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26章 新たな神秘を求めて

コーヒーショップを後にして、彼らは立体駐車場に戻った。

停めてあるGT-Rに乗り込み、彼を運転手として車は出発する。

やはり車内は静かであった。パチュリーはまた遠くの景色を見つめていた。


遠くでは工場の煙がもくもくと空へ舞い上がっている。何本もの天へと向かう槍のような煙突は何処か雄姿のようにも捉えられた。

フィラデルフィアの産業を支える工場群。工場地帯となっていたその場所を高速道路から望むと、やはり景色は美しいものであった。

更に背景の橙の夕焼けと合わせて、工場地帯は何処か哀愁さえ感じさせる。

右顧左眄も無いような、機械的で耽美なる景色に…何処か憧憬を抱いて。


車は往来が激しい高速道路を静かに疾走していた。

両端に設置された電灯がその速さについてこれず、残像が窓に映っている。

光の羅列。美しきにも、フィラデルフィアの街並みは秀麗なものであった。


…これをグットルッキングとでも言うのだろうか?


彼は落ち行く陽の光に投影された街並みを尻目に、何処か考えていた。

表現方法は雨の日に降り行く雫ほど、数多に存在している。

GT-Rはそんな幻想的な工場地帯に作られた高速道路に乗って、彼らの本拠地へ向かっていた。


―――陽は、落ちた。


うっすらと暗くなった景色に、フィラデルフィアの町は宵闇に覆われていく。

彼の車は自動でヘッドライトを点灯させる。キセノンヘッドライトと呼ばれるライトだ。

前方の道筋を明るく照らすライト。ジェネシスの視界が瞬く間に開けたような気がした。


「ジェネシスさ~ん…お腹減った~」


こいしは運転している彼にそう乞うた。

ハンドルを握っては、橙と宵闇が五分五分に混ざる世界を視ていた彼は溜息をつく。

フロントミラーには、こいしの空腹顔とパチュリーの静かな寝顔が映し出されていた。


「…コーヒー飲んだだろ」


「え~?飲み物と空腹はパソコンと布団ぐらい因果関係無いよ~」


「比喩がおかしい」


彼は突っ込みを入れると、持っていた鞄の中からポテトチップスの袋を無差別に掴んでは後ろへ投げる。

其れはのりしお味であった。コイケヤと言う会社が提供しているものだ。

賞味期限は既に3日も切れている。彼は賞味期限など気にしないタイプなのだ。

流浪の旅の際に持ちゆく纔かばかりのスナック菓子。其れを1つ、彼女に投げたに過ぎなかった。


「あ、ありがとう!こいしね、ポテチ好きだよ!」


「なら食べてろ。…少しは腹が膨らむだろ」


彼女は後ろの席でむしゃむしゃと音を立てて食べ始めた。

のりしお味のポテトチップスを敢えてなのか、音を大きく立てて食べる点に彼も空腹感を覚えた。

不覺にも、彼自身の腹の虫が鳴いてしまった。


「…何だかんだでジェネシスさんもお腹減ってるじゃん」


「…私の欠伸だ」


「無理やりだと思うんですけど」


彼女は素直じゃない彼に対して、ポテトチップスを口元まで持って行ってあげた。

運転中の彼は他所見は厳禁だ。口元まで伸びる手に気づき、先のポテトチップスに齧りつく。

撓った感覚が口内に伝わる。賞味期限前に食べればよかった…と後悔が生まれた。


ジャガイモの風味が程よく引き出されている。口に含んだポテチと共に、彼は運転に専念する。

パチュリーは何時の間にか静かな寝息を立てて寝ていた。安らかな表情を浮かべて。

宵闇に変わり、橙も消えた空。高速道路の電灯と行き交う車のヘッドライトが眩しくも光る。


工場地帯も休まることを知らず。その光は常に灯っていたものであった。

コンビナートの命は何時までも尽きぬかのように、ずっと稼働させている。


こいしはどうやら食べ終えたらしく、彼に手向けたのはたったの2、3枚程度であった。

満腹感を募らせた彼女は腹を右手で押さえて、食べたアピールを彼に行う。

運転中の彼はフロントミラーを通じて彼女の仕草を知る。そして益々、今度は彼が空腹に満たされていく。


「…サービスエリアに寄るか」


「ん?何で?何かあるの?」


「…今度は私が腹減った。…くれぐれもパチュリーは起こさないであげろよ」


◆◆◆


夜のサービスエリアは夜行バスや多くのトラックで駐車場が埋め尽くされていた。

その中に混じる、異質な存在。身が狭くなるような思いであったが。

