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36章 シュトラの箍を外しし者

通路の奥へと歩む一行。足音が通路内に静かに木霊する。

神聖なる雰囲気に何処となく恐怖を覚えながらも、バハムート・エストネア3のように新たな敵がいるかもしれないと言う考えを抱いて…。

謎の緑色の輝きが通路内でオーロラのように棚引かせていた。


「…この緑色の輝きは何だ…?」


「…さあね?進んでみれば分かることじゃないかしら」


パチュリーの答えが今の状況に於いては最もなものであった。

百聞は一見に如かず、とも言うように確かめる以外に知る方法は無い。

彼は溜息を一つ、最初から知ってたかのように吐くと前を見据えた。


再び広々とした空間に出る。そして中心にあったのは…ホルマリン漬けされた棺桶に入れられた、1人の裸の男性であった。表部分がガラス構造となっており、中が透け通って見える状態だ。

元は着用していたであろう、2枚の薄絹の白衣のうち、1枚はホルマリンの中を漂っていた。一応、急所はもう1枚の白衣で隠されている。

無精髭を生やし、安らかに眠っている。棺桶の周りには、そんな彼を弔うために置かれた、犬の生贄が2匹納められている。…天で彼を守るための番犬として置かれたのだろう。

階段を上った先に設置されていた棺桶。薄暗くも緑色に発光している姿は、何処となく不安を煽らせる。


「…この時代には既にホルマリンが完成されていたのか」


「…死体保存の技術、ね。…古代文明も侮れないわね」


目の前に広がる光景に、彼らは感心していた。

既にホルマリンと言う技術を習得していた古代文明に、何処となく感銘を受けて…。

ジェネシスは階段を上っては、その棺桶に触れてみることにした。


階段を駆け上がる音だけが静かに響き渡る。

彼は棺桶を前にしては、静かに右手を棺桶に触れた。…トン、と鈍くて優しい音が響き渡った。

そして、その音に呼応したかのように棺桶の中でホルマリン漬けされていた男性の目がパッチリと…開いたのだ。

刹那、棺桶は急に揺れ始めたと同時に動き出し、足が6本生えては、彼らの前に立ち塞がったのだ。


「…ど、どうなってるんだ!?」


彼は驚きの声を上げた。

同時にパチュリーたちも棺桶に起きた変化に目を開き、動揺する。

武器を取り出しては、戦う姿勢を見せる彼女たち。ジェネシスもすぐ階段を駆け下りては大剣を構える。


「…貴様らか。我が墓を荒らす者どもは…」


棺桶に取り付けられているであろうスピーカーから響き渡る音声。

野太い男性の声はそのまま彼らの鼓膜を響かせる。…何度も空間の中で木霊させて。


「…我が名はウィル・デ・アース。…通称ではエストネア3世なんて呼ばれ名があるが」


「生きてるじゃん。棺桶から出てきてさ~一緒にお話ししようよ」


こいしの無茶ぶりに耳を疑ったエストネア3世。

棺桶の中で呆れた様子を見せては、静かにスピーカー越しに話す。

どうやら彼はジェネシスたちが知らない別言語を話してるみたいだが、スピーカーが自動的に翻訳してくれるようであった。便利な機能である。


「私は死んでいる。…既に、な。この棺桶の中であるからこそ喋れるのだ。

―――貴様らは何をしに此処へ来た?私の墓を荒らし、金もうけを企む野望を持ちし悪徳者か?」


「いや、そんな事は御座いませんよ」


ジェネシスは彼の問いを否定した。

当たり前のように否定した為、エストネア3世も考えを改める意識を持つ。


「…私たちは考古学者です。此処へ来た理由としては…調査を行うんです。

古代に栄えたセオレム文明の実態調査、って言うんですかね?…そう言う事です」


「…なるほど、な。…私が生きた時代もとっくの昔、か。

―――そなたたちの話が聞きたい。今はどのような文化が成り立っているのか、をな」


ジェネシスは彼の問いに対して、フンと鼻息を立てては頷いて見せた。

彼は考古学者である、現代科学のあらゆるは網羅しているつもりであった。

此処でマター博士とパチュリーも加わり、2人で現代の発展した科学を説明した。

車や飛行機、カラーテレビやテレビ電話など枚挙に遑がない程の数をびっしりと挙げたのである。


棺桶の中の彼はそれらを聞いて、静かに笑っていた。

ぎこちない笑みであったが、未来の発展した科学に笑うしかなかったのであろう。

全く罪の無い笑みには、感銘や純粋さが含有されていた。


「…そうか、そうか。久方ぶりに面白い話が聞けたな。

―――それにしても、だ。…お前、私の子供に似ているな」


棺桶の中で指を差すエストネア3世。その先にいたのは…ジェネシスだ。

その時、彼は驚き、何故かこいしは焦ったような仕草を取っていた。


「こ、後継者ではありませんよ!?私は!?

