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11章 ケット・シーとの出会い

そのままFBIの車に乗って一行は総合参謀本部へと向かう。

やはり光景は著しく悲惨であり、何処か憔悴感を感じてしまう。

しかし、その奥に天まで聳え立つガラス張りの巨大ビルを始めとしたフィラデルフィアの中枢的存在は災害を免れていた。

段々と周りの景色も移り変わって行き、最終的には元の町に変わっていた。

余りの変貌に彼も、また彼女たちも目を疑わざるを得なかった。


「…荒廃したフィラデルフィアを見ていただけであって、元の町は安穏ですなあ」


「もう徴兵令が施行された以上、安穏なんかではありませんけどね。

―――でもジェネシスさんは兵役、免れられるらしいじゃないですか。考古学者だし」


慧音の話に応えた、前の座席に座る小町。

ラジオを消し、映像と共に音声が流れて分かりやすいカーナビを彼女は観ていた。

ジェネシスたちがさっきまで戦っていたバハムート・ギャラクシュアスの絵が4人と共に映し出される。

テレビに映ったのは名誉なのか。其れは彼自身も分からないでいたが。


「…兵役、か。我々フィラデルフィアが軍事大国ハルバードに勝ち目なんてあるのか?

戦う事を忘れてた程、安寧な世界に過ごす住民が急に銃剣を構えても、役立たずで終わるしな」


「そこで私たちFBIが登場ですよ。…まあ、民間人を頼りにはしてませんよ。

こっちには冷戦状態であった我が国を守る"秘密兵器"がありますから」


小町は自信満々な笑みを浮かべていた。

やがて車はフィラデルフィア総合参謀本部の駐車場となる地下立体駐車場へ入っていく。

明るかった景色も薄暗くなり、橙色の電灯の下で車は走る。

地下の冷淡な空気にタイヤとコンクリートの摩擦音が響く。其れは何処かで落ちる水の一滴さえもかき消すような…。

決められた番号が振られた駐車スペースに車を停車させると、4人は降り立った。

8つの足が地面に着地し、音を奏でる。彼は病衣でありながら此処へ来たことを恥ずかしく思っていた。


「…で、私はこの服装のままか」


「あはは、ちゃんと向こうで服装は用意されてますから、ご安心くださいよ」


「笑ったな!今、私を笑ったな!」


彼はふざけたノリを垣間見せて、小町に怒った。

勿論、本気では無い。彼女もそんな彼の流れに乗って、笑みを浮かべて両手を上げる。


「やめて下さいよ!でも…プププ」


「思いっきり笑ってるじゃねーか!」


そんな2人のノリを傍観していたパチュリーと慧音はそんな彼らに何処か慰められた気がした。

実際にも、彼は病衣を纏っており…外出するには少し勇気が必要であった。

だが、フィラデルフィアに襲い掛かった災難に対しても視線を逸らさず、真正面で向き合おうとする彼の姿勢に何処か感銘を受けるものであった。


「…ジェネシス」


「んあ?何だ」


「…やっぱり貴方は変ね。…いや、悪い意味では無くて良い意味でね」


「どっちにしろ変人扱いじゃないか。…まあ、一先ずは上がろう。…寒いんだよ」


地下は冷えている。…それもそうだ、太陽の陽が入らないのだから。

橙色の電球の下で、簡単な薄衣を羽織っているに過ぎなかった彼は人一倍寒い。

実際、彼の身体は小刻みに震えていた。


「そ、そうね。彼の身体も考えて…早く上がりましょう」


◆◆◆


総合参謀本部。フィラデルフィアの中枢を担う存在として、一流のエリート達が集う場所。

中では宣戦布告したハルバード王国の様子を把握する為、パソコンのキーボードをタイピングする音しか聞こえない。彼自身、パソコンよりも本などを使って調べるのが好きな派属で、機械には疎い。


「しっかし、誰も喋ってないなんて…労働基準法違反じゃないか」


「何を言ってるのよ貴方は…」


黙り込むことが人一倍苦手な彼。一人旅や流浪の流れに乗るのが好きでありながら、誰かと一緒にいる時は喋ることを止めない。この矛盾は何処か変でありながら、周りには受け入れられていた。

