第1章:すべてを置いてきた日
この物語はフィクションです。
登場する人物・出来事・世界はすべて想像の産物です。
この世界において、救いは保証されておらず――死さえも終わりとは限りません。
システムは導くために存在するのではありません。
それは裁くために存在します。
這い上がる者もいれば、壊れる者もいる。
意味もなく消えていく者もいるでしょう。
もし、弱さが許されない物語を目撃する覚悟があるのなら――
トクドウ・アキラは十七歳の少年だった。
そして今、彼は高校三年生になったばかりだった。
しかし彼は、この十七年間ずっと――家族に愛された記憶がなかった。
生まれた瞬間から、彼は「失敗作」として扱われてきた。
運動が特別できるわけでもない。
勉強が飛び抜けて優秀なわけでもない。
見た目も普通。
兄弟と比べれば、すべてが“平均以下”に見えた。
ただ一つだけ違うものがあった。
折れない意志だけは、異常なほど強かった。
しかしそれは、この家では何の価値にもならない。
両親が求めるのは結果と利益だけ。
兄弟は才能を評価され、褒められ、期待される。
だがトクドウだけは違った。
存在していないかのように扱われるか、失敗の原因として処理される。
何か問題が起きれば、それはすべて彼のせいだった。
「またお前か」
その言葉だけが、この家のルールだった。
---
そんな日々の中で、唯一の救いがあった。
それは、彼のアルバイト先だった小さな菓子店だ。
そこにいた年配の女性だけは、彼を“失敗作”として見なかった。
ある日、彼女は何気なくこう言った。
「トクドウくん、もし本当に辛くなったら、うちに来てもいいんだよ。部屋も余ってるし、あなたみたいな子は歓迎するよ」
トクドウは何も言えなかった。
どう返せばいいのか分からなかった。
ただ、静かに頷くことしかできなかった。
それでも――その言葉だけは、ずっと覚えていた。
---
そして今夜。
彼は決めていた。
この家を出る、と。
夜の静けさの中、トクドウは古いリュックに荷物を詰めていた。
服。
数冊のノート。
そして、二年間かけて貯めたわずかな金。
それだけだった。
十七年間の人生のすべてが、この小さなバッグに収まっていた。
皮肉な話だ、と彼は思った。
たったこれだけで、自分の人生は終わるのか、と。
---
リュックの紐を強く握る。
手が震えていた。
だが、それは恐怖ではなかった。
「……本当に、行くんだな」
声が自然に漏れる。
止める者はいない。
この家は、最初から“家”ではなかった。
皿が割れれば自分のせい。
物がなくなれば自分のせい。
誰かの機嫌が悪ければ、それも自分のせい。
理由など関係ない。
答えは最初から決まっている。
――トクドウが悪い。
それが、この家の絶対のルールだった。
---
トクドウはゆっくりと玄関へ向かった。
そして――
その時だった。
---
BANG!!
扉が破壊されるような音と共に開く。
「どこだ!!」
父の怒声が家中に響く。
トクドウの体が一瞬で硬直した。
心臓が跳ねる。
だが、罪悪感ではない。
何かが“始まった”と本能が理解していた。
---
父、母、兄弟。
全員が一斉に彼の部屋へ入ってくる。
その目はすでに“結論”を持っていた。
話し合いは存在しない。
確認もない。
ただ、裁きだけがそこにあった。
---
父は何も言わず、トクドウのリュックを掴んだ。
「おい、何をする!」
反射的に手を伸ばす。
しかし、その声は届かない。
リュックが開かれる。
静寂。
そして――
中から取り出されたもの。
分厚い札束。
---
「……は?」
トクドウの思考が止まる。
それは、自分が必死に働いて貯めた金だった。
逃げるための唯一の希望だった。
母が冷たい声で言う。
「これよ。盗んだのは」
---
「……ふざけるな」
声が漏れる。
「それは俺の金だ!!」
しかし、誰も聞いていない。
いや、最初から聞く気がない。
---
父が一歩前に出る。
「嘘をつくな」
その言葉に迷いはなかった。
最初から結論は決まっている。
トクドウは“犯人”だ。
---
その瞬間だった。
空気が変わる。
暴力。
理屈ではない“処理”。
痛みが走る。
それだけだった。
---
兄弟たちは後ろで黙っている。
恐れているようで、どこか安心している。
――自分ではなくてよかった、と。
---
トクドウは小さく笑った。
「……そういうことか」
今日もまた、そういう日なのだ。
---
「やめろ!!それは俺の金だ!!」
叫びは届かない。
「全部自分で働いて貯めたんだ!!」
返答はない。
ただ冷たい視線だけ。
---
「頼む……やめてくれ……!」
しかし、止まらない。
