4.ここにあるやつ全部くれないか?
良介は貸し靴を受け取って自分のレーンへ向かった。
すると、既に中川の姿があった。
「中川さん、気合入ってますねぇ」良介が声をかけた。
「あれを見ろよ」中川が指差した方を見る。 江藤がボウリングをしている。
「俺が来た時にはもうやってたよ。 見てみろ。 もう3ゲーム目だぞ」中川があきれた表情で言う。
「それで、スコアはどうなんですか?」良介が聞く。
「まあ、大したことはないよ」
すると、江藤も気が付いたらしく、こちらに向かって手を振ってからお辞儀をした。
江藤の練習が終わった頃、ぼちぼちメンバーがやって来た。 社内にいた連中は全員、一緒に来たようだ。 良介は参加者名簿にチェックを入れていった。
社長の志田。 総務の青田。 同じく須藤今日子。 企画部の佐々山知美。 小暮。 名取。 これで9人。
それから、純と優子がやって来た。 続いて、外回りをしていた竹内と2年前に転職した本田がやってきた。
本田は2年前に小林商事を辞めて転職したのだが、純や優子と同じで、良介の企画が楽しくて未だに小林商事のイベントに顔を出している。
あと二人。 あの二人だ。 いちばん最初に会社を出たのに…。
井川と秋元は居酒屋で馬券の予想をしていた。 もちろん、今日のボウリングの馬券だ。
「お前、誰から買うんだ?」と井川。
「そりゃあ、自分からでしょう!」秋元が答える。
「じゃあ、優勝する自信があるのか?」そう言って、日本酒が入った湯のみを持ち上げる井川。
「そりゃ、そうだよ。 まあ、一応、井川さんのも買ってやるよ」
「俺はだなあ… 志田だな! あいつはハンデがでかいからな。 あとは女の子だ」
ふと時計が目に入った秋元が慌てて立ち上がった。
「井川さん、やばいよ。 もう3分前だ」
志田は懐かしいメンバーたちと話し込んでいる。 しばらくすると、メンバーを見回し、良介に尋ねた。 「まだ揃わないのか?」良介が井川と秋元が来ていないことを告げると、志田はうなずいて、受付カウンターの方へ良介を連れて行った。
「日下部、ちょっと手伝ってくれ」良介にそう言うと、受付の係員を呼んだ。
「すいません、ここにあるやつ全部くれないか?」志田は缶ビールが冷やしてある冷蔵庫を刺した。 冷蔵庫には30本の缶ビールが入っていた。
「ぜ、全部ですか?」係員が驚いて聞き返した。 志田は整然として念を押した。
「そこのビールを全部買いたいんだが、売って貰えるかね?」
「は、はい! 分かりました。 え、え~と… 9千円になります」
係員が缶ビールをカウンターに並べると、志田は金を払って、缶ビールを抱えられるだけ抱え、レーンの方へ歩いて行った。 「日下部、残りを頼むぞ」