因みに労働基準法には違反していない。労働基準法とはあくまでも「勤務時間」によるものである。


「…貴方、もう少しは法律ぐらい勉強したら?」


「えぇ...」


考古学しか興味を抱けない彼はパチュリーの発言に戸惑ってしまう。

その間にもFBI部課へ足を運ぶ4人。静かな室内の中、只管ジェネシスとパチュリーの声が響く。

小町はそんな3人を先導しており、いつの間にかタイピング音が消えたと思えばそこはFBI部課であった。

小町の帰還に対し、その場にいた職員が敬礼する。反射的に彼女も敬礼するや、3人に告げた。


「…今からハルバード王国の実態について、少し分かった事があるのでお話ししたいな、と。

と言う訳で待合室で待っていてくれませんか?…あ、簡単なお茶と菓子なら置いてありますから」


喧噪的な室内から隔たれた場所にあった、和室。

畳の上に置かれた桐机には、高そうな急須と茶葉、そして老舗で知られる店の和菓子がざるの中に置いてあった。


「では、ごゆっくり~」


小町はそう言うと、襖を閉めてその場から立ち去った。

3人は畳の上に座って、それぞれに用意された湯呑茶碗に茶葉を淹れる。

仄かな茶の香りが漂い、高級感を示していた。紅茶好きな彼も、此れには頷かざるを得なかった。


「…美味しい」


「お茶に味ってあるのね。…何時も飲んでるベットボトル緑茶なんかより美味しいわ」


「原価が違うと思うんですけど」


慧音はパチュリーの発言に付け加えた。

コンビニや自販機で売っているベットボトル緑茶なんかより美味しいのは明白だ。

そもそも当たり前の会話過ぎてつまらない。

待たされている以上、暇になってくるのは事実だ。喋ることが好きな彼は話題を作る。


「…そういや以前、チャカ・リプカの遺跡の事で新たな資料が見つかったって」


「チャカ・リプカ?…あのオンボロ遺跡でしょ?」


「遺跡は何処もオンボロですから」


溜息をつく彼は話を続けた。

背伸びして、リラックスしていた彼は考古学者、遺跡に関連した話を提議する。


「…写真家が暇つぶしに撮った写真に、謎の文字が刻まれていた、と。

どうやら其れが私の解読した古代文字"線文字C"ではないか、と噂があってね」


線文字C―――其れはジェネシス博士が最初に解読した、古代言語である。

曾てのクレタ島などで使われた線文字A、Bに形式が似ている新言語であり、それは主にフィラデルフィア近辺の遺跡に使われている物であった。

何故読めたのか、其れは彼自身も実は…分からないでいた。ただ、遺跡に刻まれた文字を読み上げられるのだ。文法を解析しても、彼の読む文章は辻褄が合っていた―――。

…こんなご都合主義は御免かもしれないが、彼しか読めないのは不思議な事態であった。

基本、マター博士と共に彼は同行するのが良いとされたが、何せ流浪の旅で姿を消す。


今回のチャカ・リプカ訪問も彼が同行するはずであったが、姿を消した。

そして失踪、現在に至るという訳だ。


「…貴方のは解読じゃなくて超能力か何かよ」


「読んでるから"解読"…」


「じゃあ解読の調査書でも提出しなさいよ、線文字Cの」


「えぇ...めんどくさい」


「何で考古学者やってるのよ…」


パチュリーも溜息をつく。面倒でありながら研究所に居座る彼が不思議であったが。

抑々、流浪の旅で姿をすぐに消す辺りで変人であるのは分かっている。


すると襖が開き、小町と共に緑色の髪をした女性が畳の上に上がる。

机を囲むように座った2人は3人に対し、静かに話始めた。


「えー、で…今回の事案を話したいと思います。…あ、こっちは映姫さんね。私と同じFBI。

日本から依頼されて、主にスパイ活動やエニグマ解読を行ってる凄い人ね」


「あ…よろしくお願いします」


映姫は正座をしながら頭を下げた。

丁寧なあいさつに彼は「いやいや、頭を上げて下さいよ」と言って落ち着かせる。

和んだ空気を好む彼は硬い雰囲気が嫌いだ。自由を束縛するもの…特にツアーなどは大嫌いだ。


「…で、今回の事案ですが…まず言っておきましょう。ハルバード王国は敵です」


「知ってた。宣戦布告してるし、最初からイメージは悪かったからな」


「…で、ジェネシスさんを拉致しようとする原因は…"線文字Cの解読"に使うから、らしいです」


小町は淡々と述べていく。

嘘偽りがまるでない、無地のキャンパスに事実を書き込むかのようであった。


「序でに映姫さんによってマター博士の居場所も発覚しました。どうやら向こうの考古学研究所で働いてるみたいですね。一応、生存はしています。ただ、心身共に怪我を負ってないかどうかは未だです」


慧音とパチュリーは生存報告に安堵を示し、彼は安心した。

胸をなで下ろして、国際名誉教授である彼の生を確認出来て良かったと感じていた。


「…で、此処からが話の本題ですが…。

―――永琳大統領が、貴方たちのバハムート・ギャラクシュアス戦をマスコミで観て、高く評価してましたよ。野次馬が撮っていた動画がYouTubeでアップされてて、再生回数は纔か1時間で10万行きましたしね」


動画投稿サイトにアップされていたと思うと顔から火が出る思いだが、小町は続ける。

和菓子を片手に、淡々と話を続けた。


「…で、マター博士の救出に赴いて欲しい、との連絡が…」


「…ファッ!?」


いきなり振られた話題に彼は困惑を示していた。

彼自身、旅と言うものは好きであったが此処まで来るとは予想を遥かに上回っていたからだ。

彼は和菓子を詰まんでは口に投げ込む。適当な仕草がそこには存在していた。


「…いや、素晴らしい事ですよ?

