど、行ってみるに損は無いわね」
2人はこいしの後を付けるために、気づかれないように追跡した。
こいしは何故か屋上へと向かっているのか、トイレとは関係ない階段を上っていく。
2人は見失わないように追いかけると、やがて太陽の明るい光が見える。……屋上だ。
こいしは屋上に出た。…間違いなく、何かを隠している。
既にケット・シーに言われた事も相俟って、彼女への疑いの意を強める。
何処か信じたくない気持ちがありながらも、彼らは屋上へ姿を現した。
…こいしは唐突にも現れた2人に、驚きを示していた。
何故、自らを追跡してきたのか?…彼女は何も知らないような、天真爛漫で無邪気そうな顔をであった。
其処がまた、憎かった。今まで騙されていたのか、と思いを募る程空しくなっていくからだ。
「…ど、どうしてここに!?」
「こいし、何が目的で此処へ来た!?…お前はトイレへ行く予定じゃ無かったのか!?」
「…ち、違うよ!…ホラ、あれだよ!…その……」
彼女は戸惑ってしまっていた。
必至に何かを隠しているのは明白であった。2人は縁に追い詰められる彼女を睨んでいた。
片手にはスマホ。既に電話を掛けていたらしく、相手の声が空間に空回りして聞こえる。
「……もしもし?こいし?…で、どうだったのよ、サンプル結果」
その声の主―――聞き紛うことなく、其れはさとりの声であった。
敵国の考古学者に親しく話されていることは、明らかに向こうと密接な関係である。
因果は満たされた。…彼は自然と怒りが込みあがり、両手で握りこぶしを作る。
身体を震わせていた。…まるで生まれたての子牛のように、瞋恚で埋め尽くされて―――。
「…全て、終わったな。…お前は今から敵だ」
「…そうだね。別にそれで…結構」
こいしは今までには決して見せなかったような、不敵な笑みを浮かべていた。
スマホの通話相手であった彼女との通話を切り、懐に仕舞う。
右手を点に翳すと、屋上にいた2人の視界に大きく映った機械龍。其れは間違いなくバハムート種であった。………巨大な機構の翼を靡かせては、紅い目で2人を見据えている。
こいしは自らの背景を埋め尽くすほどの大きな機械龍の存在を陰で悟り、ただ笑みを浮かべていた。
「…貴方たちは…一体、何が目的なのよ!?」
「……話すことなんて、何もないよ。…パチュリー。
―――――バハムート・ラグナロク。…この2人を始末しな」
◆◆◆
こいしは後ろにいた機械龍の背中に飛び移ると、眼下の2人を見下していた。
機械龍は緻密なパーツで構成されているため、至る所から蒸気や電気が溢れだしている。
機械仕掛けの翼を靡かせては、動体検知装置が付けられている2つの深紅の眼で2人を射貫くかのような鋭い視線を向けて―――。
「……クッ、こいつまでもアイツの手下か…!」
こいしの裏の顔を見た彼は辛そうな表情を浮かべた。
パチュリーは彼の気持ちが痛いほど分かった。…彼の元に配置された、新人の考古学者である。
彼が自分の子供のように丁寧に色々な事を教えてきて、結果がこの様だからである。
泣けるほど辛いのも、彼女は苦しい程良く分かった。
「…ジェネシス。過去に縛られては駄目よ。…今は目の前の事象を見なくっちゃ」
「…ああ、そうだな。ご丁寧なアドバイスどうも」
彼は背中の鞘に仕舞われてある鋼鉄の銃剣を抜刀した。
太陽の光が鋼の刀身に反射して、一層光り輝く。機械龍に剣先を向け、彼は一気に斬りかかった。
しかし、相手は機械と言えど巨大。その尻尾で簡単に打ち払われてしまう。
門前払いを受けた彼は物凄い勢いで鋼鉄の柵に激突した。
屋上の為、設置されていた柵に助けられた彼だが、柵は圧し折れて使いようにならなくなってしまった。
パチュリーはすぐに飛ばされて負傷した彼の元へ急ぐ。
「じぇ、ジェネシス!……怪我は?だ、大丈夫?」
「私は大丈夫だ…。……それよりも、あのバハムートを………」
彼はゆっくりと起き上がりながらも、機械龍を指さして語った。
バハムートの背中に乗っていた彼女は如何にも世界を統一したかのように爽快感に浸っていた。
……そんな彼女を恨めしくさえ思えた。彼は再び大剣を構え、果敢にも立ち向かう。
「無様だね~。…素直に私に騙されたままで良かったのに。
―――まあ、いいや。デ・イラグレムの場所は分かったし、後は邪魔を始末するだけだね!
