表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/50

34章 つり天井

遺跡の中は湿ったような、居心地の悪い空気が漂っていた。

人骨が所々に散らばっている。遺跡と比べて比較的に新しい事から、罠に掛かった者達の哀れな遺碑であろう。それらは遺跡への執念を抱いているような、何処となく遥かな欲望が垣間見えたような気がしたのだ。


―――そう、あくまで公式的に今回が初めて見つかったのであって、泥棒など偶々まぐれに見つけては潜入した人たちも少なからず存在するだろう。

しかし、生きて帰れるという保証は何処にも無いのであった。

人骨たちはトラップであるスイッチ式吹き矢など極めて高度な仕掛けに引っかかり、死んでいたのだ。

逆を言えば、ジェネシスたちの前に死んでくれた為、彼らはトラップを受けずに済むのであった。

そう、先に仕掛けを発動させてくれたのだから。


「…ワイ、こんなとこ潜り込むの初めてや~。まるでもぐらみたいはんねんな」


「貴方はロボットだからそりゃあ経験も浅いわ」


パチュリーの突っ込みに頭を掻くケット・シー。

猫はこいしの左肩に乗っては、薄暗い遺跡内の中を見渡す。遺構内はやはり何処か悍ましく、何百年も経過して尚、その雰囲気は畏怖を醸し出すものとなっていた。

壁には謎の彫刻が彫られ、文字が刻まれている。ジェネシスは事前に買っていた懐中電灯を転倒しながら先へと進んでいった。

老朽化はやはり激しく、一部の柱や壁が倒壊している部分が存在していた。仕掛けも全て動かないままとなっており、彼は歯牙にもかけない。

改めて有為転変は世の習いと言う事実を知るのであった。


「…吹き矢の仕掛けも、矢が尽きたようだな。所々にあった落とし穴トラップも残念ながら先駆者のお陰で場所が分かる。私の後をついてくれば大丈夫だ」


「…その自信、羨ましいね」


慧音は彼の自信に嫉妬していた。

彼は読めるけども、自分には読めない言語―――線文字C。

所長でありながらも、彼特有の謎の存在感に何処となく不思議に思っていた。

いずくんぞ不思議に思おうか。ジェネシスと言う1人の存在に、雲が棚引くように心情が惹かれていったのも事実であったが。

慧音の気持ちの靉靆あいたいは何処となく、宵闇の奥に存在していた彼に向けられて―――。


「…私は自身なんか無い。あるのは論理的な思考回路だけだ。帰納きのうとも言うが」


闇の中、一行は泥濘ぬかるみがある遺跡内を進んでいった。

深淵に進むにつれ、下に散らばる人骨の数や蜘蛛の巣は次第に多くなっていく。ジェネシスは敢然にも最前線に立ち、何も見えない奥へ進んでいった。

蝙蝠の鳴き声が聞こえる。暗闇の中では虫が沢山蠢き、パチュリーと慧音は悲鳴を上げていた。

こいしはケット・シーと共に楽しそうに蟲と触れている。其れは其れで変な気分だが、悲鳴を上げている2人に比べたら何倍もマシである。


彼女たちの蟲に対する悲鳴はけたたましいにも程があった。彼らの耳の中の鼓膜を貫くような鋭い声に、ジェネシスは最前線にいながら苛立ちを見せていた。

此処で彼のイライラを覚ったこいしが2人に注意を促す。


「パチュリーさんに慧音さん!蟲は確かに嫌いかもしれないけど、今は遺跡探索中だから静かにして!」


「無理無理ィィィ―――!きゃあああああ!!!」


やっぱり五月蠅い声がなくなることは無かった。

ヤスデやムカデなどが群生している遺跡内の空気が湿っている。そう、絶好の蟲の住処であるのだ。

暑い熱帯雨林の中、湿った環境を織り成していた遺跡内はまさに絶好の避暑地とも言えようか。

逆を言えば、ジェネシスたちにとっては邪魔な存在である。


奥へ進んでいくと、急に暗闇が開けると同時に直感ながらも広い場所に来たことを理解させられる。

ジェネシスは彼女らを手で制止させると、自ら単身で奥へ進んでいった。

懐中電灯の光の強度を強め、空間全体を照らす。ドーム状になっていた空間の奥に佇んでいたのは、何かの祭壇であった。

其処には多くの人骨が無造作に置かれていると同時に、人の絵が綺麗に描かれている。しかし、絵も老朽化の波には耐えられないのか、欠けていて全貌を見る事は不可能であった。

