冒頭
恋をするということは
幸せであると同時に
残酷でもある
これはある恋をした
一人の少女の話
「……はぁ……今日も来ないか……」
北方の地に作られし山村
背後に悠然とそびえ立つ
ルドニの山の麓に
人々が集まり作られているため
ルドニの村と呼ばれている
「……あの人は……いつ来るのかしら……」
秋終の夕暮れに
ため息をついているのは
とある少女
白いブラウスと
緑のスカートに
細き身を包み
見目麗しき美貌に
仄かに紅い宝石を
はめ込んだ双眸は
今は物憂さを宿している
その姿を形容するならば
恋という病を患った
白百合のよう
名をエリカといった
「やぁエリカ。今日もあの人を待っているのかい?」
エリカに話しかけた青年は
蒼空を切り取ったような
蒼いワイシャツに
深みを帯びた森を思わせる
緑のベストを着て
夜空色のスラックスを穿いた
蛇を思わせる顔をした
金髪の持ち主
名をカーメルといった
「君はいつまで、あの人を待ち続ける気なんだい? いい加減諦めて、僕と付き合ったらどうかな」
ルドニの村の掟
それは齢十六となった娘は
同じ村人の元へ
嫁がなければならない
それはルドニの村の
開拓時代から続く
伝統というしきたり
「……カーメル……今のあたしはあなたと付き合う気にはなれないわ……だから諦めて他の人にしたらどうかしら」
「君が拒絶しても、村人たちが黙っていないよ? それとも君は、伝統を破る気なのかい?」
「そうじゃないけれど、でもあたしにはあの人が忘れられないのよ……あたしを狼から助けてくれたあの人のことが……好きなの」
伝統という枷の中にいながらも
エリカの瞳は己が助け人たる
ある冒険者へと恋い焦がれていた
しかし、カーメルにとっては
好まないことだ
己の想い人が
他者に恋い焦がれているというのは
やるせない怒りを
心中に孕むのを
感じることには変わらない
「君の気持ちは分かったよ。でも、僕は君を諦めないからね」
カーメルは憤りたくなる衝動を
精神力で抑えながら
エリカの元を去っていった
「そういえば、あの人と出逢ったのも、こういう夕暮れだったわね……」
カーメルの心中を知らないエリカは
己の助け人との邂逅を
思い出していた