…我々FBIは確かに"居場所の特定"は行いましたが、FBIの潜入は返って相手の瞋恚を買いやすいんですよね。其れに…永琳大統領ならジェネシス博士の博士号もランクアップして貰えますって!」


「…悪いけど、たかだか名誉の為に働く気は無いね。

博士号がランクアップとか、そんなの目に見えない称号だ。私から見れば只の紙クズだ」


彼女の問いを斬り捨て、颯爽と立ち上がってその場を去ろうとするジェネシス。

馬鹿馬鹿しく思えたのだ。称号と言う、実世界では何の役にも立たない物で人を釣ろうとする姿勢に。

動画投稿サイトで投稿されようが、所詮は上辺だけの肩書。生きる上では価値さえも示さない。


「紙クズ、ってそんなぁ~名誉はいい事ですよ~」


「私は魚では無い、人間だ」


ジェネシスはそう立ち去ろうとした瞬間―――その時であった。

映姫も立ち上がると、襖を開けて右手を上に翳した。何かの合図なのか、FBI職員2人が1匹の黒猫を連れてきたのだ。

しかし…驚くことに、その猫は二本足で歩いている。慣れているのか、「やあ」と挨拶をする。


「…ファッ!?」


「どどどどどどどどういうことよ!?映姫!」


「これは我々FBIが開発したネコ型ロボット…"ケット・シー"になります。

主に言う事を聞き、潜入は勿論のこと、人工AI搭載の為、会話も可能です。

戦いも容易く行え、自動銃が常に装着されております。構造はダイヤモンドの硬さを生かしており、破壊されることはほぼございません」


「ケット・シー...」


彼は考えを一旦止めて、連れてきた黒猫を抱いて見せる。

ふさふさした毛が彼の腕を包む。可愛い撫で声を上げるネコ型ロボットに何処か癒されていた。


「…行こう」


「考え改めるの早いわね…」


彼はケット・シーを抱いてから考えをすぐに改めた。

その速さにもう少し自分の意見を通して欲しかったパチュリーはため息をつく。

病衣であった彼はすぐさま着替え、潜入員特有のスーツ服姿に変貌した。

腕ではふさふさした黒猫が尻尾を捲いて寝ている。


「…行くか。…マター博士を助けに」


「…え?私も行くの!?」


「当たり前じゃないですかー!ホラホラ、パチュリーさんもこっちに!」


無茶ぶりを突きつけられ、小町に誘導されるパチュリー。

そのまま、ジェネシスを含めた3人は何処かへ消えてしまった。

慧音と映姫はその場にいて和菓子を食べ乍ら、静かになった和室で話している。


「…ケット・シー...また凄い発明をしたのね。しかも丁度ジェネシスにはぴったり」


「変なモノ好きであることをこっちは既にリークしてますから。

…あ、ケット・シーってご存知ですか?イギリス民話に出てくる、伝説上の生き物ですよ」


「知ってるわよ。人間の言葉を喋って、二本足で歩く上に王様のような恰好をしてるんでしょう?」


「ご名答。…流石は慧音さんですね。まあ、考古学者だから知ってて当然ですかね…あはは」


◆◆◆


「…れ、列車か」


彼はFBI部課の別の部屋に連れ出す小町と、巻き添えを受けたパチュリーと共に任務の内容を聞く。

話しているのはケット・シーだ。ネコ型ロボットの癖して、機械音声を使って話す。


「そうやで。だってジェネシスはん、飛行機は苦手でしょ?」


「トラウマだ。二度と乗りたくないね」


「ほな、だったら決定や。行きましょうや」


エセ関西弁を用いるのがこの猫の特徴か。大きさは普通の猫と変わらないが、机の上で二本足で立つ点がどうも滑稽に見える。

小町の説明を分かりやすく代弁する点が、このロボットの凄いところでもある。


「…お前も行くのか」


「当たり前や。ワイだって行かなきゃ給料貰えまへんで」


「現実的な事を言うネコだなぁ...」


ケット・シーを右肩に乗せて、渋々ソファから立ち上がるジェネシス。

背中の皮の鞘に入った大剣を背負って、新たなミッションを遂行する為にも―――。


「…ハルバード王国へ宣戦布告をした為、今日で旅客便が最後になりますね。

…で、2人は列車をハイジャックして、そのままハルバード駅に猛スピードで突っ込んでください。

あ、勿論避難して下さいよ?後はケット・シーの指示に従っていけば、きっとマター博士に会えるかと。

最終便だから混雑しそう、って言っても安心して下さい。FBIの特権は凄いですから」


どうやら、道のりは長くなりそうであった。

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