表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

蓮のうてな

作者: 渡里あずま
掲載日:2026/04/01

 何かの制服なのか、濃紺の詰襟を着た美青年が、家の裏で洗濯ものを干していたレンの元へと来る。

 そして女にしては背が高く、日に焼けてゴボウのようだと揶揄されるレンを見下ろすと、優雅に跪き──状況が掴めずに固まり、訳が分からずに「え」とか「あ」とかとか言えないレンに、美青年は顔を上げて微笑んだ。


「待たせてごめん。君を迎えて守る為に、五年かかった」

「い、え。別に、待っては」


 そもそも全く知らない相手だ。待っているも何も、覚えがないのでそう言うと美青年は笑みを消して悲しげに眉を寄せた。背が高いので同じくらいか、少し年上かと思ったが、そうすると急に幼くなって失礼だが可愛らしく見えた。


(綺麗なのに、可愛くもあるなんて完璧……んっ? 昔、同じようなことを思ったような?)


 ふと引っかかり、思い出そうとしたレンを遮るように、義母の久子ひさこと異母妹の結衣子ゆいこが声を上げる。


北小路きたこうじ様! その娘は、我が家の使用人でっ」

「そ、そうですわっ。はなぶさ様は、千秋ちあき伯爵家の令嬢を妻にと!」

「……僕の名を、気安く呼ぶな。それに、間違えてなんていない。彼女は、千秋家の『直系』だろう?」


 そんな二人を、美青年──英は立ち上がり、ピシャリと一蹴した。そのやりとりに、レンは目を瞠る。

 北小路──その苗字は代々、皇室の護衛・警備である『近衛府』の幹部を排出する侯爵家のものだ。そうなると、彼が着ているのは近衛兵の制服なのだろう。

 そして今でこそ使用人のような扱いだが十年前、母が死ぬまでは確かにレンは千秋家の令嬢である『蓮子れんこ』だった。だが母の死後、父の後妻となった久子は『蓮子』について、周りに「病弱な上、癇癪持ちで人前に出せない」と言った。それから一方で、蓮子の着物や装飾品を奪い、部屋から追い出して屋根裏部屋に押し込んだ。更に『レン』と平民の娘のような呼び方をして、使用人のようにこき使った。


「お前の母親がいなかったら、全て私達のものだったのに! この泥棒猫がっ」


 久子は忌々しげにレンに言ったが、彼女は元は子爵家の令嬢だった。けれど家が没落して、平民となったと言う。

 その後、恋人だった父と再会して結ばれ、結衣子が生まれたそうだが──英の言う通り元々、この家は母が女伯爵であり、子爵家の三男だった父は入り婿なのだ。レンの母が亡くなってから、父はレンが成人するまでと当主代理となったが、レンの悪評のせいで今も当主代理を続けている。とは言え、そもそも千秋家は父のものではなく母のものなので、久子の言い分は言いがかりでしかない。

 けれど父は久子と結衣子に夢中だったし、母親似のレンが気に食わないのか久子の暴挙を止めなかった。更にレンを庇ってくれた使用人達を辞めさせたし、義務教育ではないからとレンの母が楽しみにしてくれていた女学校にも通わせなかった。


(お母様はもういないし、誰も私を助けてくれない)


 貴族名鑑には登録こそされているが、学校に通うことは義務ではない。ただ、まあ、人脈作りの為にと華族の令息令嬢が表に出るのは男性が中学校に、女性は女学校に通い出す十二歳からだ。

 それ故、その前に家に閉じ込められたレンのことは誰も知らない。レンの前で自分こそ癇癪を起こす久子も、四歳上のレンを馬鹿にしたようにあざ笑う結衣子も、外では上品かつ可憐な伯爵夫人と伯爵令嬢である。そんな二人が嘘をつくとは、周りの誰も思いすらしない。

 血の繋がった父すらレンを無視しているので、彼女はすっかり絶望していた。働けば、最低限の食事と住処は与えられたので、言われるままに黙々と働いていた。


(……そうだわ、あの日)


 それは、結衣子が女学校に入学する年の三月。同年代の令嬢や令息が、千秋家に招待された日のことだ

った。

 自分は入学出来なかった女学校に、結衣子が入学する。心が凍り付いたと思っていたが、母絡みだったので悲しくなり、人気のない建物の隅でこっそり泣いていたのだが──ふと、涙が蓮の花びらになったのにギョッとした。咄嗟に手のひらで受け取ったがそこで昔、母から聞いた『花体質』の話を思い出す。

 ……この世界には、普通の人間の他に稀に生まれてくる存在がいる。

 それは『花食み』の体液から花を生み出す『花生み』と、その『花生み』が生み出した花を食す『花食み』だ。


「千秋家の娘には時折、花生みが現れるの。生まれつきの場合もあれば、後から目覚める場合もあるわ。花体質の者は普通の食事も出来るけど、栄養となるのは花生みにとっては花食みの体液であり、花食みにとっては体液を口にして咲く花生みの花なの」


 レンの母は違ったが、母の祖母は『花生み』だったらしい。そして婿となった母の祖父が『花食み』であり、妻の為に家を盛り立てたそうだ。

 そこまではおとぎ話のようだと思ったが、続けられた言葉でその考えは改まった。


「花食みは天才肌で、強引で……だからと言うのも何だけど華族や、富裕層の者が多いの。そして、見つけた花生みを溺愛する。平民の花生みだと捕まって、囲われてしまうらしいわ」