言葉は意味を持たない。
最初から、この結果は決まっていた。
---
トクドウは理解する。
――自分には、最初から“選択肢”などなかったのだ。
---
そして、その時。
ほんの一瞬だけ、隙が生まれた。
---
トクドウの体が動く。
理由は分からない。
本能か、それとも偶然か。
ただ――
その瞬間、彼はリュックを掴んでいた。
---
そして。
走った。
---
扉を破って外へ飛び出す。
裸足のまま。
息が焼ける。
視界が揺れる。
だが止まらない。
---
止まれば終わる。
戻れば死ぬ。
それだけは分かっていた。
---
背後から怒号が響く。
だが振り返らない。
ただ走る。
走る。
走り続ける。
---
時間の感覚は消えていた。
数分か。
一時間か。
分からない。
---
気づけば、彼は一人になっていた。
静かな公園。
夜風。
誰もいない場所。
---
「……はぁ……」
膝が崩れる。
地面に倒れる。
リュックだけは離さない。
---
痛みが遅れて押し寄せる。
だが、それでも――
彼は生きていた。
---
そして。
そのまま、意識が沈んでいく。
世界が遠ざかる。
音が消える。
---
そして――
—
世界が揺れた。
トクドウは、自分がいつ走り出したのかさえ分からなかった。
ただ、体が勝手に動いていた。
裸足のまま。
一歩踏み出すたびに、足裏に鋭い痛みが走る。
だが、止まる選択肢はない。
止まれば――終わる。
それだけは、本能で理解していた。
「ハァ……!ハァ……!」
呼吸が追いつかない。
肺が焼けるように痛い。
視界が激しく揺れる。
それでも、足だけは止まらなかった。
背後からは――
声。
足音。
確実に追ってきている。
「……くそ……!」
どうしてだ。
どうしてここまで追ってくる。
静かに出て行こうとしただけなのに。
ただ、ここから消えたかっただけなのに。
---
角を曲がる。
その瞬間――
足がもつれた。
「ッ……!」
身体が壁にぶつかる。
鈍い衝撃が全身に広がった。
だが、倒れ込む暇すらない。
トクドウは歯を食いしばって立ち上がる。
---
「いたぞ!!」
背後から声が響いた。
トクドウの表情が一瞬で強張る。
「……まだ……来るのかよ……!」
普通の追跡じゃない。
本気で捕まえに来ている。
そして――
連れ戻すつもりだ。
---
「ふざけるな……!」
息が乱れる。
心臓が暴れるように跳ねている。
「戻ったら……終わる……!」
その確信だけが、頭の中を支配していた。
---
さらに速度を上げる。
足が悲鳴を上げる。
視界の端がにじむ。
街灯の光が、歪んで流れていく。
世界そのものが現実ではないようだった。
---
そして――
限界が来た。
「ッ……!」
足がもつれ、そのまま前のめりに倒れる。
地面が迫る。
止められない。
---
冷たいアスファルトが顔を打った。
一瞬、音が消えた。
---
「……あ……」
動けない。
身体が言うことを聞かない。
痛みが全身に広がっているのに、それすら曖昧になる。
---
足音が近づいてくる。
すぐそこまで。
---
「……くそ……」
トクドウは震える腕で身体を起こそうとする。
「まだ……来るのかよ……」
声はかすれていた。
---
振り返る。
影。
複数。
すぐ後ろ。
---
「……なんで……」
乾いた笑いが漏れた。
「なんで俺なんだよ……」
答えはない。
最初から、そんなものは存在しない。
---
視界の端が暗くなる。
意識が落ちかけている。
疲労と恐怖が限界を超えていた。
---
「ただ……出ていきたかっただけなのに……」
指が地面を強く掴む。
「何もしてないのに……」
---
足音が止まる。
すぐ背後。
---
静寂。
---
「見つけたぞ」
低い声。
冷たく、確実な声音。
---
トクドウの呼吸が止まった。
---
その瞬間――
彼の中で何かが、完全に折れた。
---
視界が――落ちた。
音が消える。
痛みも、恐怖も、思考も。
すべてが遠ざかっていく。
---
「……あれ……?」
気がつくと、トクドウは倒れていた。
だが、先ほどまでの“地面”ではない。
冷たく、湿った感触。
土。
そして――静寂。
---
「……ここ……どこだ……?」
身体を起こそうとする。
しかし、力が入らない。
視界がぼやけている。
空気が違う。
いや、それ以前に――
世界そのものが違う。
---
ふと、空を見上げた。
そして――止まった。
---
巨大な影。
空を横切る“何か”。
鳥ではない。
獣でもない。
---
「……は?」
思考が止まる。
---
それは――
竜だった。
---
巨大な翼。
長い尾。
空気を裂くような咆哮。
ゴォォォォォ!!
