壊れた世界で君と出会う
兄貴を形容する言葉があるとすれば【天才】としか言いようがない。
俺のような努力で以って作った継接ぎだらけの紛い物ではなく、兄貴は、本物の天才だった。
「まったくお前は誰に似たんだろうな」
失望と侮蔑の入り混じった声。その感情を敢えて隠そうとしない父親の声は、俺と兄貴を比較していると言うことを、俺に理解させる為にだ。長年聞き慣れた嫌味は台本に書かれている台詞をそのまま言っているかのようで、まるで呪詛を唱えているみたいで気持ちが悪い。
「どうして彼方はあの子のように出来ないの」
その呪詛に同調するかのように、父親の隣で泣きながら喚く母親の声。
「出来ないのならせめて、少しは、あの子になるように努力して頂戴」
俺だって出来ることなら兄貴のようになりたい。けど天才って言うのは成りたくて成れる訳でも、努力すれば成れるって言う理屈でもない。生まれ持っての才能だ。
だから。
いくら努力したところで、俺は【天才】には成れなし、凡人は何処まで行っても「凡人」のままでしかない。
いくら努力したところで、俺は【兄貴】には成れなし、別人に他人の人生を強要するのは間違っている。身代りにさせてはいけない。俺は俺で在って、兄貴の代用品じゃない。
もう俺に兄貴を求めるのは止めてくれ。
どんなに泣いて叫んで訴えても、俺の声が両親に聞こえていないことぐらい知ってる。
毎日のように続くこの三文劇に、苛立ちを通り越して、生理的な嫌悪感で吐き気すら覚えた頃。
>>ゲームは好き?
俺はそいつと出会った。
>>嫌いじゃないよ、ただの暇つぶし。
>>ふー……ん
出会ったと言っても、直接じゃない。あくまでもパソコンを通してだ。
>>ま、いっか
>>おもしろいゲームがあるんだけど
やらない?
と。この瞬間。
ここから全部の運命は決まっていたのではないかと思う。
>>いいよ、暇だし。
誘いを受けたのは気まぐれで、いつものように現実逃避をするためのはずだった。
それがまさかこんなことになるなんて考えてもみなかった。
刃物が肉に食い込む嫌な感触と、ぬるり、と伝う血は本物で、鉄錆を含んだ臭いに吐き気が込み上げる。
視覚も、聴覚も、触覚も、嗅覚も、味覚も、人間の持つ五感すべてが再現された仮想世界で、
「あーあ、死んじゃったね」
俺は自分の手で人を殺した。
「君のお兄さんだったのでしょう」
小首を傾げ、そいつは嗤いながら言う。
「殺したいほど憎かったの?」
違う。俺はただ、兄貴と比較されたくなかっただけで。
「兄貴のことが憎かったわけじゃない」
「ふー……ん」
確かに殺したいほど憎いと思った時期もあった。
けれど、それでも俺にとっては優しい兄さんで、大好きで、だからこそ比較されて苦しかっただけで、愛憎だと気づいた時にはもう手遅れで。
頬を伝う涙だけが、どうにもならない俺の本心なだけだ。
「そっか」
とっくに壊れた俺の世界で、君と出会ったのが運命なら。
「いまの君はとても悲しいのですね」
それはとても残酷で、この上なく幸せなことなのだと思う。
だって、君は俺から逃げない。よき理解者になってくれるとの確信があるのだから。
俺の小さな姫君は、俺の本心を知って嗤う。
ああ、俺はこの女に翻弄されて堕ち逝くだけだ。