その台を見た時、彼は一瞬でそれが何なのか分かったような気がした。


「…これはエストネア3世の墓じゃない、生贄の祭壇だ。

―――死しても尚、エストネア3世を神として崇めた傾向があったのだろう」


「所謂、個人崇拝ってやつね。ソビエトでもスターリンが施行してたわね」


彼は壁に多く刻まれた文字を懐中電灯で辿っていきながら、そう述べた。パチュリーもまた、彼の意見に同意を見せた。

…人骨の多くは鎖骨が欠けている。暴れた挙句に死んだとか、戦死とかそんな荒々しい死に方をした人間の骸だとは思えなかったのだ。


「エストネア3世が神聖視?…言われてみれば、可能性はあるのう。

古代人は英雄を神聖視したりする傾向はある。否定は出来ないのう」


マター博士はジェネシスの意見に一筆加えたと同時に頷いては認めた。

彼も煤だらけの壁を手袋を隔てた上で触れると、すぐにパラパラと塗料が粉のように欠けてしまう。

絵は黄金の玉座に座った1人に対して、多くの民がひれ伏せているような絵であった。

そして玉座の後ろには、大きく水晶髑髏クリスタル・スカルが描かれていたのだ。其れは玉座に座る人物よりも力が優れていた存在であることの示唆であったのだ。


強大なる力を抱きし存在―――水晶髑髏クリスタル・スカル

その空間に於いて、最も大きく描かれている神聖なる神は、絵の中で崇められていたのだ。


刹那、こいしの声が空間を貫いた。その声は何処となく焦りを持たせて………。


「と、閉じ込められちゃったよ!?」


そう言われたと同時に彼らは周りを見渡した。何かの仕掛けが動いたのか、空間に閉じ込められたのだ。

周りは丈夫な岩石で作られている。人為的な脱出は不可能だと考えられるだろう。

一行は与えられた現実を前に、悩まざるを得なかった。


「…侵入者用の仕掛けだな。…つまり、誰も此処まで辿り着かなかったって事か」


「う、上よ!」


パチュリーの叫びは大きな木霊となって、閉じられた空間に跳ね返った。

一行に襲い掛かったのは…つり天井。出られない状態に置かれた一行を潰すが如く、段々と迫ってくるのだ。その事実を知ったパチュリーは腰を抜かし、他の全員は困惑した顔をした。

天井は祭壇だけ撃滅を防ぐように、祭壇の最低限の大きさだけ穴が象られている。…そう、其処に祭壇が入るため、このままでは押し潰されてしまうのだ。


「ど、どうするのよ!?」


「…こういうのは必ず緊急停止スイッチがあるはずだ…!…捜せ!」


彼は急いで周りの壁を捜し回ったと同時に、一行も頷いては急いで捜した。

それでも尚、一行を潰さんとして襲い掛かってくるつり天井は恐怖そのものであった。

此処で慧音が何かを見つけた。其れは片手がギリギリ入る程の小さな、細長い穴みたいなものであった。

煤だらけの壁に埋もれていたように佇んでいた其れを見つけては、彼女は全員に知らせる。


「あ、あった!」


「何処だ!?」


ジェネシスたちがその場に駆け付けると、やはり穴が其処に存在していた。

しかし周りの薄暗い空間と相俟って、同化していて見えにくいのだ。…色が溶け込んでいるのである。


「…此れが…」


慧音は自らが見つけるとは思ってもいなかったのであった。

が、見つかった以上…助かるのは明白だ。実はつり天井の仕掛けにある緊急停止スイッチは身内が巻き込まれた時用にと備え付けられている。証拠として、上に紋章が刻まれていた。これが王家の紋章であろうか。

すぐさま迷いもせず、ジェネシスは右手を突っ込んだ。


右手の指先に何かが蠢いている。しかし、そんな事を気にしている暇は無かったのである。

既に天井の高さは3mを超え、徐々に近づいていってるのである。一行に焦りが生まれ始め、ケット・シーはこいしの右肩の上でそわそわしている。


「…お、おい!ジェネシスはん!このままじゃあ…!」


「分かってる!待ってろ!」


「…も、もうヤバいよ!」


こいしの恐怖に満ちた声は天井の高さを示唆していた。

既に2mを超え、身長ほどの高さになるとジェネシス以外の全員が天井を持ち上げるように時間を引き延ばす。しかし仕掛けの重さには敵わず、速度は減速したものの止めることは出来ないでいた。


「ジェネシス!早くするんじゃ!」


「分かってます!」


彼も焦りを感じる。

右手で突っ込んだ穴の奥に鈍くも感じる、謎のスイッチ。しかし手の甲などに張り付く"何か"が蠢いては、何処か畏怖を抱いてしまう。

しかし、歯牙にもかけずにそのままスイッチを力強く押した。

すると音が鳴り止み、辺りに沈黙が訪れたのである。

―――そう、慧音たちが負担していた天井の重さが急に軽くなったのだ。…止まったのである。


天井はスイッチを押されたのが因果なのか、そのまま上に戻っていく。

やがて元の空間に戻ると、何かの仕掛けが発動したのか祭壇が動き、更に奥へ進めるようになったのである。遺跡の緻密な仕掛けに、彼らは呻ざるを得なかった。

ジェネシスの、スイッチに触れた右手には虫が大量に付着していた。中にはスイッチを押した際に圧死したと思われるムカデが潰れていた。虫の体液なのか、粘着した液体が手に纏わりついていた。

彼は気持ち悪い気分を催したと同時に手を掃い、持ってきたハンカチで汚れを拭った。


「…行こう。今度こそが…本当の墓のはずだ」


彼がそう言うと、彼女たちも静かに頷いて見せた。

しかし、祭壇によって隠れていた先への道の暗闇に2つ、赤き眼が浮かんでいたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