空間が震える。
---
「……は……?」
現実感が崩れる。
---
“夢だろ”
そう思おうとする。
だが、身体が否定していた。
空気が重い。
匂いが違う。
風が冷たい。
---
これは――夢じゃない。
---
トクドウはゆっくりと立ち上がった。
足が震えている。
周囲を見渡す。
---
森。
だが、知っている森ではない。
木々が異常に巨大だ。
空の色も、どこか不自然に澄んでいる。
---
「……どこだよ、ここ……」
声が震える。
---
ポケットを探る。
---
「……圏外?」
スマホの画面には、無情な表示。
---
その瞬間。
理解してしまった。
---
ここは――
自分の世界ではない。
---
「……嘘だろ……」
乾いた声が漏れる。
---
頭が混乱する。
現実が追いつかない。
---
(異世界転移……?)
そんな馬鹿げた考えが浮かぶ。
すぐに否定する。
あり得ない。
そんなものは創作の中だけだ。
---
だが――
目の前の現実は、それを否定しない。
---
その時だった。
---
ガサッ。
---
音。
---
トクドウの身体が反射的に動く。
草むらへ身を隠す。
---
そこにいたのは――
---
異形の生物。
---
巨大な亀のような怪物が、獣を喰らっていた。
その獲物は虎のような姿をしている。
だがサイズが違う。
常識が通じない。
---
「……嘘だろ……」
喉が乾く。
---
これがこの世界の“普通”なのか?
---
背筋に冷たいものが走る。
---
もし見つかったら――
間違いなく死ぬ。
---
その時。
---
「ッ……!」
---
何かが顔に落ちた。
柔らかい。
動く。
---
「……は?」
---
視線を落とす。
---
蜘蛛。
---
「うわああああああああ!!」
---
叫びが森に響いた。
---
その瞬間。
---
亀の怪物が動きを止めた。
---
ゆっくりと――
こちらを見る。
---
「……っ」
呼吸が止まる。
---
来る。
殺される。
---
そう確信した。
---
しかし――
---
次の瞬間。
---
「……え?」
---
何も起きない。
---
恐怖が、少しずつ薄れていく。
---
(……待て)
(こいつ……遅くないか?)
---
巨大。
確かに巨大だ。
だが――
---
「……遅い」
---
トクドウの口から、思わず言葉が漏れた。
---
「……近所のじいさんの方が速いぞ」
---
乾いた笑い。
---
「……はは……ははは……」
---
恐怖と緊張が、バカらしくなる。
---
一歩下がる。
もう一度見る。
---
(……ただの亀だろ、これ)
---
理性が戻ってくる。
---
「……なんだよ、それ」
---
そして――
---
歩き出した。
---
川へ。
---
その先には――
巨大な山。
そして未知の世界。
---
「……夢じゃないな」
---
「俺は……本当に異世界に来た」
---
その言葉は、確信だった。
---
だが同時に――
まだ、絶望ではなかった。
---
彼はまだ知らない。
この世界がどれほど危険か。
そして、自分がどれほど“異常な場所”に落とされたのかを。
---
――静寂。
風が木々の間を抜ける音だけが、世界に残っていた。
トクドウはしばらくその場に立ち尽くしていた。
まだ頭が追いついていない。
だが、身体だけは理解していた。
ここは危険だ。
それだけは、はっきり分かる。
---
「……とりあえず」
彼は小さく息を吐いた。
「落ち着け、俺」
---
深呼吸。
吸って。
吐いて。
---
(異世界……異世界、か)
現実離れした言葉が、頭の中で反響する。
だが、否定する材料はもう何もない。
空を飛ぶ竜。
巨大な生物。
理解不能な生態系。
――すべてが現実だった。
---
「……まずは情報だな」
声に出すことで、自分を落ち着かせる。
---
その時だった。
腹が鳴る。
――グゥゥゥ……
---
「……は?」
一瞬、真顔になる。
---
「いや今それどころじゃ……」
もう一度鳴る。
より強く。
---
「……クソ、現実ってやつは空気読めよ」
---
緊張と恐怖の中で、現実的な問題が容赦なく割り込んでくる。
空腹。
喉の渇き。
疲労。
---
(そうだ……俺、ほぼ何も食ってない)
---
戦う前に、まず生存だった。
---
トクドウは周囲を見渡した。
森。
川。
そして遠くに続く山脈。
---
「水は……ある」
川は見える。
問題は食料だ。
---
(野生動物……いや、さっきの見た感じだと普通にヤバい)
---
彼は慎重に川へ近づいた。
足音を殺す。
無駄に命を削らないためだ。
---
水面に顔を近づける。
---
「……飲めるか、これ」
透き通ってはいる。
だが、それだけだ。
安全の保証はない。
---
しかし、選択肢はなかった。
---
彼は少しだけ口に含んだ。
---
「……っ」
冷たい。
驚くほど澄んだ水だった。
---
(……少なくとも、毒ではなさそうだな)
---
その時――
---
ザッ。
---
背後で音。
---
「……っ!」
即座に振り返る。
---
だが、そこにいたのは――
---
小さな動物だった。
狐のような姿。
だが、耳の形が違う。
目が異様に光っている。
---
トクドウは固まる。
---
(……今のは、襲ってくるやつか?)
