21章 其の名は謂れ 所以の魔王
混乱に陥った刑務所内は時化た海のように大荒れ、騒然とする。
囚人たちは一斉に大脱走を図り、大暴動が発生したのだ。
その混乱に加わり、一種のデモのようにも見えた刑務所内の進軍は何処か勇ましくも―――。
中ではそんな暴動を取り押さえる為、多くの機械軍兵がマシンガンを連射し、暴動を宥めようとする。
しかし勢いに任せていた流れは少数の兵士たちを呆気なく押し潰すがオチであった。
残酷な願いも其処には届かず、哀れな断末魔が暴動の陰で憔悴感を募らせる。
波に乗った2人はそのまま外へ向かうであろう流れに身を任せていた。
前線は機械軍兵のマシンガンによって倒され、次第に人の皮は剥がされていった。
サイレンの中、悍ましき声と共に進む暴動は全てを喰らい尽さんとする大蛇のようにも見えたのも事実であった。
すると機械軍弐號式枢機卿…所謂兵士たちを束ねる存在であるレミリアが暴動を前に姿を見せたのだ。
右手に構えた二本刃の日本刀の先を大多数の波に向けて、一気に貫かんと―――。
「喰らいなさい!貴方たちに行き場なんて…ギャっ」
波に呆気なく押し潰され、全くと言ってもいい程歯が立たなかった彼女。
機械軍枢機卿と言えど、所詮は眇軀の諷喩である。同じ命を受け持った存在に偏差は無いのだ。
「…だ、大丈夫ですかレミリア様…」
「だ、大丈夫よ。…それよりも奴らを止めるのよ!…バハムート・ゼロミッションを起動させなさい!
あの兵器ならコイツらも丸焦げでしょ!」
兵士に諭され、自らの心配を制止させた彼女は新兵器の起動を要請する。
電話で話しかけたのは小悪魔であった―――しかし相手は応答しない。…電話に出ないのだ。
抑々全牢獄が開放されたのも、主に管理室の彼女に委ねられている。
…冷や汗と共に、何処か嫌な予感を脳裏に浮かべながら、彼女は刀を構えて兵士たちに命令を下す。
「いい!?貴方たちは出来る限りの事を尽くして奴らを外に出ないようにさせるのよ!
…後は私自らがゼロミッションを動かすわ!…それまでの辛抱よ!頑張りなさい!」
言い放つだけ言い放って、彼女はそのまま兵士たちに背を向けて管理室へと向かう。
悪寒が走る。何処か不安な気持ちを他所に、そのまま―――。
冷たい空気が肌に触れた時、其処にあった大剣の墓標―――。
瞋恚を目覚めさせ、怒りに震えた彼女は改めて戦争の残酷さを思い知った。
機械軍は確かに武装勢力であり、何処かの国で言う自衛隊みたいなものだ。だが、いざとなって仲間の死を目にすると、憐れみを感じてしまうのだ。
寛恕の感情を不意に思い出し、其れと同時に殺した犯人への怒りを蝋燭の燈火のように灯して―――。
すると兵士たちへの緊急連絡網が入り、彼女は静かにそれを聞いた。
相手はフラン、何かを知ったそうな青ざめた声は恐怖を彷彿とさせる。
「フィラデルフィア大空襲の件が向こうにバレたみたいなのよ!
何故かは分からないけど、国家機密事項がフィラデルフィアに伝わって…そして刑務所も…。
―――刑務所配置の機械軍兵は暴動の鎮圧を、フィラデルフィア潜入隊は撤退を要請して!」
唐突に響いたフランの声。
其れは更に彼女の圧迫した心を狭め、何処か苦しい感情に至らせる。
すると彼女は大剣の墓標の前に何かが落ちているのを気づいた。
其れを手で掬い上げて拾ってみると、掌の中にジェネシスの物と思しきアルカナが―――。
彼女は聞いていた。美しきダイヤモンドのような結晶の話を。
しかし彼は「途中で失くした」と嘘を貫き通し、結局は闇の中に葬られたと思っていた―――。
「…ジェネシス…全て貴方なのね!
―――なら赦す訳にはいかないわ…私が全てを止めて見せる!」
中央機械の前に置かれた回転いすに腰掛け、慣れた手つきで操作する彼女。
そして遂に、フィラデルフィアの巨大兵器は目を覚まし、身体を震わせて全てを轟かんと―――。
「…さあ!蘇りなさい!…私の…いや、私たちの究極兵器…。
――――――――――バハムート・ゼロミッション!」
◆◆◆
流れに乗っては曾ての仲間を捜していた2人。
前方で壁となっていた人々はマシンガンを前に倒れゆくものの、やはり後続は数が多すぎた。
その流れは留まる事を知らず…。
しかし、突然足元の大地が震動し、大地震かと思えば目の前に現れた巨大な機械龍―――。
赤き眼を轟かせて、囚人たちに怯えを与えし兵器―――。
「…バハムート!?何故ここに!?」
ジェネシスは素っ頓狂な声を上げて、目の前に現れた存在を凝視した。
機械龍は流れをなし崩しに崩壊させ、口から放った焼却弾で大量滅却を図っていた。
波は完全に崩壊し、2人はすぐさまバハムートから死角となる位置へ避難した。
バハムートによる流れ崩壊のお陰で見廻り兵も戦いやすくなったのは事実であった。
マシンガンで散り散りになった囚人たちを余すことなく射撃し、血が噴き出る。
血の雨が降り行く中、パチュリーとマター博士、そしてケット・シーを捜す。
間違いなく、今の少ない人数の中でバハムートに挑めば返り討ちにされてしまうだろう。
「…何処にいるんだ…!」
「ワイは此処やで!」
突然、自分の右肩の積み荷が重くなったと思えば、其処にはあの猫の姿があった。
ふさふさした毛が顔に触れる。…少し、暖かみを感じて。
「いたのか、ケット・シー」
「わ~!このネコさん可愛い~!」
「ちょ、ほんま…やっ、やめーや」
こいしはケット・シーを抱きかかえ、ふさふさした感触を味わう。
当人は最初は嫌がっていたが、抱きかかえられた相手が少女だと知ると嬉しそうな顔をした。
明らかな確信犯であるが、彼は特別に突っ込まないであげた。
「…まあ、これで残りは2人だけか」
「その2人はもう此処にいるわよ…ジェネシス」
「そうじゃな。…遅れたのう」
都合良く、その場に姿を見せたのはパチュリーとマター博士であった。
ジェネシスに向けて微笑みの眼差しを向けていた2人に、彼は同じ事をし返した。
―――これで逸れていた全員が揃ったのだ。
―――大地は震え、そして動く。
バハムートは暴れ、炎の海と化していた刑務所内は兵士たちが徘徊している。
…全てを変える為にも、彼らは、此処に――――――。
「…行こう。…力を合わせてバハムートを倒そう!そしてフィラデルフィアに帰るんだ!
――――――私たちは…独りじゃない!」




