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分かれ道

赤が示すのは、長い長い夜の旅

 その翌日、わたしは寝坊してしまい、学校に遅刻した。だらしがないと担任に怒られ、クラスメイトの人達からはどうしたのかと驚かれ……朝から気分が良くなかった。けだるいのは貧血のせいなのかもしれない。ろくに集中もせずに授業をやりすごしてから、私は駅の近くにある図書館へと向かった。学校からはバスで駅まで行って、さらにそこから少し歩かなければならないため、意外と面倒。けれどもその分、地方の図書館にしてはかなりの数の蔵書があって、調べ物をするにはもってこいの場所だった。学習コーナーへと鞄を置いて、大量の本の中から目当てのものが載ってそうな本を探す。色々な分野の本を漁ってから、数冊を選んで座席へと持っていく。医学関係の本と、伝記、神話などがまとめられた本を読みすすめる。

 血液嗜好症――別名ヘマトフィリア、ヘマトディプシアと呼ばれる。血液に対して異常な執着を見せたり、血を見ることによって快感を得たりする、精神病の一種。血を見なければ、満足することができなくなってしまう……わたしは口の中で小さくその名前を呟く。ヘマトフィリア。不思議な響きの名前だと思う。でも、これはちょっと違うような気がする……ただの勘なのだけれど。あの夜、そんなに切羽詰ったようには見えなかったから。本のページをめくっていくと、吸血病というものがあった。これはヴァンパイアフィリアと呼ばれるらしい。自分で衝動をコントロールでき、病気の予防などもしっかりとできるならば、他人に害を及ぼすことの少ない症状ではあるらしい……それでも、一般的には疎まれることが多いと書いてある。タバコやお酒のように、習慣的に血液を摂取しないと情緒不安定になってしまったりするらしい。あまり彼に、そういう病的なものは感じなかったのだけれど……あまりあてにはならない。医学関連の本を閉じて、次の本を読み出す。

 吸血鬼……いわゆるヴァンパイア。人の生き血をすすり、生きながらえる化け物。ヨーロッパ地方が起源らしい。一度死んだものがよみがえり、夜の間に人に害をなす、というのはどこでも共通しているようだ。首を切断したり、白木の杭を心臓に打ち込むことで殺害できる……また、日光に当たると灰になる。不老不死、何か特別な能力を持っているといわれ始めたのは、ずいぶん後の時代みたい。

人間と吸血鬼の混血はダンピールと呼ばれ、親殺しの能力に長けていると書かれていた。人じゃないあげくに、親殺しに長けてるなんて……ひどい話だとわたしは思った。忌み嫌われた、夜の住人。基本的には首から吸血するようだけれど、身体を食い破る者もいるらしい。彼らに殺されたものもまた、吸血鬼になるらしい。疫病といい、嫌なことといい……よく連鎖するものね。昔では、実在されると信じられている村などでは、狩りなどが行われていたらしい。また退治を仕事とする人達もいたとのこと。実はその人が張本人だった、とかってあったのかしら……ミイラ取りがミイラになるみたいな。

 その本には、他にもたくさんの情報がのっていた。にんにくが苦手だとか、十字架が苦手だとか……鏡に映らないというのは聞いたことがあったけれど。作品で有名なものはブラム・ストーカーのドラキュラなど。名前の由来になってるのは、ルーマニアのヴラド公。串刺し公……カズィクルベイ。これはトルコ語らしい。

本から目を離して、軽く身体を腕を伸ばした。集中して読んだせいか目が少し疲れた。

こういった話にのっているものたちは、実際に存在するのかどうかはわからない。そんなものはいない、といいきることもできない。わたしは、いないとは思わないけれど……自分の目で見たなら、いると思う。あの彼が、ただの血液嗜好症なのか、人間ではないのか。――どちらにせよ、怖くはないのだけれど。自分でも変だと思うけど、人間以外のもの、そういったものにわたしは憧れのようなものを抱いているのかもしれない。とても可笑しなことでも。彼は、人を殺したことがあるのだろうか。わたしも……いずれ死んでしまうのだろうか? いっそ。いっそ死んでしまった方が楽なのだろうか……でもそうしたら、わたしが何処にもいなくなってしまう。それは、嫌だ。誰かが覚えていてくれるなんて、淡い望みには期待できない。

館内に響いたアナウンスに気が付いて時計を見ると、閉館時間が迫っていた。わたしは選んだ本からさらに二冊ほど選んで借りた。続きは、帰ってからでも読めばいいだろう。少し重くなった鞄を肩にさげながら、私は帰宅した。