---
数秒。
互いに見つめ合う。
---
そして――
その生物は何もせず、森の奥へ消えていった。
---
「……なんだ今の」
---
危険なのか。
無害なのか。
判断がつかない。
---
(分からないことが多すぎる……)
---
だが一つだけ確実なことがある。
---
「ここで生きるには……情報が必要だ」
---
その時だった。
---
遠くに――
光。
---
「……あれは」
---
木々の隙間。
その向こうに、うっすらと見える光の群れ。
---
人工的な光。
---
トクドウの目が細くなる。
---
「……街、か?」
---
心臓が跳ねる。
---
(人がいる)
(文明がある)
---
それは同時に――
---
安全かもしれないし、危険かもしれない場所。
---
だが選択肢はない。
---
「……行くしかない、か」
---
彼はゆっくりと立ち上がる。
---
だがその瞬間――
---
「……ん?」
---
足元。
何かが落ちている。
---
彼のバッグの隅からこぼれ落ちたもの。
---
それは――
---
折れた小さな金属片。
---
(……なんだこれ)
---
だが、彼はまだ知らない。
---
この世界では“それ”が意味するものを。
---
そして――
その光の先で、何が待っているのかを。
---
トクドウは一歩を踏み出した。
---
森の奥へ。
未知の“文明”へ向かって。
---
森を抜けるたびに、光が濃くなっていく。
トクドウは慎重に足を進めていた。
呼吸はまだ荒い。
だが、止まることはない。
---
「……本当にあるのか」
目の前の光景を見ながら、彼は呟いた。
---
巨大な壁。
それは“山”ではなかった。
明らかに人工物。
石を積み上げ、何十メートルもある壁が世界を区切っている。
---
そしてその向こう側から――
光が漏れていた。
---
(街だ……)
(本当に、人がいる場所だ)
---
胸の奥が少しだけ軽くなる。
同時に、警戒も強くなる。
---
「……問題は、入れるかどうかだな」
---
壁には門がある。
だが当然のように、警備らしき存在も見える。
---
鎧。
武器。
そして――明らかに異世界仕様の兵士。
---
「……やっぱりそうなるよな」
---
現実は優しくない。
“行けば入れる”なんて都合のいい展開は存在しない。
---
トクドウは壁の外側をぐるりと見回す。
---
「正面突破は……無理」
「裏口……いや、そんなもん普通ない」
---
真面目に考えている自分が少し嫌になる。
---
その時だった。
---
「おい」
---
低い声。
---
トクドウの身体が跳ねる。
---
「っ……!」
---
振り向く。
---
そこにいたのは――
---
フードをかぶった男。
怪しい。
どう見ても怪しい。
---
(出た……絶対関わっちゃダメなタイプ)
---
「お前、見ない顔だな」
男はゆっくり近づいてくる。
---
トクドウは一歩下がる。
---
「いや……別に怪しい者じゃない」
即答だった。
完全に怪しい人間のセリフだった。
---
「その言い訳は逆に怪しいぞ」
---
「だろうな」
---
即自覚してるのが余計に怪しい。
---
沈黙。
---
そして――
男は小さく笑った。
---
「まあいい。迷い人か」
---
「迷い人?」
---
「この壁の外で生きてる奴は、だいたいそんなもんだ」
---
(外で生きてる奴……)
嫌な情報だ。
---
「で、お前はどうする?」
男が顎で壁を指す。
---
「中に入りたいんだろ?」
---
トクドウは一瞬黙る。
---
(バレてる)
---
「……まぁ、そうだな」
---
男は肩をすくめた。
---
「なら金はあるか?」
---
「ない」
即答。
---
「だろうな」
---
間。
---
「働くか?」
---
「できるならやる」
---
あまりにも即答だった。
---
男はため息をつく。
---
「じゃあ付いてこい。抜け道がある」
---
「……信用していいのか?」
---
「知らん」
---
最悪の返答。
---
トクドウは固まる。
---
(どうする……?)