助手席で寝ている彼女を起こさずに静かに降り立った2人。彼は長財布を懐に仕舞った。


フィラデルフィアの街並みからはおおよそ離れた。

熱帯雨林の入り口付近に設置されたサービスエリアは高速道路を利用するドライバーで溢れあえっている。

トイレや、ジェネシスの目的である軽食など、準備は基本的に此処で拵える事が可能だ。

こいしを連れて、彼はサービスエリアに入っていった。


中は特に目立ったものは無く、食品の自動販売機が5台だけ設置されていただけであった。

雑に置かれている机と椅子の群れ。それらを用いて運転手たちは自販機の食品を食べていた。

彼も5台ある自販機のうち、どれを食べようか悩んでいた。


「こいしね、これがいいな!」


こいしは3台目の自販機が取り揃えていた"たこ焼き"を指し示す。

お値段はカプチーノよりは安いものの、業務スーパーなどで買った方がお得な上に数も数だ。

しかし彼女は彼のお菓子を食べたのにも関わらず、涎を垂らしている。…汚い。


「…お前はさっき私のポテトチップスを食べてただろ」


「おやつと夕飯は別腹~!」


「…はァ、こうやって私の財布の紐は解かれていく…」


彼は財布を開き、中にあった硬貨を数枚、自販機に入れた。

「たこ焼き」と書かれたボタンを2回押し、取り出し口に袋で梱包されたたこ焼きが出てくる。

取り出してみれば暖かく、運転で疲れていた手を休ませるような気がした。


「…美味しそう~!」


「まだ中身は分からないのに憶測だけで良く言えるな」


彼らは適当に席を捕まえ、彼が買った2つのたこ焼きの袋を開封する。

プラスチックの梱包器に入れられた、6つのたこ焼き。既にソースやマヨネーズは掛かっている。

袋に付いていた割り箸を取り出し、彼は適当に自ずの口へ放り込んだ。

暖かな生地の旨味と蛸の触感が舌の上で繰り広げられる。…彼は選択を後悔することは無かった。


「あっ、美味いな」


「うん!やっぱりたこ焼きは美味しいね!」


彼女は笑顔でたこ焼きを称賛した。

事実、美味しかったのは確かだ。頬張ってみると、再度旨味が引き出される。

蛸本来の触感と柔らかさが相俟って、この上ない美味しさが堪能できる。


彼らは軽く平らげてしまった。

空腹に勝る調味料は無し、やはり簡単に食べきってしまう。


「…これで満腹だな。…早く研究所に帰らないとまた始末書、書かされるしな…」


「…ジェネシスさんは一体どうしたいの?」


こいしは席を離れようとする彼にそう問いかけた。

その質問は海溝のように奥が深く、何せ深淵のような形容の深みが存在していた。

彼は立ち止まった。彼女は下を俯いては、その真実の在処を気にしていた。


「…何をだ」


「だから、これからどうするつもりなの?」


「…私はハルバード王国と戦う。…あの"さとり"とやらには負けたくないしな。

―――私は余り戦う事は好きじゃないが、私の戦闘動画がYouTubeで載せられている以上、なぁ…」


「ふーん…」


彼女は彼の質問を受け止めると、席を立ちあがった。

そして辛辣だった表情を変化させ、元も笑顔に戻った。天真爛漫そうな顔だ。

其処には罪も何もない、ただ純粋無垢な笑顔が表現されていた。


「じゃ、帰ろっ」


「…ああ、そうだな」


彼らは満腹感と共に、駐車場に停めてあるGT-Rの元へ歩いていった。

フロントガラスを隔てて、パチュリーが幸せそうな顔で目を瞑っては夢を見ている。

彼らも乗りこむと、サービスエリアを後にした。


◆◆◆


空では真丸の月がクレーターをも鮮明に映して輝いている。

彼は宵闇の中に伸びる高速道路を走行している間、こいしに問われた質問の意義を考えていた。


―――ジェネシスさんは一体どうしたいの?


彼女にそう言われた時、彼は変異が容易に行える架空の生物―――バルトアンデルスを頭に浮かべた。

ホルヘ・ルイス・ボルヘスの『幻獣辞典』に登場したその生き物は、自身の能力で何にでも変身が出来る。

その質問もどう受け取るかで、質問者のこいしへの感情を変異出来たのだ。

曾てネットサーフィン中に辿り着いたWikipediaでの当該ページで見た知識を使ってみたいという好奇心も其処には存在していたが。


車は静かに高速道路を走り抜ける。

光の軌跡を描いて、彼はその質問の真実を見出そうとしていた―――。

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