………ラグナロク!奴らをパパッとやっつけちゃって!」
彼女の声に応えるかのようにラグナロクは2人に向かって灼熱を放った。
口から放たれた灼熱の吐息。すぐさま2人は攻撃を躱すべく、回転回避で逃れる。
…今さっきまでいた場所がラグナロクの灼熱で跡形も無くなっていたのである。鋼鉄の柵もその灼熱で溶け、コンクリート製の地面はマグマのようになっている。
灼熱の攻撃は考古学研究所内を激震させた。
サイレンが鳴り響き、大パニックに陥ったのである。しかし、気にしている暇は無い。
「…パチュリー!アルカナを使え!」
「わ、分かったわ!」
彼女はバハムート・エストネア3戦で入手したアルカナを右手の掌の上で輝かせた。
彼女がアルカナを天に掲げた瞬間、光輝いては目の前に現れたのは黒塗りのスーパーコンピューターであった。
緻密な機械同士に電気が走る。全能かのようにも思える機械は召喚者に対して機械音声で語りかけた。
「…私の召喚に基づき、召喚者である貴方をマスターと認めます。
―――私の名はアドヴェント・シリウスβⅦ。貴方に力を授けます」
スーパーコンピューターは太陽の光を吸収して、更に熱くなっていく。
ハイスペックが織りなしたのは…虚構。辺りに靄が立ち込めると、それらはこいしやジェネシスたちを包んでしまう。
視界が白によって埋め尽くされ、何も見えなくなってしまったのである。
「……ラグナロク!適当に攻撃しろ!数撃ちゃ当たる!」
靄の中で彼女の声が鮮烈に響く。
しかし、突然靄が晴れたと思えば、機械龍に降り注いだのは…隕石だ。
空から垣間見せた隕石の雨。流星群はそのまま機械龍の元へ墜ちていったのである。
避ける事もままならず、彼女と機械龍は隕石の犠牲になる。
哀れなる声と電流が走り、パーツの装甲が剥がれる音が気持ちいぐらい鮮明に聞こえ渡る。
しかし、降り注いだ隕石は幻影であり、近辺には何も影響は出ていない。
不思議な現象に2人は目を丸くしながらも、ボロボロの機械龍を見据えていた。
アドヴェント・シリウスβⅦは何時の間にか消えていた。…身勝手な奴である。
「…ラグナロク!…緊急重量軽減化装置起動!
―――このまま死んでは堪らないね!私だってやりたいことは沢山あるし!」
機械龍は隕石の攻撃を受けては朽ち果てていたものの、彼女が何か行動を起こすと装甲が一気に剥がれ落ちたのである。
中のエンジンやモーターが露呈している。…装甲の重さを省き、攻撃に特化した形である。
―――まさに諸刃の刃と言えようか。
「しぶといな……!」
彼は攻撃に特化させたラグナロクに向かって大剣の一撃を蒙らせようと試みる。
しかし機械龍はそんな彼に向かってカウンターのホーミングミサイルを10本、発射させたのである。
蛇のように空中を入りくねっては、彼の方向に向かって飛翔するミサイル。
其れに気づいた彼はすぐさま大剣を盾に何とか防ぎきる。
「…今よ!」
パチュリーは持っていた拳銃でエンジン部分が露呈されていたラグナロクのモーターに向かって射撃する。
只でさえ電気が溢れる機械龍のエンジンに穴が穿たれ、エンジンで作られていた電気が暴発する。
更に漏れ出した電気。機械龍は急に元気を失ったかのように項垂れる。
「…な、何故!?……動け!動いて!ラグナロク!」
背中に乗っていた彼女は必死になって機械龍を呼び覚まそうとしたが、反応はしなかった。
最後の一撃を与える為、隙だらけの機械龍に向かって彼は剣先を向けた。
そして駆け抜け、大剣と共に龍のパーツを……貫いた。
電気が溢れた。
その瞬間、機械龍は光と共に大爆発を起こし、屋上は爆風に包まれる。
轟音が辺りに響き渡り、機械龍はその姿を黒煙と共に消したのであった。
◆◆◆
こいしは投げ出され、黒煙が晴れた時には屋上の地面で倒れていた。
煤だらけの顔。元々は可愛らしい顔も、裏の顔が見えた今では何とも思えないのだ。
ジェネシスは大剣を構えていた。パチュリーも拳銃を携えている。…油断は出来ない状況だ。
「…ふふふ、やっぱり2人は強いね。…愛の力、って?…なんてね。
―――私はこの後、行かなくちゃいけない場所があるからね。…それじゃあ!」
機械龍は爆発で完全に崩れ去ったと思っていたが、余ったパーツがそのままバイクに変形したのである。
何という都合のよい話か、彼女はそのまま爆風で吹き飛ばされた柵を尻目にそのまま駆け抜けてしまった。
屋上の高さからジャンプしては着地し、道路をそのまま疾走して……。
彼は怒りが込み上げてきた。
やはり彼女に裏切られた気持ちは心の中で残っている。…しかし、どうしようもなかった。
出来れば裏切りを知らない、あの頃に戻りたい自分もいた。…だが、過去に回帰することは不可能だ。
その時であった。
慧音やマター博士、ケット・シーなど仲間たちが屋上に駆け付けたのであった。
そして慧音は開始早々、焦った気分を胸に口を開いた。
「……大変よ!今、市街地が空襲を受けたのよ!」