---
選択肢は二つ。
1. この怪しい男についていく
2. 自力で門を突破する(死亡率高)
---
「……はぁ」
---
ため息。
---
「もうどうでもいいか」
---
彼は歩き出した。
---
男の後を追う。
---
---
そして数分後。
---
「ここだ」
---
そこにあったのは――
---
壁の隙間。
いや、正確には“壊れている場所”。
---
「これ……バレてるだろ」
---
「だからいいんだよ」
男は平然と言う。
---
(倫理観が終わってる)
---
「ここから入れ」
---
トクドウは少しだけ沈黙した。
---
そして――
---
「……本当に大丈夫かこれ」
---
「知らんって言っただろ」
---
最悪だ。
---
だが――
選択肢はない。
---
トクドウは息を吐いた。
---
「……行くか」
---
そして――
---
壊れた壁の隙間へ足を踏み入れた。
---
その瞬間。
---
世界の空気が変わる。
---
(……中だ)
---
都市の匂い。
人の気配。
騒音。
光。
---
そして――
---
「おい、そこのお前」
---
兵士の声。
---
トクドウの心臓が跳ねる。
---
(バレた!?)
---
ゆっくり振り向く。
---
鎧の男がこちらを見ていた。
---
そして――
---
「……また迷い人か」
---
「今日は多いな」
---
拍子抜けするほどの平静。
---
トクドウは固まる。
---
(……え?)
---
兵士は顎を指した。
---
「身分確認所に行け。ここで突っ立ってるな」
---
「……はい」
---
即答。
---
---
男が後ろで笑う。
---
「ほらな。案外ゆるいだろ」
---
「どこがだよ」
---
トクドウは心の中で叫んだ。
---
(人生で一番怖い入口通過だったんだが!?)
---
こうして彼は――
---
異世界の“都市”へと足を踏み入れた。
---
まだ知らない。
---
ここが“救い”なのか――
それとも“地獄の入口”なのかを。
---
街の中に入った瞬間――
トクドウは言葉を失った。
---
「……すげぇな」
思わず漏れる。
---
石畳の道。
人の流れ。
露店の叫び声。
鍛冶場から響く金属音。
そして、空を流れる奇妙な光の粒子。
---
現実感がない。
だが、確かに“生きている世界”だった。
---
(これが……異世界の都市)
---
だが、安心はできない。
むしろ――
ここからが本番だと本能が告げている。
---
「おい、そこの」
---
また声。
トクドウの背筋が一瞬で固まる。
---
振り向くと――
---
受付らしきカウンターにいた女性。
制服のような服装。
そして、妙に慣れた目。
---
「身分証は?」
---
「……身分証?」
---
即死ワードが出た気がした。
---
「ないです」
---
即答。
---
女性は一瞬固まる。
---
そして深いため息。
---
「また“迷い人”か……」
---
(またそれか)
---
トクドウは心の中で突っ込む。
---
「最近多いのよね。空から落ちてくる人とか、森で目覚める人とか」
---
「空から……?」
---
「たまにね」
---
情報量が多すぎる。
---
(この世界どうなってんだ)
---
女性は紙を取り出す。
---
「名前は?」
---
「トクドウ」
---
「フルネーム」
---
「アキラ・トクドウ」
---
書き込まれる。
---
そして――
---
「職業は?」
---
沈黙。
---
「……学生」
---
「スキルは?」
---
「スキル?」
---
また知らない単語。
---
女性は目を細める。
---
「何もなし?」
---
「たぶん」
---
適当に答えるしかない。
---
すると――
---
女性は軽く手をかざした。
---
その瞬間。
---
空中に“文字”が浮かぶ。
---
《Status Check》
---
「……は?」
---
トクドウの目が点になる。
---
(何それ……魔法?)