―――私はただの孤児ですから。両親は失踪して、いないんです」


「でも事実は事実、はっきり言って瓜二つだな。

…別に強制させるつもりではないが、私は事実をしっかりと述べただけだ」


エストネア3世は頑なに言う事を曲げない。

其れは彼が圧倒的な自信を胸に抱いていたからであろう。


「…で、調査は終わったのかね?」


「いや~…サンプルとして、少しだけ物を…お持ち帰りさせて頂きたいんですが…」


ジェネシスはエストネア3世に懇願すると、彼はジェネシスの予想とは違って嫌がるような顔をしなかった。だが、如何にも勇ましそうな顔だちを浮かべては、棺桶を操作して、彼らの前に立ち塞がったのである。


「…別に構わんぞ。――――だがな、私を倒してからにし給え!

…発進だ!…"皇霊廟おうれいびょうウィル・デ・アース"!セオレム文明の技術を現代に見せしめる時だ!」


◆◆◆


蜘蛛のような形に変貌を遂げた棺桶は備え付けられたチェーンソーを以て、一気に彼らのいる階下へ降り立った。棺桶の着地に際して衝撃が発生し、この時に巻き込まれた慧音が転倒してしまう。

すぐさまこいしが慧音を助け、何とか状況を回復させる。


チェーンソーで斬りかかった棺桶に対し、大剣を盾代わりにしてチェーンソーを防ぐ。

しかし刀身は徐々に削られていく。蝕んでいく刀身に、ジェネシスは辛い表情を見せた。

彼の様子を受けて、すぐさまパチュリーは電気ロッドを片手に電気を纏わせ、一気に棺桶に叩きつけた。


ホルマリンが入った棺桶を叩き割るが如く、彼女は力強く叩いたが薙ぎ払われてしまう。

遠くに飛ばされた彼女。そんな時に隙を窺って、慧音は自身の自慢の健脚で棺桶をひれ伏せさせようとする。

鈍い音が響く。しかし流石の棺桶は固く、彼女の手足だけではどうにもなることは無かった。


「…アルカナだ!アルカナを使え!」


苦し紛れに呟いたジェネシス。

その言葉を受け、思い出したかのようにマター博士は自らのアルカナを天に翳した。

高齢ながらも、高々と大きな声を出しては宣言して―――。


「来い!わしらを助けるんじゃ!」


刹那、彼の応答に答えるかのように現れたのは蛇のような胴体と竜の形容をした胸が組み合わさったような存在であった。大きな翼を携え、冷酷な眼差しを浮かべていた機械龍…。