「……こわい」

「ごめんなさい。怖がらせてしまったわね。お母さまが、守るわ……蓮子は、我が千秋家の娘なんだから、大丈夫よ」


 そう言って、優しく頭を撫でてくれた母の手を思い出し、また涙ぐんで──そこで、レンはハッとした。

 昔はともかく、今は母はいないし自分は平民扱いだ。花生みになったことが父や義母にバレたら、怖い花食みに売られてしまうかもしれない。

 幸い、涙が花になるのなら人前で泣かなければ何とかなりそうだ。そう思い、深呼吸して仕事に戻ろうとしたレンに声がかけられる。


「……誰かいるの?」

「っ!?」


 驚き、勢いよく振り向いたレンの視線の先には、美少女がいた。

 黒絹のような髪を、高く結い上げている。髪と同じ深い黒の杏眼と、白い端正な面差し。藍染の振袖姿の彼女は久子や結衣子よりも、いや、造作だけなら母よりも綺麗だと思い──けれど、すごい勢いで振り向いたレンに驚いたのか、大きく目を瞠っている様子は何だか可愛かった。


(美少女で可愛いなんて、完璧……って!)


 思わず見惚れ、次いで招待客、つまりは華族令嬢だと思い至る。だから「失礼します!」と慌てて頭を下げ、屋敷の中へと戻り──追いかけられず、逃げ切れたのにホッとしたレンは知らなかった。

 逃げる時に己が生み出した花びらを数枚落としており、それを美少女が手にしていたことを。


「……美少女、じゃなかった?」

「そこからか……入学するまでは、母の為に髪を伸ばして女の格好をしていた。確かに、名乗る前に君は逃げ去ってしまったけど」

「も、申し訳っ」

「謝らないで。君に会って君の花を食べてから、僕は母親の人形をやめた。髪を切り、学業に励みつつ柔道と剣道の段を取り、飛び級して近衛府に入ったのは、君を妻として迎える為だ」

「初耳ですっ!」


 その内容もだし、美少女だと思っていたし、背が伸び逞しくなっていたので気づかなかったが、結衣子と同年代ならレンより年下だ。

 確かに英と会った時は、痩せ細っていたが年齢だけなら十六歳で花の盛りだ。しかし五年経った今は二十一歳の、華族令嬢としては行き遅れである。いくら花生みとは言え、前途洋々な英に娶られるなんて許されない。それは、話を聞いていた父達も同感だったようだ。


「お待ちを! その娘が、花生みならば……別に妻にしなくても、食料として囲えば良いのでは!?」

「そ、そうですわ! その娘は勉強を嫌がり、当てつけで使用人の真似事をする変わり者! 侯爵夫人には、相応しくありませんっ」

「は……北小路様の妻は、私が引き受けます! 私なら、家族なので異母姉あねのことを受け入れら」

「うるさい」

「「「っ!?」」」


 一気にまくし立てた三人だったが、英の一言で口をつぐむ。そんな彼らを睨み、再びレンを見上げてきた英は先程までの怒気はなく、ただ悲しげだった。いっそ器用だと思う。


「さっきの言い方だと、あの馬鹿どもみたいに『勘違い』された? 驚いて振り向いた君は、けれど僕を見てすごく可愛く笑って……その笑顔に、一目惚れしたんだ」

「えっ……?」


 自覚はなかった。しかし英こそ綺麗で可愛くて、だからこそレンはつられるように笑ったんだと思う。

 そんなレンに言い聞かせるように、英が言葉を続ける。


「君が花生みだって気づいたのは、逃げ去った君の花を拾ってからだ。花食みの僕なら、一人前にさえなれば平民でも訳ありでも妻に出来ると思った。君が僕を嫌なら、仕方ない。ここには置いておけないから、我が家の養女にするけど」

「何て?」

「君を、守れれば……悲しいけど、それでいい」


 そして勘違いが正され、英にかなり深く重く思われていたと知り──そのことに驚きつつも、嬉しいと思った。母を亡くし、父達に全てを奪われて何もない、空っぽな存在になったと思っていたが、むしろだからこそ、この英の愛情でようやく満たされる気がした。

 とは言え、一つ確認しておきたいことがある。


「私は、ゴボウみたいだって言われてきましたが……あなたの花に、なれますか?」

「……昔、僕は育ちたくなくて、食事自体が嫌いだったけど」

「え」

「君の花も勿論、美味しいけど……体作りの為にって、食事をするようになって。きんぴらも、かき揚げも美味しい」

「っ!」

「どんな君でも僕の、僕だけの花だ。そんな君を、僕はずっと支えて守るから」


 飾りけのない、けれどとても真っ直ぐな言葉に、感極まってレンは英の胸に飛び込んだ。そして我に返り耳まで真っ赤になったレンは、英に抱き寄せられて顔を上げられなかったので知らない。


「さあ、行くよ……荷物はある? 後のことはもう何も、気にしなくて良いからね……ああ、君のことはこれから、蓮子って呼んでいい?」

「え、あ、はい……英、様?」

「様はやめて」

「えっ……は、英?」

「うん、蓮子」


 優しくそう言って、レンを連れて立ち去る英と入れ替わるように、彼と同じ制服を着た男達がやってきて──伯爵家を乗っ取っていた犯罪者達を捕らえ、わめく彼らを問答無用で車に乗せ、留置所へと連れていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