---
光が彼の体を一瞬スキャンするように走る。
---
そして――
---
沈黙。
---
女性の表情が変わる。
---
「……嘘でしょ」
---
「え?」
---
「スキル無し……レベル1……完全初期状態」
---
(いやそれゲームじゃねぇんだけど)
---
トクドウの内心ツッコミが止まらない。
---
女性はさらに続ける。
---
「しかも異常に低ステータス……」
---
「ちょっと待って」
---
「よく生きてたわねあなた」
---
褒めてるのか貶してるのか分からない。
---
トクドウは顔を引きつらせる。
---
「それ、そんなにヤバいんですか?」
---
「普通なら外で1日持たないわよ」
---
即答。
---
(え?)
---
(じゃあ俺今まで何してたの?)
---
森で竜見て、亀にビビって、蜘蛛で叫んでた自分がバカみたいになる。
---
いや実際バカだった。
---
---
「とりあえず」
女性は書類を閉じる。
---
「仮登録は完了」
---
「あなたは今日から“無所属”ね」
---
「無所属?」
---
「どの国にも属していない人間。つまり――保護対象」
---
(保護対象……)
---
聞こえはいいが、嫌な予感しかしない。
---
---
その時だった。
---
外が騒がしくなる。
---
「……?」
---
トクドウが振り向く。
---
入口付近がざわついている。
---
「おい、また来たぞ」
「今日多くないか?」
「迷い人連続だな」
---
(また誰か来てる?)
---
そして――
---
その“気配”を感じた瞬間。
---
トクドウの背筋が凍る。
---
(これ……さっきの森のやつと違う)
---
明らかに“殺気”が混ざっている。
---
受付の女性の顔も変わる。
---
「……最悪」
---
低い声。
---
「トクドウ君」
---
「はい?」
---
「今すぐ裏に逃げて」
---
「え?」
---
「説明してる時間ない」
---
空気が一気に変わる。
---
次の瞬間――
---
入口が破裂するように開いた。
---
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
トクドウはその場に立ち尽くしながら、激しく息を切らしていた。
すぐに――あの連中が外へ出てくる。
――クソ。どうする。
どうすればいい?
考えろ。
考えろ。
「……考えろ……考えろ……!」
「今すぐ方法を見つけろ……!」
心臓の鼓動が異常なほどに鳴り響き、周囲の音をすべてかき消していた。
手のひらには、冷たい汗がじっとりと滲んでいる。
そのときだった。
――ガサッ。
「っ……!」
洞窟の奥から、何かが動く音。
続いて――
「外だ!誰かいるぞ!!」
「逃がすな!!」
「絶対に捕まえろ!!」
複数の足音が、一斉に洞窟の中から響き始めた。
一人、二人――いや、それ以上。
明らかに複数人の集団。
トクドウの顔から、一瞬で血の気が引いた。
(……多い)
しかも、真っ直ぐこちらへ向かっている。
――やばい。
本能が叫んでいた。
ここにいれば、確実に終わる。
「……っ、くそ……!」
トクドウは一歩後退した。
「まずい……ここから離れないと……!」
喉が乾く。
呼吸が乱れる。
心臓が暴れ続ける。
「動け……動け……!」
だが足は――
思うように動かなかった。
そしてその瞬間――
洞窟の闇が、ゆっくりと“こちら側”へと広がっていくように感じられた。
---
――洞窟の奥が、ざわつく。
足音が近い。
速い。
そして、確実に“こちらを認識している”。
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「……っ、くそ……!」
トクドウは後ずさる。
だが出口はすでに塞がりかけていた。
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(まずい……逃げ道がない)
(完全に囲まれる)
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その瞬間――
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「いたぞ!!」
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影が飛び出す。
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トクドウの身体が反射的に動いた。
横へ転がる。
直後――
さっきまで立っていた場所に、武器が振り下ろされる。
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「っ……!」
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(殺意、だ)
間違いない。
これは冗談でも訓練でもない。
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本気で殺しに来ている。
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「おい!あいつだ!!」
「外の侵入者だ!!」
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複数の人影。
鎧。
剣。
そして――統率された動き。
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(なんだこれ……盗賊じゃない)
(兵士……?いや、それ以上に動きが統一されてる)
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トクドウの思考が一瞬で冷える。
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「なんで俺が狙われてんだよ!!」
思わず叫ぶ。
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「黙れ!!」
返ってきたのは即答の怒声。
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理不尽。
完全な理不尽。
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「捕えろ!!生死は問わん!!」
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(生死問わないって普通にヤバいだろ!!)
