神さま人間さま。
よく晴れた、風の心地よい午後。二人の神さまが、雲の上でのんびり寝転んでいた。
「なあ」
「なんだよ」
「あそこに島国があるじゃん。あそこの次の大統領、誰になると思う?」
「さあ。俺はA氏だと思うな」
「えー、なんでだよ。俺は断然B氏だな。ああいう脂ぎった顔の奴は、意外といい奴だったりするんだよ」
「どんな理屈だよ。大統領は清潔な方がいいだろ」
「分かってねえなあ、お前は。そういう奴には必ず裏があんだよ」
一人の神さまは、続けて滔々と自論を繰り広げた。それを聞くもう一人の神さまは、例の島国を双眼鏡で見つめる。
「俺はA氏がいいと思うがなあ」
A氏はスマートな外見に清潔感を伴った好青年だ。対してBは正反対、脂ぎった顔に目付きの悪さが不潔さを増長させている。どう見てもA氏の方が、国民に受けそうだ。
「じゃあさ、賭けようぜ。もしA氏が当選したら、お前の言うこと何でも聞くよ」
「なるほど、面白い」
一人の神さまの負けず嫌いに、もう一人の神さまのプライドが刺激された。こうして二人の神さまは、ある島国の大統領選挙を見守ることになったのだった。
「じゃあさっそく……」
「おい」
B氏推しの神さまがライフルを構えるのを、もう一人の神さまが慌てて止める。
「なんだよ」
「A氏を殺すつもりかよ。それはルール違反だろ。それにこの前大神さまから発令された」
「人類憐みの令」
「そう、それだ。俺らはどんな悪人も殺してはいけない。そうだろ?」
「ちっ」
B氏推しの神さまは舌打ちをして、しぶしぶライフルをおろした。A氏推しの神さまが、ほっと胸を撫で下ろす。
二人の神さまを乗せた雲は、ゆっくりと島国の上を散歩していた。時折他の雲に追い越され、また追い越し、その度に神さまたちは別の神さまと言葉を交わした。
「なんか飽きてきたなあ」
一人の神さまが、足を空に投げ出して言った。
「早いな」
「だってよ、あんな小さい島国の大統領が誰かなんて、俺らには関係ねえことだろ。それこそ地上の些事だよ、地上の些事」
「賭けを仕掛けてきたのはお前だ」
「そうだけどよー。どいつもこいつも同じ宣伝文句ばっかり使いやがって、つまんねえじゃん」
「人間なんて考えることは皆同じだからな」
地上では、噂のA氏とB氏が別の場所で、それぞれ街頭演説を行っていた。道行く人はそれを気にも留めず、足早にその場を去っていく。
ふと、一人の神さまが立ち上がった。足を空に投げ出していた神さまも、何事かと姿勢を正す。
「いいことを思いついた」
「なんだよ」
「雨を降らそう」
「雨?」
「そうだ、雨だ。雨が降ってもなお、あそこで演説し続けたほうが勝ちだ。どうせ開票される頃には、この雲は島国の上にはもうないだろうしな」
「なるほど。根性比べだな」
もう一人の神さまは了解し、雲から下を興味深く眺めた。やがて二人の神さまが乗っていた雲が、地上に雨を放ち始める。二人は息を飲んで地上を見つめた。
ところが地上では、二人の選挙立候補者が、いそいそとマイクやスピーカーを片付け始めていた。そして誰よりも早く、自分の選挙カーに乗り込んで濡れた体をタオルで拭いた。
雲上の神様たちは口をぽっかり開けて顔を見合わせ、同時にしかめてみせた。
「最悪だ」
「最悪だな」
「突然の雨に慌てる国民が眼前にいるのにも関わらず、か」
「人間なんてこんなもんだ。皆自分のことしか考えていない」
しかし二人の神さまは、やがて異変に気付く。乗っている雲が薄くなっているのだ。
「どうしよう、お前が雨なんか降らすから」
「知るか、お前も俺の案に乗っただろうが」
そうしている間にも、雲は徐々に厚みを失っていく。助けを求めようにも、生憎周りに他の雲は浮かんでいなかった。先ほどまでそこらじゅうに仲間がいたのに、今では完全に孤立してしまっている。
「おい、どうすんだよ、このままだと俺ら、地上に落ちるぞ」
「人間どもはさぞ驚くだろうな。あ、落ちる……」
一人の神さまが言った途端に、足元の雲が透け、二人は真っ逆さまに地上へ落下し始めた。
徐々に近づいてくる地面を前に、二人の神さまはお互いを下にしようと、もみくちゃになって暴れた。顔を殴り、脇腹を蹴り、髪の毛を引っ張って、どうにか自分が上に乗ろうと必死で相手を罵った。
そして二人は、まもなく地面と衝突した。
翌日の新聞では、二人の男が抱き合ったまま高層ビルから自殺を図ったとして、大変なニュースとなっていた。それを見る誰もが、それが神さまだとは気付かなかった。
選挙カーの中でその新聞を読んだA氏は、「世の中が腐ってるから自殺者が出るんだ」と熱をこめて言ったし、演説を終えて自宅に帰ったB氏は「何も自殺しなくても」と吐き捨てるように言った。