「…私を呼び覚ましたな。…私の名はソーシャル・マイン・ハルバード。

―――たった今、召喚者であるお主に帰依した。只今より、任務を執行する」


マター博士の分身となった機械龍は体内に設置された、水素爆弾と同じ原理を読みこんだ。

その瞬間、口から光が溢れたと同時にウィル・デ・アースに向かって勢いよく発射されたのだ。

放たれた閃光。それらの筋はやがて交わっては一つの大きな閃光と為り、とてつもない大爆発を生みだしたのだ。

其れは棺桶と共に、チェーンソーを大剣で防いでいたジェネシスを巻き込んだのであった。


「じぇ、ジェネシス!」


マター博士の声は爆発の中で一つの塊となって響き渡った。

他の3人はまさかの事態に唖然としている。しかし、煙幕の中で輪郭がぼやけながらも動いていた。


「…ヘッ、主人公は死なないって」


やんちゃそうな彼の一面。

生きていた彼の声を聞き、全員を胸をなで下ろすかのような気持ちであった。

しかし、棺桶もまだ動いていたのである。硝子は割れておらず、丈夫な加工がされているものだと思わされる。

マター博士の機械龍はアルカナに回帰した。役目を終えたからであろう。


「…私だってまだ生きておる。…しかし、今のは私たちが開発した機械龍…ソーシャル・マイン・ハルバードじゃないか。…そなたたちはアルカナを持っておるのか」


「…ええ。さっきバハムート・エストネア3を倒した際に大量入手しましてね」


皮肉っぽく述べたパチュリーに、棺桶の中の王は笑っていた。

ますます戦う気を増やしたのか、再びチェーンソーで彼女たちを斬り刻まんとしたのである。


「…今度はワイの出番やで!…アルカナよ、行くんや!」


こいしの両肩に跨って、ケット・シーはアルカナを天に翳した。

猫のアルカナは一層輝きを増しては、新たな存在を呼び起こしたのである。

猫の前に現れたのは巨大な神剣を構えた巨竜であった。

右側は白亞の鱗で覆われ、背中には天使の翼が生えており、左側は深紅の鱗で覆われ、背中には悪魔の翼が生えている。

悍ましさを漂わせながらも、巨竜は持っていた神剣を右肩に担いでは棺桶を見据えた。


「…私を召喚したことを感謝しよう。…私はゼルファ・ルロヴィオ。

―――召喚主であるお前に帰依した。永遠なる力をそなたに授けよう」


神剣を携えし巨竜は全てを断ち切るが如く、目の前に存在していた棺桶を巨大な神剣で斬りかかった。

大きさはジェネシスの背丈なんかより何倍も大きな、古代文字ルーンが刻まれた神剣で―――。

閃光が迸った。刹那、棺桶に襲い掛かった衝撃は全てを撃ち砕かんと…。

何せ、ソーシャル・マイン・ハルバードの起こした爆発が棺桶の耐久力を確実に削ったため、神剣は棺桶を…。


◆◆◆


ゼルファ・ルロヴィオは光り輝く結晶に回帰し、空間は静まり返った。

改めてアルカナに込められし意思の強さを感じたと同時に、棺桶の中にいたエストネア3世の生存が気になった。

その場へ駆けつけると、棺桶に生えていた足は完全に根こそぎ取られていたものの中身は無事であった。

少しだけ混乱していたエストネア3世がホルマリンの中で寝ている。鼻から泡が出来ていることは生きている証拠である。


「…ああ、あつものに懲りてなますを吹きましたね。こりゃあ」


「…蛇に嚙まれて朽縄くちなわに怖じる、とも言うわね」


とことん叩きつけられた彼は懲りたのか、ジェネシスたちの顔を見ただけで怯えていた。

そして暗闇の中で蠢く虫を見ただけで悪寒を走らせていた。確実に用心深くなっている。

が、再び足を生やすとさっきまであった威勢を取り戻す。彼らはまさかの展開に驚いたが、向こうは戦う意思を見せないようであった。


「…フン、そなたたちはアルカナの意思と結託しているようで…私が勝てるわけが無いな。

―――此処の調査がしたいと仰ってたな?…これを持って行くがよい」


棺桶からもう1つの腕が伸びると、其れはさっきまで棺桶が置かれていた階段上の場所まで伸びていく。

やがて一冊の古い書物を捜しあてたのか、其れを掴んでは一行の前に差しだした。

線文字C解読者である彼が埃などを手で払って読んでみると…其れは新約水晶髑髏聖書アブソリュート・シエルと相反せし幻の書物―――旧約水晶髑髏聖書アブソリュート・バースであったのだ。


「…旧約水晶髑髏聖書アブソリュート・バース…」


「私は久方ぶりに暴れて疲れた。…暫く眠りにつかせて貰おうとする。

―――――次に目覚めるのは何百年後か、其れは分からないが…新たな技術をこの目で見て見たいものだ」


そう静かに彼は言うと、棺桶は自動的に壇上に上っては動きを止めた。

威勢があったエストネア3世も疲弊仕切ったのか、再び目を瞑った。長い眠りに入ったのである。

彼は受け取った聖書を片手に、再び調査を始める。

―――そう、此処へ訪れた目的は調査なのだから。


「…始めよう、此処の調査を」


そんな彼の声に、一行は頷いて見せた。

エストネア3世は白玉楼中の人となった訳では無い。再び、新たな技術の発展を案じて、眠りについたのである。…何時か、その未来を見るために。

ジェネシスは彼の寝顔を見た。その顔だちは神聖なる存在…イエスとも見える部分があった。

ホルマリンの中に存在していた彼を尻目に、周りに置かれた遺品をサンプルとして集めていく。

多くは先ほどの戦いで破損してしまっていたが、欠けていない物もあったため、それらを中心収集した。


◆◆◆


一個一個、丁寧に外へ運び出した一行。

袋などで纏めて入れると、遺品は風化が進んでいるために容赦なく欠けてしまう恐れがあるのだ。

長い時間をかけては遺跡内の物を太陽の陽の光に晒す。

やがてヘリコプターが2台到着すると、運び出された遺品を研究所に運ぶために中へ押し込まれた。

熱帯雨林の中に存在するこの場所にヘリコプターを呼ぶことは極めて危険だが、此れしか方法は無かったのだ。


車で最初は運ぶ予定だったが、ハルバード王国との戦いで消えたのだから。

なら最初からヘリコプターで此処へ来ればよかった、とジェネシスは後悔していた。

が、彼の片手に存在していた幻の聖書…其れが、今までの常識を覆すような気がしてならなかったのである。


太陽の陽の光は美しく、そして暖かい。

鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん、とも言うように彼らだけに特別陽の光を強めることも無い。

彼らにとっては特別だが、全てを遍いている太陽が彼らを特別視するのは大袈裟だ。


―――ジェネシスは遺品を運んでいる時、自らに置かれた境遇を案じていた。

それはエストネア3世に言われた言葉もそうであったが、何処か変な気分であったのであった。

…シュトラのたがを外し、新たな文明であるセオレム文明を築いた男。彼の言う事に、間違いなんて無いような気もしたのであった。

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