33章 遺跡突入
彼女が明るい声を上げたと同時に視界に映った、朧げな遺跡。
鬱蒼とした熱帯雨林の中に隠れるように聳え立つ、ピラミッド型の遺構は彼に好奇心を抱かせた。
聞いたことも無いような野鳥の囀りが聞こえる。何世紀にも渡って見つからなかったであろう、ひっそりと佇むその遺跡は既に熱帯雨林と同化し、木々が生い茂っている。
彼は手袋を填めて、急いで遺跡に向かった。
壁には写真通り線文字Cがずらりと刻まれている。
その何百年の歴史からか、老朽化でやはり朽ちて解読できない部分も多々あったが、彼は静かに其れを読み始めた。…彼に線文字Cへの知識は無い。ただ、超能力とも超常現象とも捉えられる現象の所為なのか、不思議と口が動いて行くのだ。
滑らかにも、その彼の解読した言葉は鬱蒼とする木々の中で静かに呼応して―――。
彼はパチュリーや慧音に新約水晶髑髏聖書の内容を話していない為、それらの内容を話した上で解読結果を話した。
「…どうやら新約水晶髑髏聖書を執筆した際、既にシュトラ文明は滅んでいたらしいな。代わりに後続として"セオレム文明"が成り立ったらしい。
……………『ハルシオン率いるシュトラ文明を滅ぼした英雄《エストネア3世》の永遠たる居住宅』と書いてある」
彼がそう言うと、気になったのかパチュリーは彼に問う。
彼が壁の文字を読み取っている間、彼女たちは固唾を飲んではその様子を見守っていた。
下手に遺跡に手を出して、彼しか読めない解読の邪魔になったら大変だからだ。
「…何でシュトラ文明の後続がセオレム文明って分かったの?」
「…此れが見つかった」
彼は掌の上に小さな藁の人形を一つ、優しく持っていた。
その人形はとてつもない時間を隔てて、新たなる人の手に乗せられたものであった。
藁で簡単に作られた人形に塗られた塗料は薄れながらも、しっかりと目や口などは判別できる状態にあった。
「…これは霊安人形だ。死者の魂を天国に送るため、墓に死者と共に埋葬した"使い"みたいなものだ。
死者の身分が高いほど、霊安人形は多く作られる。霊安人形が多い程、後の世代にも当時の権力を指し示すことが出来る、とか思っていたんだろう」
「…確かに霊安人形の文化はセオレム文明だけじゃな…」
マター博士は静かに彼の案を頷いて見せた。
霊安人形はセオレム文明に盛んになって作られた人形だ。其れは他の書物で発覚している。
しかし、後の文明になると霊安人形は消えてしまう。理由は古代人にでも会わない無い限り定かではないが、やはり他国に襲われて消失したのが最もまかり通っている説だろう。
セオレム文明については霊安人形以外には全く分かっていない。其れに、時系列順に並べるとセオレム文明の前の文明が空白になっていたのだ。
「…どうやら此処はエストネア3世の墳墓らしい。『永遠たる居住宅』と言う表記の上に、他にも決定づける証拠のような事が刻まれている」
彼はそう彼女らに言うと、再び解読し始める。
壁に刻まれた多くは後世にその名を轟かす為に刻まれたものであるが、昨日の淵は今日の瀬とも言うように時間の流れと共に朽ちていくものであった。
無常感を彼は募らせていた。儚い夢も、威勢も、権力も…時には逆らえないのだ、と。
―――――謎の力を得たシュトラ文明の王ハルシオンを倒したエストネア3世
―――――陽はいずれ落つ 紅き思想を持つ殺戮者に終焉を与えし英雄 ここに眠ろう
―――――技術は平和の為に 統治は人民の為に
―――――治らぬ病気になられし英雄 いずれ再び舞い降りよう
―――――未来の 無の覚が訪れし時
「…分かっただろう。最初の一行がこれでもかという程、鮮明に書かれてある」
彼は彼女たちの方を向いては、今自分が述べた解読内容について口にした。
エストネア3世がハルシオンを倒したと言う事がしっかりと記述されている。
治らぬ病気に罹ったエストネア3世はそのまま病床で死に至ったのだろう。そして何よりも、シュトラ文明の創始者であるハルシオンが「紅き思想を持つ殺戮者」と比喩されている点が事実に近づけそうな箇所でもあった。
「…新約水晶髑髏聖書を執筆した著者がセオレム文明に移った後に書いたことも、私はちゃんと説明出来る。
新約水晶髑髏聖書には『しかしハルシオンがいなくなるとクリスタル・スカルの加護を受けた人がいなくなったことで加護が無くなり、反乱が起きてシュトラ文明は滅ぼされる。その際にクリスタル・スカルが砕かれてしまう。』って項がある。
既に過去形になっているのが分かるだろう。其れである以上、著者がシュトラ文明を離れているのは明白だ」
「…それじゃあ『執筆者はシュトラ文明を離れた』ってのは証明出来るけど、『セオレム文明に移った』ってのは証明出来ていないわよ」
「…金箔の技術が発達したのはセオレム文明以降だ。金はシュトラ文明も使ってるが、加工技術が盛んになったのはセオレムだろう」
確かに新約水晶髑髏聖書には金色で文字が彫られていた。
あれは金箔技術が無いと作りだせないものだ。技術の向上的発展は他の資料に記されている。同時に金箔もそうであった。
今までは金塊から家具などを作り出していたに際し、金箔を塗れば少量で豪華な雰囲気になれるのだ。
最初からセオレム文明の人たちは其れを分かっていたのだろう。
「…確かに、そう言われれば…」
「まあいい。…壁に書かれてあることから分かったのはこのぐらいか。
問題はクリスタル・スカルがあったとされる『デ・イラグレム』と言う遺跡の在処だ。
一先ずは墳墓の中に入ろう。…それでこそ技術が発展したセオレム文明の遺跡だ、罠も余裕で仕掛けられているはずだ」
彼はそう言うと、静かに墓所の中へ入っていった。
彼女たちも静かに頷くと、彼に続いて遺跡内の探索に出る。
野鳥の囀りが熱帯雨林の中に木霊する。静かな遺構内で、冷涼な空気に触れて。
―――彼は遺跡の壁に刻まれた言葉をひどく気に入っていた。
其れは戦時中の今の国にも、ハルバード王国にも言えるような至言であったからだ。
胸の中にその言葉を仕舞いこんで、何も見えない宵闇の中を捜した。
――――――技術は平和の為に 統治は人民の為に