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トクドウは地面を蹴った。
全力で走る。
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だが――
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「遅い!!」
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後ろから迫る気配。
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(速い!?)
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ただの兵士じゃない。
明らかに“強化された動き”。
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トクドウの心臓が跳ねる。
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「くそ……!」
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出口は前方。
しかし――
一人の兵士がそこに立っている。
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完全に塞がれている。
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(詰み……?)
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その瞬間だった。
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「……あーもう!」
トクドウは叫んだ。
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「なんなんだよこの世界!!」
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半ばヤケ。
半ば本音。
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そして――
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彼はポケットに手を突っ込む。
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「せめて何か……!!」
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取り出したのは――
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さっきの“石”。
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(これしかねぇ!!)
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「当たれぇぇ!!」
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全力投球。
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――カンッ!!
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兵士の兜に直撃。
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「っ!?」
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一瞬の隙。
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「今だ!!」
トクドウはその隙に横をすり抜ける。
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「待て!!」
後ろから怒号。
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しかし――
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トクドウはすでに洞窟の外へ飛び出していた。
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夜風。
冷たい空気。
そして――
街の光。
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「はぁっ……はぁっ……!」
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肺が焼ける。
膝が震える。
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(なんとか……生きてる……!)
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だが――
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安心する暇はなかった。
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「……っ」
トクドウの視線が止まる。
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街の門前。
兵士たちが集まっている。
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そしてその中心――
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さっきの“受付の女性”がいた。
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彼女は静かにこちらを見ている。
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「……最悪ね」
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小さく呟く。
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その瞬間。
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トクドウの背筋に寒気が走った。
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(え……これ、俺だけの問題じゃない?)
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女性が一歩前に出る。
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「トクドウ君」
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「……はい」
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嫌な予感しかしない返事。
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彼女は告げる。
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「あなた、“普通の迷い人”じゃないわ」
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空気が止まる。
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「……どういう意味ですか」
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女性はゆっくり目を細める。
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「あなたに反応してるのは――」
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一拍。
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「“王国直属の特殊部隊”よ」
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――沈黙。
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トクドウの思考が完全に止まる。
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(……は?)
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その瞬間。
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遠くで鐘が鳴った。
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ゴォォォン……!!
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街全体がざわつく。
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「非常事態だ!!」
「門を封鎖しろ!!」
「対象を確保しろ!!」
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(え、ちょっと待て)
(俺、何もしてないよな!?)
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女性が小さく息を吐く。
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「逃げなさい」
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「え?」
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「今すぐ」
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彼女の目は真剣だった。
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「このままだと――あなた、“国家案件”になるわ」
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トクドウの顔が引きつる。
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(国家案件って何!?)
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次の瞬間――
---
遠くから“何か”が降りてくる音がした。
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ズン……!!
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地面が揺れる。
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トクドウはゆっくり振り向く。
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そこにいたのは――
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“黒い鎧の兵士”。
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だが、明らかに人間じゃない“圧”。
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その男は、静かに言った。
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「対象確認」
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そして――
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「排除対象に移行」
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トクドウの心臓が止まる。
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(終わった)
---
――その瞬間。
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女性が叫んだ。
---
「逃げろ!!トクドウ!!」
---
「はぁ…はぁ…はぁ…!」
トクドウは洞窟の前で固まったまま、荒い呼吸を繰り返していた。
(落ち着け……落ち着け……!)
(考えろ……考えろ……!)
「……考えろ……考えろ……!!」
「方法を……今すぐ見つけろ……!!」
心臓の音がうるさい。
いや、もはや“音”ではない。
頭の中そのものを殴り続けてくるような鼓動だった。
その時――
「そこだ!!」
声。
近い。
速い。
次の瞬間――
ドンッ!!
洞窟の入口から黒い影が飛び出した。
「っ……!」
トクドウは反射的に後退する。
(来た!!)
兵士。
いや――
もはや“人間の動き”ではない。
黒い鎧の男が、空気を裂くように踏み込んでくる。
「対象確認」
冷たい声。
機械のような視線。
「排除を開始する」
――終わった。
トクドウの脳裏に、その一言だけが浮かぶ。
(マジで無理だろこんなの!!)
「ちょ、待てって!!」
叫びながら全力で横に跳ぶ。
ドンッ!!
さっきまでいた場所が抉れた。
地面が粉砕される。
(人間の攻撃じゃねぇ!!)