 その日も兄の帰りは遅いらしく、留守電に入っていた。わたしは一通りの雑用を済ませてから、自室へと行った。お風呂も済ませてしまったし、あとはもう眠るだけ。この状態になるとすごく気が楽になる。ベッドサイドの小さな明かりだけをつけて、図書館で借りてきた本を読み出した。先ほど読んだものとは似ている分野だった。違う国の、神話や伝承。こういった分野の本は、いくら読んでも飽きることがないと思うのはわたしだけだろうか? 知識が増えれば、色々と比べて考えることもできるし。あまりこう思う人は少ないのかもしれないけれど……わたしは好きだ。おとぎ話の中で生き続けるものたち。今となってはほとんど目を向ける人は少ないだろうけど……それでも確かに息づいている。想像にすぎないとしても、素敵だろう。夢中になってページを繰っていると。

「また随分とくだらないものを読んでいるな――」

 窓の方から聞こえた声に驚くことはせず、わたしは本から顔をあげた。

「くだらなくなんてないわ……あなたのことでしょう?」

「何を言っているのかわからんな?」

 窓の側に立つ彼へとわたしは言った。返ってきた言葉は、憎らしいものだけれど。ああ、まだ彼には言いたいことがあったんだわ。本を閉じて、側のテーブルへと置いて、身体の向きを窓の方へと変える。

「そうそう……昨日はどうも? おかげでわたし、久しぶりに寝坊したわ」

 寝坊なんて、ずうっとしていなかったのに……余計な恥をかいてしまったのよ。色々な思いを込めて睨みつけたのだけど、やっぱり全然効果はないみたいで。

「……俺のせいにするつもりか? 寝過ごしたのはお前だろうに」

 しかも返ってきたのは、まっとうな答えで。それ以上は何も言い返せなかった。しばらくわたしは口をもごもごとさせてから、わたしは尋ねた。

「ところで……あなたって、吸血鬼なの?」

 わたしがそう尋ねると、彼は整った眉を歪めた。何をいっているのか、といった表情だった。

「あなたが言ったんじゃない、そういう風に生まれついたって。忘れたのかしら?」

「……なんとでも思えばいい、好きにしろ」

 呆れたようにそう言われてしまった。反抗しても仕方がない……わたしには、彼に聞きたいことがあるのだから。

「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど……」

 そういっても、彼は無反応で。わたしの方を向いてはいるのだけれど。構わずに言葉を続けた。

「わたしも、吸血鬼みたいなものになれるのかしら?」

 そういった途端、彼にものすごい形相で睨みつけられてしまった。負けじと彼の目を見ながら、答えを待つ。

「……死にたいのか?」

 静かに彼はそう言った。それと同時にわたしから目をそらした。

「死にたいわけじゃないわ。わたし以外のものになりたいだけ」

 わたしは、誰も知らないわたしになりたい。そうすれば、余計なものは何もなくなるから。

「人としては死ぬぞ。なんにせよ、愚かな選択だ」

「おかしいのは承知よ。結局はどうなの? 何か方法があるなら……」

「あるにはある。成功するかは知らん」

 ぶっきらぼうにそういわれて、無駄とは思いつつもいらっとしてしまう。……今は尋ねている側なのに。深呼吸をはさんでから、言葉を続けた。

「そう……お願いできるかしら?」

「やると思うか?」

「だから、お願いしてるんじゃない。ちょっとくらい聞いてくれてもいいじゃない」

「子守はごめんだ。方法だけ教えてやる……その足りない頭でよく考えることだ」

 突き放しておきながら、助け舟だけ用意されたような、そんな気分にわたしはなった。相手にされてるのかされてないのか、よくわからない。方法だけって……どうすればいいのやら。大人しく、彼の話を聞くことにした。


 


「とても簡単だろう?」

 彼はそういって、牙をむき出しながら笑った。それは、とても凶暴な表情だった。わたしはというと、ベッドの上で軽く放心状態におちいっていた。彼が説明した方法とは、こういうものだった。

 心臓を役に立たなくしてから、血をもらう……

 確かに彼がいうとおり簡単なんだろう。だけどなんて残酷な方法だろう。役に立たなくする……彼によると、潰すのが手っ取り早いそうだ。考えただけで、頭がくらくらする。

「だから言っただろう、人としては死ぬ、と。何がそんなに駆り立てるのかは知らぬが……」

 冷ややかにわたしを見下ろして、彼は告げる。

「後は、自分で選択するがいい」

 そういい残して、彼は消えた。外からではなく、その場からおぼろのように消えてしまった。だんだんと姿が薄れていく様を見たあと、わたしは一人ベッドで膝を抱えた。

「わたしは、どうしたらいいのかしら?」

 こんなときまで自問自答しているなんて、バカなのね、きっと。

 強く強く膝に爪を立てると、鈍い痛みを感じた。



残り2話となりました~


どうしたらいいって……知るかボケェと最初思った東雲がいます(コラ


ぐだぐだしてきましたが、お付き合いいただけたなら喜びます

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