トクドウの思考が悲鳴を上げる。
逃げろ。
逃げろ。
逃げろ。
体が勝手に動く。
だが――
前。
横。
後ろ。
どこにも隙がない。
完全に囲まれている。
「逃げ場……ねぇじゃん!!」
絶望。
その時だった。
――カツン。
何かが地面に落ちる音。
トクドウの足元。
さっき拾った“石”。
(……これしかねぇ!!)
「うおおおおおお!!」
ヤケクソ気味に全力投球。
狙いは適当。
気合だけMAX。
――カンッ!!
鎧の隙間に命中。
「……っ!?」
一瞬だけ動きが止まる。
(今だ!!)
トクドウはその隙に全力で走り抜けた。
「待て!!」
背後から怒声。
だがもう振り返らない。
振り返ったら終わる。
---
街へ。
光へ。
生きるために。
ただそれだけを考えて走る。
---
そして――
トクドウは街の入口に転がり込んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……!!」
息が切れる。
膝が笑う。
だが――
まだ終わっていない。
---
「……やっぱり来たか」
低い声。
受付の女性。
その隣には――
兵士たち。
そして、さっきの黒い鎧の男。
空気が一瞬で変わる。
---
「対象を確認」
黒い男が言う。
「確保対象:アキラ・トクドウ」
---
「……は?」
トクドウの顔が引きつる。
(確保?)
(いや俺、何した!?)
---
受付の女性が小さく舌打ちする。
「最悪ね……“正式指定”入ったわ」
---
「正式……?」
トクドウが聞き返す。
女性は一度だけ目を伏せる。
そして――
静かに言った。
---
「あなた、“異常存在扱い”になった」
---
一瞬、世界が止まる。
---
(……異常?)
(俺が?)
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次の瞬間――
遠くで鐘が鳴る。
ゴォォォォン!!
街全体がざわつく。
叫び声。
閉じられる門。
走る兵士。
---
「国家緊急レベルだ!!」
「封鎖しろ!!」
「対象は排除優先!!」
---
トクドウの顔が完全に固まる。
---
「……いやいやいやいや!!」
「なんで!?!?!?」
---
叫び。
だが誰にも届かない。
---
黒い鎧の男が一歩前に出る。
「対象排除を再開する」
---
受付の女性が小さく呟く。
「逃げて」
---
「え?」
---
「今すぐ」
---
「じゃないと――死ぬわよ」
---
その瞬間。
トクドウの脳裏に“本能”が叫ぶ。
(逃げろ)
(今すぐ)
(ここは終わってる)
---
「ふざけんなああああ!!」
トクドウは叫んだ。
そして――
走った。
---
背後から。
破壊音。
怒号。
そして――
“何かが起動する音”。
---
ゴォォォォォン!!
---
「対象逃走確認」
「追撃開始」
---
トクドウは走る。
ただ走る。
理由なんてもうない。
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(なんでこうなるんだよ!!)
(異世界ってもっとこう……チートとかじゃねぇのかよ!!)
---
そして――
街の門の先。
森へ続く道。
その奥に。
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“光の柱”が立っていた。
---
それは――
人間のものではない。
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トクドウの目が見開かれる。
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「……なんだよ……あれ……」
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その瞬間。
背後から声。
---
「逃げなさい!!」
受付の女性の叫び。
---
「その先に行ったら――本当に戻れない!!」
---
トクドウは振り返る。
---
黒い鎧の男が、ゆっくりと剣を抜く。
---
「対象を確保する」
---
そして――
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「必要ならば、世界ごと処理する」
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――沈黙。
---
トクドウの顔が引きつる。
---
(……は?)
(世界ごと???)
---
次の瞬間。
風が止まる。
空気が割れる。
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そして――
トクドウは走った。
光へ。
正体不明の“先”へ。
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「うわああああああああ!!」
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光が彼を飲み込む直前。
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彼の意識が最後に聞いたのは――
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「対象、転移確認」
「追跡フェーズ移行」
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そして――
---
世界が反転した。
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---
お読みいただきありがとうございます。
これは、慈悲を知らない世界での徳堂アキラの旅の、ほんの始まりにすぎません。
彼が前の人生で失ったものなど、この世界がこれから奪おうとしているものに比べれば取るに足りません。
次の章では、彼は生存のための本当の一歩を踏み出し――
そして、頼っていた“システム”が決して無害な存在ではないことを知ることになります。
どうかこの物語を見届けてください。
この世界が牙を見せるのは、まだ始まったばかりです。




